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第81話 アノマロちゃんの、深夜ダンジョンDIY!

 ゴーリゴリ、ゴーリゴリッ……!


(よし、クロエは完全に夢の中ね。……さぁて、ここからが真夜中のマッドサイエンス・タイムの始まりよ〜♪ まずはタウリンならぬ『ボアリン』の抽出からね〜♪)


 深夜の高級宿。

 ふかふかのベッドでクロエが規則正しい寝息を立て始めたのを確認し、そーっと抜け出したアノマロちゃんは、部屋の隅で『モース硬度八の乳鉢』と格闘していた。

 パステルカラーの前部付属肢をシャコパンチの要領で硬質化させ、昼間解体したホーン・ボアのEランク魔石を力任せに粉砕していく。


 その怪しい作業音に、クロエの足元で眠っていた黒豹のノアが、ピクリと耳を動かして片目を開けた。


『……グルル?』


(あ……もっきゅ! シーッ! ノア、クロエを起こさないでね! 私はちょ〜っと野暮用(夜なべの土木工事)に行ってくるだけだから♪)


 アノマロちゃんが前部付属肢を口元に当ててウインクすると、賢いノアは『やれやれ、手のかかる妖精だ』というように呆れた鼻息をフンスと吐き、再び丸くなって目を閉じた。


(ふぅ、危ない危ない。……よし、微粒子レベルまで粉砕した魔石を耐熱フラスコに投入して〜♪ そこに私の強酸性消化液をミックス〜♪)


 ジュワァァァァッ……!


 フラスコの中で、粉末になった魔石がドロドロに溶け、怪しい蛍光グリーンに発光し始めた。


(最後の仕上げに、特殊ペプチドを数滴♪ ……これでミトコンドリアの代謝リミッターを強制解除! よし、完成ッ!)


 アノマロちゃんは、コポコポと泡立つフラスコを掲げた。


(これぞ、超高濃度ATP抽出液……。名付けて、特製エナジードリンク『猪突猛進V(ファイブ)』よ!!)


 ※猪突猛進Vとは、のちに「徹夜の仕事に、一撃猛進!」のキャッチコピーでお馴染みとなるエナジードリンク(魔剤)である。タウリン……ではなく「ボアリン」が配合されており、飲むととにかく仕事が早く片付く(ただし致命的なほど大雑把になる)。


【警告(必ずお読みください)】

 命を守るため、用法・用量は絶対に変えないでください。

 本剤は魔物の高純度素材を使用しています。一回につき「一滴」を厳守し、原液のまま一気飲みすることは決してしないでください。万が一、過剰摂取した場合は、周囲の者が速やかに拘束し、解毒術の扱える医師の診断を受けさせてください……。


 地球の理化学とファンタジーの魔石(ボアリン)が融合した、絶対に劇薬指定されるであろう蛍光グリーンの原液。

 アノマロちゃんは躊躇することなく、それをフラスコごと一気にラッパ飲みした。


「もっきゅぅぅぅっ……!!(くぅぅぅっ、五臓六腑に染み渡るゥゥッ!!)」


 カッ……!! と、アノマロちゃんのパステルカラーの体がゲーミング色に激しく明滅する。


(ヤバい、ドーピング効果がエグい! 全身のミトコンドリアが爆速でATPを産生してる! カロリー無限大! いける、今の私ならなんでもできる気がするゥゥッ!!)


 完全に魔剤(エナドリ)がキマったアノマロちゃんは、窓の隙間から夜の空へと飛び出した。

 そのまま超音速のロケットのような勢いで、夜の『迷いの森』の最奥――天まで届くような、高さ数百メートルにも及ぶ断崖絶壁へと急降下した。


 ***


(……うわぁ、改めて見るとドン引きだわ)


 森の最奥にそびえ立つ、巨大な崖。その断崖絶壁の『中腹』に、直径一メートルの横穴(クレーター)がポッカリと口を開けていた。

 穴の奥深くからは、ドス黒い瘴気と、太古の化け物たちの悍ましい咆哮がかすかに漏れ出ている。これこそが、アノマロちゃんが地上に出る際に、テンションぶち上げで物理的にブチ抜いてしまった『カンブリア・ゲート』の残骸である。


(マジでこんなところ王都の騎士団に見つかったら、秒でバイオハザードじゃん。まずは生体セメントでこのゲートに『蓋』をして……ん? 待てよ?)


