第84話(第17話)アノマロちゃんの、ダンジョンビュッフェ計画。
「わぁっ、このキノコも光ってる! ノア、見て見て! すっごく綺麗!」
『ニャン(本当だな)』
青紫色の発光苔が群生する、幻想的で美しい洞窟。
尻尾を揺らしてイエネコのように無邪気に探検を満喫するノアと私とは対照的に、私の頭の上にちょこんと乗っているアノマロちゃんは、無言でプルプルと震え続けていた。
(……本来なら駆け出し冒険者が挑むような『浅い階層の初心者向けダンジョン』になるはずだったんですけどねぇ〜!?)
「アノマロちゃん、どうしたの? 寒いの?」
『も、もっきゅ! な、なんでもないわよ! 油断は禁物だからね!』
(なんでもないわけないでしょぉぉっ! ただの雑魚が、どんなヤバい変異を遂げてるか分かったもんじゃないわ!)
その時、通路の先の天井から、ポタッ、ポタッ、と奇妙な液体が落ちてきた。
見上げると、そこには天井にへばりつく巨大な『半透明の青いスライム』の姿があった。
「スライムだ! でも、体がすっごくキラキラしてる……!」
(なにあれ、体内に青紫色の魔力結晶が複数浮かんでるし、強酸性の粘液をポタポタ垂らしてるんですけど!?)
『ピチャァァァッ!!』
変異スライムは天井から飛び降りると、強酸の粘液を鞭のように振るってきた。
シュゥゥゥッ!! と、粘液がかすった岩壁が恐ろしい音を立てて溶けていく。
「ひゃあっ!? 壁が溶けた……っ!?」
『グルルルッ……!』
ノアがスッと身を低くして前に出る。その喉からは、さっきまでの「ニャン」という甘えた声とは違う、黒豹としての低く威圧的な唸り声が漏れていた。
だが、相手は不定形。物理攻撃はドロドロの粘液で威力を減衰されてしまうし、強酸でノアが怪我をしてしまう。
(私がシャコパンチで破裂させるのは簡単だけど、強酸が飛び散って危険ね……。ここはあくまで『可愛い妖精さん』としてデバフをかける!)
アノマロちゃんは、サッとパステルカラーの前部付属肢を構えた。
(ここは……そうね、理系ハックその三!『炭酸カルシウム』を含んだ粘液を分泌! 中和反応(酸塩基反応)で、強酸をただの炭酸水に変えてやるし!)
プシュゥゥゥッ!!
アノマロちゃんから噴射された白濁した粘液が、スライムに直撃する。
『ピチャ……? ピギィィィッ!?』
スライムの強酸性の体が炭酸カルシウムと反応し、シュワシュワと大量の泡を吹いて一瞬にして『炭酸水』へと中和されていく。
酸のバリアを失い、ゼラチン質がボロボロに崩れたスライム。
『今よクロエ! 水分が飛んで露出した魔石の隙間を狙って!』
「えっ? う、うん! はやぁっ!」
なぜ急にスライムが泡立って崩れたのか首を傾げつつ、私は指示通りにミスリルのナイフを突き立てた。
パリンッ! と核が砕け、スライムの残骸と大きな青紫色の魔石だけがコロリと残される。
(じゅるじゅるっ……もきゅっ! おおっ、『ミネラルたっぷり炭酸ゼリー』になってる! シュワシュワしてて食後のデザートに最高じゃん! これは……売れるのでは?)
「すごい! アノマロちゃんのサポートのおかげで倒せたよ! ……あっ、それ、シュワシュワしてるね。美味しいの? 私も一口飲んでみてもいい?」
『も、もっきゅ!?(ダメダメ! いくら美味しくても人間の胃袋じゃ未知の成分でお腹壊すかもしれないから! 私が全部処理しとく!)』
「えー、そっかぁ。残念」
私が少し残念そうに笑うと、アノマロちゃんは(クロエの食への執着、たくましすぎない!?)と内心でツッコミつつ、炭酸でゲップを我慢しながら得意げに前部付属肢を揺らした。
しかし、安堵したのも束の間。
今度は通路の奥から、バサバサバサッ! と不気味な羽音が聞こえてきた。現れたのは、本来なら雑魚魔物であるはずの『大コウモリ』の群れ。
「コ、コウモリ……!? なのに、顔の周りにトゲトゲの鉱石が生えてるよ!?」
(高純度の魔力結晶が反響板みたいに進化してて、あれじゃエコーロケーション(反響定位)が致死レベルの衝撃波になっちゃう!)
『キィィィィィィィッ!!!!』
変異コウモリたちが口を大きく開けた瞬間、鼓膜を破壊せんばかりの超高周波の衝撃波が私たちに襲いかかってきた。
「きゃあっ! 耳が……痛いっ!」
『シャァァッ……!』
(ヤバいヤバい! クロエの鼓膜が破れる! だったら……物理法則には物理法則(理系ハック)よ!)
