↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/118

第86話(第19話)嵐の前夜。

「――というわけで、『迷いの森』の最奥地で発生した異常な魔素溜まりの調査報告よ。原因は不明だけど……確実に新しいダンジョンが発生しているわ。それからね、向こうで可愛いクロエと不思議な妖精ちゃんと出会ってね! もう、うちのクロエったら本当に可愛くって――」

「――うむ。ご苦労だったな、エルザ君」


 冒険都市から遠く離れた、王都の冒険者ギルド本部。

 豪奢な装飾が施された総ギルドマスターの執務室で、エルザは一枚の報告書を机に叩きつけながら、親バカ全開で愛娘の自慢話をまくし立てていた。

 白髭を蓄えた総ギルドマスターが、しかめっ面で報告書に目を通す。空間そのものが歪むほどの魔素溜まりが放置されていれば、周囲の生態系への影響は計り知れない。ギルド随一の最高戦力の一人である『剛剣』のエルザも、今やただのデレデレな母親の顔になっていた。


「じゃあ、報告は済んだからさっさと帰らせてもらうわね。愛しのクロエが、ママ特製のシチューを待っているから♡」


 彼女がウキウキと部屋を出ようとした、まさにその時だった。


「報告ッ!! 辺境の冒険都市『リグ』のギデオン支部長より、緊急の伝令です!!」


 勢いよく扉が開かれ、息を切らした伝令の魔術師が駆け込んでくる。


「『迷いの森』最奥地にて、異常な変異魔物を擁する厄災級の新ダンジョンを発見! ギデオン支部長の権限によりBランク以上の全戦力を招集し、三日後の早朝に【大規模討伐作戦(レイド)】を決行するとのことです!!」


 総ギルドマスターがガタッと椅子から立ち上がる。

 だが、それよりも早く、エルザの顔からスッと表情が消え去っていた。


「……ちょっと待ちなさい。そのダンジョンの発見者は、誰?」

「ひっ……! 報告によれば、先行調査に向かった『クロエ』という名の新人冒険者だそうです!!」


 ――『クロエ、アタシの代わりに、この森のダンジョン調査を引き継いでくれないかしら?』


 数日前の己の言葉が、エルザの脳内で生々しくフラッシュバックする。


 ピキィィィィンッ……!!


 エルザの全身から、王都のギルド本部が丸ごと消し飛ぶような恐ろしい闘気が膨れ上がった。彼女の足元の石畳が、バキバキと蜘蛛の巣状に砕け散る。


「アタシのせいで……可愛いクロエが、そんな化け物の巣窟に行くことになったっていうの……っ!? あぁぁぁぁぁ!! クロエ、心配だわっ! いくらノアちゃんと妖精ちゃんがついているとはいえ、こうしちゃいられないわ! 早く戻って、あの森ごと絶滅させないと!!」

「エ、エルザ君!? 落ち着け、ここは王都の本部だぞ! 建物が崩れる!!」


 ドゴォォォォンッ!!!


 制止も虚しく、エルザは執務室の窓をブチ破り、空中の足場を蹴って物理法則を無視した速度で跳躍した。三日後の早朝、レイドの決行時間までに、愛する娘の元へ必ず駆けつけるために。


 ***


 一方、その頃。冒険都市の片隅にある、冷たい雨の降る薄暗い裏路地。


「……くそッ! ギデオンのクソジジイめ、この俺を追放しやがって……!」


 ゴミ箱の陰で泥まみれになりながら、元受付のリックスは爪を噛んでいた。そこへ、深々とフードを被った男が近づく。


「フフフ、惨めだなリックス。だが、貴様にもまだ使い道はある。……これを受け取れ」


 男が取り出したのは、不気味にドクドクと脈打つ『紫の魔結晶』だった。


「これを例のダンジョンの奥に投げ込めば、魔物どもは狂乱して暴走する。……そして、こちらのお友達も準備万端だ」


 路地の暗がりから、ギラギラと下種な欲望を煮詰めた目をした男たちが現れる。クロエを生き餌として捨て、ギルドを除名・賞金首とされた悪徳パーティ『黒狼の牙』のザックたちだった。


「ケッ、あのクソ生意気な落ちこぼれがぁぁぁぁ! ふざけやがって! おかげで俺たちはお尋ね者だ! このレイドの混乱に乗じて、あの小娘もレアな魔物も大金も、全部俺たちのものにしてやる……!」


 暗闇の中で、邪悪な笑い声が静かに重なり合っていた。


 ***


 そんな裏路地の暗躍など知る由もない私たちは、専属受付嬢であるアイリスさんの案内で買い出しに出かけていた。

 私の体には、真っ白でフワフワな『アラクネの絹糸のコート』と、腰には最高純度の『ミスリルの解体ナイフ』が輝いている。


「クロエ様! 大規模作戦に向けた専門的な防護道具を揃えるなら、まずはここしかありません!」


 やってきたのは、冒険都市の裏通りにあるプロ向けの大規模資材店――『職人向け総合資材店』だった。鍛冶職人や錬金術師、建築業の人が使う専門的な材料や工具が、天井まで届くほどの棚にズラリと並んでいる。


(……って、異世界にもプロ用の現場資材ショップがあるのね!? 現場の味方すぎるでしょ!)