 アノマロちゃんは、横穴の周囲の岩壁をジッと観察した。


(この辺りの岩盤の成分は石灰岩……ってことは、少し削れば自然に形成された巨大な『鍾乳洞(カルスト地形)』がすぐ隣に広がってるはず! 先にそっちを開通させてハリボテ迷宮を作っちゃおーっと!)


 アノマロちゃんは、ゲートのすぐ横の岩壁に向かって、高圧の『強酸性ウォータージェット』を一点集中で噴射した。

 ジュゥゥゥゥッ!! と凄まじい音を立てて岩盤が溶け落ち、巨大な『天然の洞窟(鍾乳洞)』が顔を出した。


(ヒャッハー! 大当たりじゃん! なんか岩盤溶ける音超ウケるんですけどー! シュワシュワ言ってんの!「見てくださいこの強酸性ウォータージェット! どんな岩盤もスライムに!」……って私一人で何言ってんだろ、ウヒョヒョヒョ!!)


 深夜のテンションとエナドリの過剰摂取(オーバードーズ)が臨界点を突破し、アノマロちゃんの脳内から『まずゲートに蓋をする』という当初の最優先タスクが綺麗さっぱり吹き飛んでいた。

 無駄にクネクネとパステルカラーの体を躍動させながら、ゲートと隣の鍾乳洞を直通させ、たった数時間で『ファンタジー洞窟』のガワを完成させる。


(外装はバッチリ! さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 深夜の理系ハック・タイムいっくよー!!)


 アノマロちゃんは、崖の下の森に向かって昆虫の集合フェロモンに似た『揮発性誘引物質』を散布し、近くにいたゴブリンや大コウモリといった雑魚魔物たちを洞窟へと誘い込んだ。


(さあ、おいでおいでー。からの〜〜?『エメラルドゴキブリバチ』の毒液ベース特製カクテル生成。からの〜〜? プシュ〜ッ☆ こいつらの脳内オクトパミン受容体を完全にブロック! 逃避行動スイッチをバキバキにへし折っちゃうぞっ! イエーイ、みんな生きてるぅ〜!? ……あ、死んだ魚の目してるわ! アハハハハハ!!)


 霧を吸い込み、自意識を失ったゾンビのようにボーッと立ち尽くすゴブリンたち。


(そして仕上げのスキナー箱空間! 洞窟の入り口にはアラーム・フェロモン! 奥の部屋には『ドーパミンを超刺激する香り』を塗布! ほーら、みんな仲良く快楽の沼に沈んでいきなー! アハハ、私ってば花丸な空間デザイナーじゃん!!)


 魔物たちはフラフラと匂いに釣られて奥へ歩き出し、配置された部屋にピタッと定住した。もう一生この快楽の洞窟から出ることはなく、近づく外敵だけを機械的に排除する『無給の社畜ガードマン』の完成である。


(フゥーッ! 完璧な布陣! ついでにボス部屋っぽい最深部の巣穴には、そこらへんの『オーガ』っぽいやつも放り込んでおいて……ん?)


 アノマロちゃんの複眼が、ゾロゾロと洞窟へ入っていく魔物の群れの中に、緑色の鉱石を生やした巨大なヤドカリのような魔物(ストーン・エルミット)を捉えた。


(……やだ、なんか視界の端でピカピカ光ってるやついる! なにアレ甲殻類? うわぁ、深夜に見る未知のDNAとか絶対カロリー高いやつじゃん。つまり最高じゃん!)


