第79話 ランクアップクエストは一時間で完遂! 絡んできた悪徳商人は『pH指示薬の閃光』で成敗です☆
「うぅぅ……クロエぇぇ……! やっぱりママも残るわ! 王都の本部への報告なんて適当に手紙でも送りつけておけば――」
「だ、ダメですよママ! ギデオンさんにも怒られちゃいます!」
『もっきゅ!(そうよ! 昨日せっかく私が買い物に付き合って、クロエの完璧な初期装備を揃えたんだから、過保護なママは大人しく王都へ行ってらっしゃい!)』
翌朝。冒険都市『リグ』の正門前。
朝焼けの空の下、王都へと向かう大型の乗合馬車の前で、私たちは涙目で駄々をこねるエルザさんのお見送りに来ていた。
『ニャゥ〜ン』
私をギュッと抱きしめるエルザさんに、ノアが「任せとけ」とばかりにスリスリと大きな頭を擦り付ける。私の頭の上でも、アノマロちゃんがふんぞり返って二本の前部付属肢をビシッと組んでいた。
「……ふふっ、そうね。アンタたちがついてるんだもん、心配ないわ。クロエ、絶対に無理だけはしないこと。約束よ?」
「はいっ! いってらっしゃい、ママ!」
私たちは、馬車が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。
***
エルザさんを見送った後、私たちは冒険者ギルドへと向かった。
VIP専用窓口で待機していたアイリスさんから、昨日ギデオンさんが言っていた『ランクアップのための簡単な依頼』を受け取る。
【討伐&採取クエスト】
・ホーン・ボア(Eランク)の討伐と、魔石および角の納品(五頭分)
・月光草の採取(十束)
「これを達成すれば、一気にDランクへの昇格を特例で認めると、マスターも申しております! いってらっしゃいませクロエ様! ああっ、ノアちゃん今日も毛並みが最高ですぅぅ!」
鼻息を荒くするアイリスさんに見送られ、私たちは『迷いの森』の浅層へと足を踏み入れた。
***
森の中は、ひんやりとした空気に満ちていた。
昨日ママに買ってもらった真っ白なアラクネのコートは羽のように軽く、隣を悠然と歩くノアから発せられる『プレッシャー』のおかげで、弱い魔物は近寄ってすらこない。
『もっきゅ。クロエ、右の茂みよ。『月光草』が生えてるわ。根を傷つけないように、斜め四十五度の角度で優しく引き抜くのよ』
「うん、わかった! こう……えいっ!」
スポンッ。
頭の上のアノマロちゃんの指示通りにすると、土ごと綺麗に、最高品質の月光草が抜けた。
あっという間に目標の十束を集め終わった、その時だった。
『――ブモォォォォォォッ!!』
突如、地響きを立てて、茂みの奥から五頭の巨大なイノシシ――ホーン・ボアの群れが飛び出してきた。
「わわっ!?」
『……グルァッ』
ノアが一歩前に出て、鼓膜を震わせるような威嚇の低吼を放った。
『――ブギャッ!?!?』
ズザーーッ!!
ホーン・ボアたちは急ブレーキをかけ、一瞬で仰向けにひっくり返り、そのまま綺麗に五頭並んで白目を剥いて気絶した。Aランク暗殺獣の威圧の前に、戦う前からショック死寸前である。
「す、すごい……綺麗に並んだね……」
『さぁクロエ、昨日買ったドワーフ製のナイフの切れ味を試すのよ!』
気絶しているホーン・ボアの胸に、新しいミスリル銀のナイフをスッと当てる。まるで柔らかいバターを切るように、一切の抵抗なく『魔石』と『角』だけが綺麗に切り出せた。
「すごい! 全然力がいらない!」
『もっきゅ。クロエの作業が終わったなら……次は『私の時間』ね!』
アノマロちゃんがポンッと飛び降り、昨日のお買い物でちゃっかり仕入れていたフラスコと乳鉢を並べた。
ボアの胃袋から採取した消化液と、すり潰した魔石を混ぜ合わせ、なにやらコポコポと怪しげな液体を調合し始める。
(ふふふふっ……これで特製の『魔力pH指示薬(ルミノール改)』の完成よ……!)
大自然のど真ん中で、謎の理化学実験を始めた妖精さん。
よくわからないけれど、とっても楽しそうなので、私はノアのお腹を枕にしてのんびりと待つことにした。
こうして、通常なら三日はかかる討伐&採取クエストを、私たちはわずか一時間で完遂してしまったのだった。
***
――帰り道。
ギルドへ向かうため、街の裏路地をショートカットして歩いていた時のこと。
「おいおい、そこの嬢ちゃん。ずいぶんと景気良く草むしりしてきたじゃねえか」
私たちの前に立ち塞がったのは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた恰幅の良い商人と、ガラの悪い護衛の冒険者だった。
「俺がここで、その『月光草』を直接買い取ってやるよ。そうだな……全部で銅貨三枚でどうだ?」
「ど、銅貨三枚……!?」
いくらなんでも安すぎる。明らかな買い叩き(ぼったくり)だ。
「あの、ごめんなさい。これはギルドのクエストで――」
「おいおい、大人が親切で言ってやってるんだ。ガキが偉そうに口答えすんじゃねえぞ?」
チャキッ、と。護衛の男が、脅すように剣を半分抜いた。
彼らはノアのことを『ただのデカい黒ヒョウのペット』程度にしか思っていないらしい。
『ノア、ステイ。……私の出番ね』
私の頭の上から、アノマロちゃんが前部付属肢をビシッと前に突き出した。
「ピュッ!」
――パァンッ!!
「……あ、れ?」
ドサッ。護衛の男が、突然白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
アノマロちゃんの『水でっぽう』が、男の耳の奥(三半規管)を精密に撃ち抜き、脳を揺らして一瞬で気絶させたのだ。
「…………え?」
突然、無音で護衛が倒れたことに、商人は状況が理解できずポカンと口を開けている。路地裏に、気まずい沈黙が流れた。
『さぁクロエ! さっき作った『試薬』を月光草に一滴垂らして、こいつに純度の違いを見せつけてやりなさい!』
「う、うんっ! ええと、これは……『ぴーえいち』の、おくすりです! いい草だと、光ります!」
私はよくわからないまま、アノマロちゃんが作った小瓶の液体を、月光草の葉にポトリと垂らした。
すると――。
カッッッッ!!!!!
「ぎゃあああああっ!? 目がぁぁぁぁぁぁッ!?」
月光草が、路地裏を真昼のように照らすほどの『目も眩むような黄金色の閃光』を放った。あまりの純度の高さによる劇的な化学発光反応だ。
「な、なんだその光は!? お、俺の目がぁぁっ!! ひぃぃぃっ、許してくれぇぇッ!!」
突然護衛が無音で倒れ、さらに謎の小瓶から「失明するほどの閃光魔法(と勘違いした化学反応)」を放たれた商人は、完全にパニックを起こし、涙と鼻水を撒き散らしながら逃げ去っていった。
「わぁ……ぴーえいち、すっごくピカピカ光るんだね!」
『当然よ。純度100%の完璧な反応だわ! さっ、こんな三下は放っておいて、ギルドへ納品に行くわよ!』




