第78話(第11話) アノマロちゃんと、初めてのお買い物。
冒険都市『リグ』の大通り。
私たちは今、ギルドを出て買い物の真っ最中だった。
Aランク冒険者のエルザさんと、巨大な黒豹のノアが並んで歩いているため、すれ違う街の人たちはみんな「ヒッ」と息を呑んで道を譲ってくれる。
そんな中、ギルドの制服を着た専属受付嬢のアイリスさんが、バインダーを抱えて元気よく先導してくれていた。
「さぁ、着きましたよ! こちらが当ギルド御用達、ドワーフの老舗武具屋『鉄床と妖精亭』です!」
「ふふっ、懐かしいわね。アタシが駆け出しの頃から世話になってる親父の店よ。クロエ、入るわよ」
カランコロン、と重い木の扉を開けて中に入る。
店内には、剣や槍、立派な鎧や革の服まで、見たこともないようなピカピカの道具が所狭しと並んでいた。
「おうおう、いらっしゃ……って、なんだエルザじゃねえか。ギルドじゃあ随分と派手に暴れ回ってるらしいな?」
「うふふ、相変わらず暑苦しい店ね、ガッツ親父」
カウンターの奥から顔を出したのは、立派な髭を蓄えた小柄で筋骨隆々のドワーフのおじさんだった。
ガッツさんはエルザさんを一瞥した後、足元のノアを見て目を丸くし、最後に私を見て首を傾げた。
「なんだ、その嬢ちゃんは。お前の隠し子か?」
「アタシの可愛い愛娘で、最強の天才テイマーのクロエよ。今日はこの子に、最高級の初心者用装備一式を見繕ってちょうだい」
「ふん、お前さんの娘ねぇ。……おい嬢ちゃん、魔物はテイムできても、装備の重さに耐えられるのか? 冒険者になるなら、まずはこの鉄の胸当てから――」
「ダメです!!」
ガッツさんが分厚い鉄の鎧を出してきた瞬間、アイリスさんが猛烈な勢いで間に割って入った。
彼女は眼鏡をクイッと押し上げ、オタク特有の早口でまくし立てる。
「テイマーの基本は『後方指示』および『従魔への魔力供給』です! さらにクロエ様は『生きた解体技術』という超近接精密作業の特技をお持ち! つまり必要なのは、防御力ではなく『極限の軽さと動きやすさ』、そして魔素を通しやすい『生体素材の防具』です!!」
「お、おう……受付の嬢ちゃん、随分と熱いな……」
アイリスさんの勢いに、ドワーフのガッツさんすらタジタジになっている。
「えっと……クロエ様、こちらなどいかがでしょう!」
アイリスさんが目を輝かせて持ってきたのは、真っ白でふわふわとした、薄手の可愛いフード付きコートだった。
「これは『アラクネの絹糸』で編まれた特殊防具です! 重さは普通の麻布と変わらないのに、鋼の剣すらはじき返す強度を持ちます! さらに着用者のサイズに合わせて自動で縮むオートフィット機能付きです!」
「わぁ……すっごく滑らかで、手触りもいいです……!」
(もっきゅ。なるほど、クモ糸タンパク質の分子構造を魔力で結合・強化しているのね。引っ張り強度は申し分ないし、なにより軽いのは良いことだわ。合格ね)
私の頭の上で、帽子のようにちょこんと乗っているアノマロちゃんも、器用にコートの生地を撫でてウンウンと頷いている。
「似合うわ、クロエ! すっごく可愛い! それと、この下に着る服と、靴と、鞄も全部一番いいやつをちょうだい!」
「ママ、そんなにいっぱい……お金、大丈夫ですか?」
スラムでの金銭感覚が抜けない私は、高級そうな服の山を見てオロオロしてしまう。
しかしエルザさんは、昨日ノアたちが狩ったウルフの報酬である『金貨が詰まったズタ袋』をカウンターにドンッと置いた。
「なーに言ってんの! これは全部、クロエとこの子たちが稼いだお金じゃない! 遠慮なんか絶対許さないわよ!」
「うぅ……ありがとうございます、ママ」
「さてと、防具はこれでいいとして。嬢ちゃん、武器はどうする? 小さめの杖か?」
ガッツさんが尋ねると、私はぶんぶんと首を横に振った。
