第80話(第13話) 最弱テイマー、Dランクになる。
「――ただいま戻りました、アイリスさん!」
「ひゃあっ!? く、クロエ様!? どうされたんですか、何かお忘れ物ですか!?」
冒険者ギルドのVIP専用応接室。
路地裏で絡んできた悪徳商人を『ぴーえいち』の光で追い払った私たちが部屋へ戻ると、待機していたアイリスさんがバインダーを落としそうになりながら目を丸くした。
無理もない。私たちが森へ向かってから、まだ一時間と少ししか経っていないのだから。
「えっと、クエストのホーン・ボアの討伐と、月光草の採取が終わったので、持ってきたんです」
「…………はいっ?」
私がドンッ、と麻袋をテーブルの上に置くと、アイリスさんの動きがピタッと止まった。
「いやいや、いくらなんでも早すぎますって! Eランクのホーン・ボア五頭の索敵と討伐、さらに採取ポイントを巡るだけでも、熟練のパーティで最低半日はかかりますよ!? もしかして、森の入り口で別の草と間違えてしまったのでは……」
言いながら麻袋の口を開けたアイリスさんは、中身を見た瞬間、限界まで目を見開いて硬直した。
「な……なんですか、これはぁぁぁッ!?」
「えっ、あの、ダメでしたか……?」
「ダ、ダメなわけありません!!」
アイリスさんは震える手で、麻袋から一つの『魔石』を取り出した。
「表面に一切の傷がない……完全な純度を保ったままの完璧な剥ぎ取り! さ、さらにこの『月光草』! 複雑に絡み合った根の魔力経路が1ミリも損傷していません! どうやって抜いたんですかこれ!? 宮廷の錬金術師がピンセットを使っても、こんな綺麗に抜けませんよ!?」
アイリスさんは眼鏡がズレるのも構わず、顔を近付けてフンフンと匂いを嗅いだり、様々な角度から月光草を眺めたりと、完全にオタクのスイッチが入ってしまっていた。
(ふふん、当然っしょ。ただ力任せに引っこ抜く脳筋アプローチとかマジあり得ないから。植物の根圏微生物との共生関係を崩さない、繊細な生体力学計算を舐めないでよね)
私の頭の上で、アノマロちゃんが「もっきゅ」と得意げに二本の前部付属肢を揺らす。足元では、ノアも『ニャン』と誇らしげに胸を張っていた。
「――ほっほっほ。外までお主の大きな声が聞こえておったぞ、アイリスよ」
そこへ、ギルドマスターのギデオンさんが応接室に入ってきた。
テーブルの上に並べられた完璧な品質の魔石と月光草を見て、彼の鷹のような隻眼がスッと細められる。
「……出発からわずか一時間強。しかも、ここまでの極上品を揃えてくるとはな。クロエよ、お前さんの解体技術とテイマーとしての腕は、わしの想像を遥かに超えておったわ」
「えへへ、ありがとうございます! 新しいナイフがすっごく使いやすかったのと、ノアと妖精さんが手伝ってくれたおかげです!」
「うむ。相棒の力を最大限に引き出すのも、立派な実力じゃ。アイリス、これで文句なしの実績じゃ。すぐにクロエのギルドカードを更新してやれ」
「はいっ! クロエ様、ギルドカードをお預かりしますね!」
私がボロボロの鉄色のカードを渡すと、アイリスさんが魔道具に通して処理をしてくれる。戻ってきたカードは、ピカピカの銀色に輝いていた。
「おめでとうございます、クロエ様! これで正式に【Dランク】冒険者へ特例昇格です!」
「わぁ……銀色……! ありがとうございます!」
喜ぶ私を見て、アイリスさんはふと、バインダーの別の書類に目を落として思い出したように口を開いた。
「そういえば、クロエ様。クロエ様は以前、中堅パーティの『黒狼の牙』で荷物持ちをされていましたよね?」
「えっ? あ、はい。ザックさんたちの……」
突然の名前。私の右足を笑いながら砕き、魔物のデコイ(囮)として見捨てていった彼らの顔が脳裏をよぎり、私は無意識に身をこわばらせた。
すると、ノアが心配そうに身を寄せてきて、頭の上のアノマロちゃんもポンポンと私の頭を撫でてくれた。……うん、今の私にはこの子たちがいる。もう怖くない。
「実は数日前から、そのザックたちのパーティが消息不明になっているんです。森の奥で強力な魔物に襲われた可能性が高く、現在ギルドで捜索願が出ているのですが……何かご存知ですか?」