 ドゴォッ!!


 深夜のジャンクフードへの渇望に抗えず、アノマロちゃんは瞬時に飛びかかり、シャコパンチで硬そうな鉱石の殻を一撃で粉砕した。


『ギ、ギュピピピピッ!?』


 そのまま中身を引きずり出し、前部付属肢で器用に千切って、モグモグと口に放り込む。


(……んまぁぁぁぁっ!! なにこれヤバ! 超濃厚カニミソ&ウニの奇跡のコラボ! 胃袋に染み渡るぅぅぅ! 殻のミネラルがポテチの塩気みたいで無限にいけるやつ! うー! 最高ぉぉぉっ!!)


 完全に深夜テンションである。未知の魔物(夜食)をホクホク顔で平らげるアノマロちゃん。カンブリアの頂点捕食者の前では、ファンタジーの魔物など深夜のコンビニのホットスナックと同義であった。


(……あー食った食った。よし、オーガも依存(ハック)させたし、これにて『新ダンジョン(※自作自演)』のDIY、完全完了!! 私ってばマジ天――)


 ふと見上げると、東の空がうっすらと白み始めていた。

 その瞬間。


(…………あっ)


 スゥッ、と。憑き物が落ちたように、アノマロちゃんの中から『深夜の謎テンション』が消え去った。

 同時に、エナドリのバフが切れ、凄まじい疲労感が全身のミトコンドリアを襲う。


(……やっば、もう朝じゃん。急に冷静になってきた……私、一人で何やってたんだろ……。っていうか、ヤバい、マジで過労死する……帰らなきゃ……)


 ***


 ――チュン、チュン。

 小鳥のさえずりで、私は目を覚ました。


「んんっ……よく寝たぁ。……あれ?」


 隣を見ると、ノアはまだスースーと気持ちよさそうに眠っているけれど、私の枕元にいるはずの妖精さんの様子がおかしい。

 パステルカラーの体が、干からびたスルメみたいにシワシワになって、ピクピクと痙攣していたのだ。


「よ、妖精さん!? どうしたの!? なんだかすごくゲッソリしてるよ!?」


『もっきゅ……もきゅ…………(カフェイン・クラッシュならぬボアリン・クラッシュからの、重度のATP枯渇……マジ死ぬ……)』


「わわっ、お腹すいてるの!? 待ってて、すぐにご飯にするからね!」


 私は慌てて昨日買っておいた高級ベーコンをアノマロちゃんの口に運ぶ。

 モモモモモッ! と掃除機みたいな勢いでベーコンを吸い込んだアノマロちゃんは、みるみるうちにシワシワの体から元の可愛い丸みを帯びたフォルムへと戻っていった。


「よかったぁ、元気になったね!」


『もっきゅ!(ふぅ、途中でヤドカリを夜食にしてなかったら、ガチで過労死するところだったわ!)』


 アノマロちゃんは「任せなさい」とばかりに、ビシッと二本の前部付属肢を立てて敬礼してみせた。


「ふふっ。さぁ、朝ごはんを食べたら出発だよ! 今日はいよいよ、あの『新ダンジョンの大穴』を探しに行くんだから!」


 私が気合を入れて拳を握ると、頭の上のアノマロちゃんは余裕たっぷりに大きく頷いた。


(ふふふ、安心しなさいクロエ! なんせ今日行くのは、私が徹夜でコーディネートした世界一安全な『ハリボテ迷宮』なんだから! ちょちょいと雑魚とオーガを倒して、昼前にはピクニック気分で帰還よ!)


 ――そう、完璧な計画にドヤ顔を浮かべるアノマロちゃん。

 だが彼女は、魔剤『猪突猛進V』の注意書きにあった【※飲むと仕事が大雑把になる】という副作用を、完全に甘く見ていた。


(……あれ? そういえば私、昨日の夜、何か忘れてるような……?)

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