第83話(第16話)いざ新ダンジョンへ! ……って、私のDIYと違うんですけど!?
「よしっ! お腹もいっぱいだし、気合入れて新ダンジョンの大穴を探すよ! ここかなっ!?」
バッ! と、私は崖の下に垂れ下がっていた分厚い蔦を勢いよくめくった。
するとそこには、薄暗い横穴の中で、体長三メートルはあろうかという巨大な洞窟穴熊の親子が、川の字になって気持ちよさそうに爆睡していた。
「……ここじゃないみたい」
『ニャン……』
そっ。
私とノアは、熊さんたちを起こさないように、無言で優しく蔦を元に戻した。
「じゃ、じゃあ、こっちの岩の隙間かな!」
バッ! と、今度は怪しい茂みをかき分ける。
そこには、地熱で温められた天然の温泉があり、カピバラに似たずんぐりとした魔物たちが、頭に葉っぱを乗せて極楽そうな顔でお湯に浸かっていた。カピバラたちと、バッチリ目が合う。
「……お邪魔しました」
そっ。
私は気まずくなって、静かに茂みを元に戻した。
(もっきゅ……。いや、なんで迷いの森の最奥(ガチ魔境)にそんなピンポイントな癒やし空間があんのよ! ファンタジーの生態系、自由すぎない!?)
私の頭の上で、アノマロちゃんがパステルカラーの前部付属肢でペチッと自分の顔を叩いてツッコミを入れている。
朝ごはんを食べてテントを片付けた後、数時間ほど崖の周囲を歩き回ったのだが、大外れを引くばかりで、それらしい大穴は一向に見つからない。Aランクのママでさえ「魔力干渉が強すぎて探知魔法が弾かれる」と三日かけても見つけられなかったのだから、そう簡単に見つかるはずがないのだ。
(ふふん。魔法の探知が通じないなら、物理に頼りなさい。私が数日前の夜、道しるべ代わりに撒いておいた『フェロモン』の出番ね)
アノマロちゃんが、ピクピクと前部付属肢をレーダーのように動かした。
『クロエ、そこから右へ三十メートル! 絶壁の中腹、赤い花が咲いてる岩壁の裏よ! 今度こそ絶対そこ!』
「えっ? アノマロちゃん、あっちに何かあるの?」
アノマロちゃんの念話に誘導されるように崖を少し登っていくと、周囲の景色に溶け込むように、不自然なほど分厚い苔に覆われている場所があった。
私がナイフで苔をかき分けると――そこには、人が数人並んで入れるほどの『巨大な横穴』がポッカリと隠されていたのだ。
「すごい! 温泉じゃなくて、本物の入り口が見つかったよ!」
『ニャン!(さすがだな)』
『えへへ、任せなさい!(計画通り!)』
「えっと、ギルドの規定だと『内部の構造と生息魔物の確認』が先行部隊の仕事だよね。……よし、少しだけ中に入ってみよう!」
私は腰のミスリルのナイフに手を添え、ゆっくりとダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
(さぁさぁ、私の完璧なリノベーション空間(スキナー箱)へようこそ! 中にいるのは、私が洗脳して定位置に配置した最弱のゴブリンたち! クロエが適当に二、三匹倒して、「ここはただのゴブリンの巣ですね」ってギルドに報告すればミッション完了のボーナスステージよ!)
アノマロちゃんは、私の頭の上でドヤ顔でフンスと息を荒くしている。
しかし。
洞窟の中を少し進んだところで、私は不思議な光景に息を呑んだ。
「……わぁ。なんだか、すごく綺麗……」
洞窟の壁一面に、淡く発光する青紫色の美しい結晶や、キラキラと光る苔がびっしりと群生していたのだ。それはまるで、星空の中を歩いているような幻想的な空間だった。
(…………ん?)
私の頭の上で、アノマロちゃんがピタッと硬直した。
(え、なにこれ。私、こんなオシャレな苔配置したっけ? ていうかこの結晶、石灰岩の成分からこんな短時間で結晶化するわけないし。……なんだか、空気中のエネルギー濃度(魔素)がヤバいくらい濃いような……?)