「いえ……。数日前、森の中で『ゴブリンの囮になれ』って足を砕かれて、荷物を奪われて置いてきぼりにされたので……それからは会ってないです」
「「…………は?」」
私の言葉に、ギデオンさんとアイリスさんの顔から、スッと表情が消え去った。
「なんだと……? 非戦闘員の少女の足を砕き、囮にして見捨てただと……?」
「ほ、本物の人間のクズじゃないですか……ッ!!」
ギデオンさんの放つ重圧で応接室の窓ガラスがピシピシとヒビ割れ、アイリスさんも怒りでワナワナと震えている。
(もっきゅ。あー、はいはい。あの時私が『キャビテーション・パンチ』で鼻骨を物理的に粉砕してやった底辺パーティね)
アノマロちゃんは私の頭の上で、呆れたように息を吐いた。
「アイリス。ただちに『黒狼の牙』の捜索願を破棄しろ。ギルドの規定に則り、奴らは悪質な同業者殺しの咎で【除名・賞金首】とする」
「はい、マスター!! クズのために割く人員など、我がギルドには一人もおりません!!」
あっさりと、ザックさんたちの末路は決まった。
「さて、不快な話はここまでじゃ。特例の昇格試験はパスした。……ここからが本当の仕事じゃぞ、クロエ」
ギデオンさんが、スッと真剣な顔つきになった。テーブルの上に広げられたのは、『迷いの森』の詳細な地図。
「数日後には、王都から大掛かりな騎士団の調査隊が到着する。奴らがデカい顔をして森を荒らす前に、地元の冒険者ギルドとして『新ダンジョン』の正確な位置と、内部の危険度を把握しておきたい」
その言葉を聞いた瞬間。私の頭の上で、アノマロちゃんの体がビクッと硬直した。
「Dランクに上がったお前さんなら、規則上も問題はない。ノアと未知の妖精を連れたお前さんに、【ギルドマスター指名依頼】としてダンジョン調査の先行部隊を任せたい。……受けてくれるか?」
「はいっ! 私、ママの代わりにしっかり調べてきます!」
「うむ、頼もしい返事じゃ!」
私が元気に頷くと、ギデオンさんとアイリスさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
***
――一方、その頃。私の頭の上では。
(もっきゅ……もっきゅ…………ヤバいヤバいヤバいヤバい!!)
アノマロちゃんは、パステルカラーの体を真っ青にさせながら、心の中で絶叫していた。
(ついに来ちゃったよコレ! ギルドが探してる『新ダンジョン』って、私が地上に出る時にブチ抜いた『カンブリア・ゲート』が原因じゃん! あんなバケモノがウヨウヨしてるガチ魔境を王都の騎士団が発見なんてしたら、秒で全滅して大問題になっちゃう!)
アノマロちゃんはプルプルと震えながら、必死に思考を回転させる。
(こうなったら、誰かに見つかる前に私が先回りしてヤバいゲートを物理的に完全封鎖! 代わりに『底の浅い、よくある普通のファンタジーダンジョン』を建築(DIY)して、明日クロエに『発見』させるしかないわ!)
けれど、クロエと離れた状態で徹夜の土木作業なんてしたら、たちまちカロリー(ATP)切れで干からびてしまう。
(……あっ! そうだ、昨日買った『フラスコ』と『乳鉢』、それにさっきの『ホーン・ボアの魔石』の余りがあるじゃん! クロエが寝静まったら、魔石を溶かして特製の『エナジードリンク』を密造すれば、ワンチャン徹夜作業もいけるッ!)
私の頭の上で、アノマロちゃんがパステルカラーの前部付属肢をワキワキと動かし、ニヤリと悪巧みの笑みを浮かべる。
そんな苦労など露知らず、私はギルドを出ると、大きく背伸びをして振り返った。
「ノア、妖精さん! 明日は早起きして、新しいダンジョンの『穴探し』頑張ろうね! 今夜は早く寝よう!」
『ニャゥ〜ン!』
無邪気に笑う私とノア。
その頭上で、アノマロちゃんはただ一人、遠い目で夕空を見上げていた。
(……そうね、おやすみクロエ。あなたの可愛い妖精さんは今から、その『探すはずの穴』を徹夜で掘りに行くんだけどね!!)
最後までお読みいただきありがとうございました!
無事にDランク昇格を果たしたクロエちゃんですが、次回からはアノマロちゃんの「深夜のダンジョンDIY(理科の実験)」が始まります……!
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次回もどうぞお楽しみに!