『クロエ! 耳塞いでてね!』
アノマロちゃんは私の頭から飛び降りると、コウモリの群れの前で己の硬い前部付属肢同士を、セミのように凄まじい速度で擦り合わせ始めた。
――キキキキキキキィィィッ!!!!
(理系ハックその四! 鉱石の『固有振動数』に合わせた摩擦発音で、共振現象を起こして自壊させる!)
アノマロちゃんが放った周波数の波が、コウモリの顔面に生えた魔力結晶に直撃する。
(どこかな? どこかな? 共振点〜♪)
(――そこぉぉ!!)
限界まで振動を増幅された結晶は――。
ピキッ……パァァァンッ!!!
コウモリたちの顔面に生えていた鉱石が、一斉に粉々に砕け散った。
アンプを失い、さらに三半規管の平衡感覚を狂わされたコウモリたちは『キギャッ!?』と空中でパニックを起こし、次々と墜落していく。
『ノア、今のうちよ! 叩き落として!』
その念話が響くよりも早く、音もなく黒い影が宙を舞った。
獲物の致命的な隙を見逃す『暗殺獣』ではない。ノアは一切の鳴き声を発することなく、まるで漆黒の刃そのものと化して空中のコウモリたちを次々と一刀両断していく。
無音の蹂躙。ドサリ、ドサリと動かなくなったコウモリたちから、これまた大粒の青紫色の魔石がこぼれ落ちた。
(シャコッ、モグモグ……おっ! うっまーい! まるで高級な地鶏の手羽先! 砕けた鉱石が岩塩みたいでめっちゃ美味い!)
「ふぁぁ……ノア、すっごくかっこいい! アノマロちゃんも、息ピッタリで強すぎるよ! ……わぁ、そのコウモリのお肉、すっごくプリプリしてて美味しそう。お昼ごはんに焚き火で塩焼きにしてみる?」
『もっきゅぅ……(クロエのゲテモノ食いが完全に覚醒してる……! さすが私のクロエ、適応能力が高すぎる!)』
私はごくりと喉を鳴らしながら、宙に浮いていたアノマロちゃんを両手でキャッチすると、むぎゅっと頬ずりして抱きしめた。
『もっきゅぅぅ!?(ふぁっ!? や、やわらかっ……!)』
(浅い階層の雑魚でこれってことは……最深部の『オーガ』は、この超高濃度の魔素でじっくりことこと漬け込まれた結果……一体どれだけヤバい『究極の珍味』に進化してるの!? じゅるり……よーし、このまま最深部まで行って、クロエと一緒にお腹いっぱい食べるぞッ!! おー!)
アノマロちゃんの複眼が、ギラリと頂点捕食者の光を帯びて奥の通路を見据えた。
――その時だった。
「よしっ、魔物も倒したし、この珍しい魔石(証拠)もいっぱい拾えたから……今日の調査はここまで! 街に帰ろう!」
『もっきゅ!?(ええっ!?)』
私がクルリと踵を返すと、アノマロちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
「だって、ギルドの教本に書いてあったよ。『先行調査(斥候)の任務は、入り口周辺の環境と魔物の種類を確認したら、決して深追いせずに報告へ戻ること』って。私、ちゃんとした冒険者になりたいから、ルールはしっかり守らなきゃ」
『ニャン(それがいい)』
ノアも賛同するように頷いている。せっかく見つけた未知のダンジョンだけど、私たちだけで危険な深層に進むような無茶は絶対にしてはいけないのだ。
『も、もっきゅぅぅ……(そ、そんなぁ! 私の熟成オーガ肉がぁぁぁ!)』
アノマロちゃんは名残惜しそうにダンジョンの奥を見つめていたが、ハッと何かに気がついたように顔を上げた。
(……いや、待てよ。クロエの言う通り、ルール通りにギルドに報告して『大規模な討伐隊』を組んでもらえば、脳筋冒険者たちが前衛で露払いをしてくれる。つまり私は、一切の労力をかけずに、後方から安全かつタダで究極のビュッフェ(最深部)にありつけるのでは……!?)
『もっきゅ! もっきゅ!(その通りね! 素晴らしい判断よクロエ! さっさと帰って、ギルドにこの魔石を叩きつけてやりましょ!)』
「えへへ、ありがとうアノマロちゃん! さすが『お姫様』は分かってくれるね!」
私は青紫色に輝く大量の魔石を麻袋いっぱいに詰め込み、ノアの背中に括り付けた。
「きっとこの綺麗な魔石を見せたら、アイリスさんもギデオンさんもニコニコで喜んでくれるよね!」
『もっきゅ!(ふふふ……待ってなさい、私の極上オーガステーキ!)』