アノマロちゃんの複眼が、嫌な予感にグルグルと回転し始める。
その時だった。
『――ギルルルルルッ!!』
洞窟の奥から、低く響くような鳴き声と共に、一体の魔物が姿を現した。
緑色の肌。人間と同じくらいの背丈。手には立派な鉄の棍棒を持っている。
「ゴブリンだ……! でも、私が知ってるゴブリンより、すごく大きい……!」
ひょろひょろのゴブリンとは全く違う。全身の筋肉が異様に発達し、その皮膚には壁の結晶と同じ『青紫色の鉱石』がウロコのようにびっしりと生え揃っていたのだ。
(…………は???)
アノマロちゃんは、完全にフリーズした。
(ちょ、待って!? あいつ、フツーーのゴブリンだったよね!? なんでたった数日で、筋肉ムキムキにメガ進化してんの!? ダーウィン先生も真っ青の超速・断続平衡説(ファンタジー進化)なんですけど!!)
アノマロちゃんが内心で絶叫している間にも、巨大化した『変異ゴブリン』は、血走った目でこちらを睨みつけ、鉄の棍棒を振り上げた。明らかに、DランクやCランク以上の魔物に匹敵する威圧感だ。
「ノア、気をつけて! 普通のゴブリンじゃないみたい!」
『ニャゥッ!』
ノアが地を蹴り、黒い稲妻となって飛び出した。
変異ゴブリンが振り下ろした棍棒を、ノアは紙一重で回避。そのまま岩壁を蹴って三角跳びの要領で背後に回り込み、強靭な顎でゴブリンの首筋に深々と牙を立てた!
『ギギャァァァァッ!!』
Aランク暗殺獣の致命の一撃。分厚い鉱石の装甲ごと首の動脈を食いちぎられ、変異ゴブリンはドスッと膝をつき、そのまま動かなくなった。
「すごい! ノア、あっという間に倒しちゃった!」
『ニャン!(これくらい余裕だ)』
(あ、あぶねー……! ノアが強くてマジ助かった。雑魚が中ボス級にバフ盛られてるとか、完全に想定外なんだけど!?)
私は倒れた変異ゴブリンに近づき、ミスリルのナイフを抜いた。
青紫色の結晶に覆われた胸元に、刃をそっと当てる。特技の解体技術で、結晶の隙間を縫うようにミスリルの刃をスッと滑り込ませると、私は一切の抵抗なく『巨大な魔石』を取り出すことに成功した。
「わぁっ! これ、すごく純度が高いよ! 普通の魔石の何倍も魔力が詰まってる気がする!」
私の手のひらで、青紫色の魔石がドクドクと脈打つように眩く光っている。
(……あ、これ完全に理解ったわ)
アノマロちゃんは、頭を抱えるようにパステルカラーの前部付属肢を組んだ。
(私がカンブリア・ゲートを塞ぐ前に漏れた『超高濃度の魔素』が洞窟内に充満→数日でこの空間の生態系をガチの魔境に変異させやがったんだわ……! ファンタジー世界の物理法則(トンデモ科学)、マジ理不尽!!)
安全な初心者用ダミーダンジョンを建築したはずが、自分の開けた大穴のせいで、結果的に『王都の騎士団でも攻略困難な、本物のヤバい新ダンジョン』を生み出してしまったアノマロちゃん。
「すごいねアノマロちゃん! このダンジョン、すっごく珍しい魔物と魔石がいっぱいいるみたい! 探検、すっごく楽しくなりそう!」
過去のトラウマを乗り越え、未知のダンジョン探検に心躍らせる私が笑うと、アノマロちゃんは『もっきゅ……』と、今にも泣き出しそうに力なく頷いた。
(マジかよ……。この超高濃度のヤバい変異魔境を、これから攻略……!? っていうか、最深部に配置した『死にかけオーガ』、この環境に数日漬け込んだら一体どうなっちゃってんの……? 絶対ヤバいじゃん……でも、未知の変異DNAってちょっと楽しみかも……!)