 頭の上でアノマロちゃんが複眼を見開いてプルプル震えている。


「アノマロちゃん、ここでは何を探すの?」

『もっきゅっ!(えーっとね、まずは溶接用の『超耐熱布(スパッタシート)』! それから『超大型の鉄板』と、岩塩、各種香草(スパイス)ね!)』


(ふふん。おじいちゃんは『爆裂魔法で消し炭にする』なんて言ってたけど、爆風から究極のお肉を守るためには、この耐熱布で作った断熱シールドが必須よ! そして鉄板は、討伐直後の新鮮なボスをその場でステーキにするための調理器具!)


 なぜアノマロちゃんが職人向けの地味な布や重たい鉄板ばかり欲しがるのかは分からなかったけれど、ノアがヒョイッと背中に荷物を乗せてくれたので、言われた通りに買い物を進めた。


「よし、次はアノマロちゃんの欲しい『ガラスの道具』だね。前に行ったお店に行こう!」


 次に辿り着いたのは、怪しげな薬瓶が並ぶ店――『錬金術・理化学器具専門店 深淵の坩堝』だった。


「おおっ!? 君は先日の天才少女じゃないか!!」


 奥から飛び出してきた白衣の店主のおじさんは、私を見るなりパァァッと顔を輝かせた。彼にとって私は、人生を賭けた『ホウケイ酸ガラス』の配合を匂いだけで見抜いた神の遣いなのだ。


「今日はどんな真理を探究しに来たんだ!」

『クロエ、言ってやりなさい! 今日必要なのは『純度100%のミスリルコーティングを施した特大るつぼ』と、『一度単位で緻密な温度調整ができる魔力式バーナー』よ!』

「あの、純度が高いミスリルを塗ったおっきなるつぼと、細かく温度調整ができる、魔力の火が出るやつをください!」


「な、なんだと……!?」


 店主は感動でプルプルと震えながら、ボロボロと涙を流し始めた。


「素晴らしい……! まさか独自の理論で万能薬(エリクサー)を創り出そうというのか!? 歴史的瞬間に立ち会えるとは! 少々待っていろ、最高の機材一式を出してくる!!」


 なんだかよくわからないけど、またアノマロちゃんの欲しいものが買えそうでよかった。


 ***


 その日の夜。

 大量の買い出しを終えた私たちは、宿屋のふかふかのベッドの上でくつろいでいた。

 ノアが丸くなって喉をゴロゴロと鳴らしている。私はその黒くて艶やかな毛並みに顔を埋めながら、少しだけ不安な気持ちを口にした。


「……三日後のレイド、すごい魔術師の人たちがいっぱい来るんだよね。私、足手まといにならないかなぁ」


 激しい戦場に行くと思うと、どうしても少しだけ体が強張ってしまう。

 すると、買ってきた超耐熱布を器用に加工していたアノマロちゃんが、ポンッと私の頭に飛び乗ってきた。


『もっきゅ!(心配しなくていいわよ、クロエ!)』


 パステルカラーの柔らかな前部付属肢で、私の頬をポンポンと優しく叩く。


『なにがあっても、絶対にクロエに怪我なんかさせない。私がクロエの笑顔を守ってあげるから! だから安心して、ボスの後でお腹いっぱい美味しいお肉を食べることだけ考えてればいいのよ!』

「アノマロちゃん……」


 私は、そのあまりにも頼もしくて真っ直ぐな言葉に、胸がキュンと温かくなった。


「ありがとう……アノマロちゃん。アノマロちゃんは、本当に私だけの『騎士様』だね」


 私は嬉しくなって、両手で優しく包み込むと、その柔らかいおでこにチュッとキスをした。


『〜〜〜〜ッ!?!?(ふぎゃぁぁぁっ!? また不意打ち!? だから顔面偏差値が良すぎる女の子の超至近距離スキンシップは、心臓に悪すぎるって言ってるでしょぉぉっ!!)』


 全身を真っ赤に染め上げ、私の手の中でフニャフニャにとろけるアノマロちゃん。


「えへへ。じゃあアノマロちゃん、ノア、三日後の大作戦に向けて……おやすみなさい!」

『ニャゥ〜ン』

『もっきゅぅ……!(よぉし、見てなさいよ最深部の変異オーガ! この特注スパッタシートとミスリルるつぼで、クロエのための『世界一美味しいフルコース』に調理してやるわ!)』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。