「あの、私、魔力がないので魔法は使えません。えっと……『解体用のナイフ』が欲しいです」
「解体用……?」
私が今まで使っていた、刃こぼれだらけの小さな鉄のナイフをテーブルに置くと、ガッツさんは顔つきをスッと変えた。職人の目だ。
「……なるほどな。持ち手のすり減り方、刃の研ぎ方。こりゃあ、生きるために何千回と肉や骨を削いできた『本物の道具』の顔だ」
ガッツさんは奥の工房へ引っ込むと、一本の美しいナイフを持って戻ってきた。
青白い輝きを放つ、少しだけ湾曲した鋭い刃。
「最高純度の『ミスリル銀』で打った解体特化の小刀だ。魔力を通さねえなら魔法剣にはならんが、その分、純粋な切れ味と耐久性は桁違いだ。……嬢ちゃん、持ってみな」
「はい……っ」
私がそのナイフの柄を握った瞬間、手にスッと吸い付くような不思議な感覚があった。
重すぎず、軽すぎず。まるで自分の指先がそのまま刃になったかのような一体感。
「すごい……これなら、どんな魔石も絶対に傷つけずに取り出せます!」
「へへっ、道具が主を選んだな。嬢ちゃん、そいつはあんたの相棒だ」
私は新しい真っ白なコートを羽織り、腰のベルトにミスリルのナイフを差した。
鏡の前に立つと、そこにはボロボロの服を着たスラムの子供ではなく、ちゃんとした『冒険者の女の子』が立っていた。
「か、可愛いぃぃぃッ!!」
エルザさんが限界を迎えたように私を力強く抱きしめ、アイリスさんも「眼福ですぅぅ!」と尊そうに天を仰いでいる。
「うふふ、ありがとうございます、ママ! アイリスさん!」
***
大満足の買い物を終え、店の外に出たところでエルザさんが立ち止まった。
「さて、アタシは明日の王都行きの準備があるから、今日はここで別行動にしましょうか。アイリスもギルドの仕事に戻らないとでしょ?」
「はい! クロエ様、クエストの受注は明日以降、いつでもお待ちしておりますね!」
「クロエ、残ったお金は好きに使っていいわよ。ノアちゃんと妖精ちゃんが付いてるから心配はしてないけど、暗くなる前に宿に帰ってくるのよ」
「はいっ! ママ、アイリスさん、また後で!」
二人に手を振り、私はノアとアノマロちゃんだけの初めての『自由時間』を満喫することになった。
(もっきゅ。やっと身軽になったわね。クロエ、市場を探索するわよ。私の『生態系ハック(実験)』に耐えうる、頑丈でマニアックな機材を売っている場所を探すのよ)
「マニアックなきざい……?」
私たちは大通りを歩きながら、武器屋や防具屋、道具屋などを覗き込んでみた。
しかし、私の頭の上にいるアノマロちゃんは、どれを見ても「強度が足りない」「純度が低い」と念話で文句を言うばかりだ。
(ダメね、一般向けのファンシーな道具じゃ話にならないわ。……ん? もっきゅ! クロエ、風に乗って微かに『ツンとくる酸の匂い』と『特殊な鉱石の気配』がするわ! 右の路地に入って!)
「えっ、あ、はい!」
私の頭の上で、アノマロちゃんの触角がレーダーのようにピクピクと動く。
「次はそこを左!」「その裏道を真っ直ぐよ!」という頭上からのナビゲートに従って、賑やかな大通りから薄暗い路地裏へとどんどん進んでいくと――。
一般の冒険者なら絶対に見向きもしないような、怪しげな薬瓶やガラス管が並ぶ薄汚れた店に辿り着いた。
看板には『錬金術・理化学器具専門店 深淵の坩堝』と書かれている。
カラン……と遠慮がちに扉を開けると、そこはむせ返るような薬品の匂いと、無数のガラス器具で埋め尽くされていた。
「ひっ!? ま、魔物ぉぉ!?」
奥から出てきた、ボサボサ頭で白衣を着た神経質そうなおじさん――店主が、ノアを見て腰を抜かした。
巨大な黒豹がガラス細工の店に入れば、パニックになるのは当然だ。ノアは『ふすっ』と鼻を鳴らし、尻尾でガラスを割らないよう、器用に身体を縮こまらせてお座りしている。
「あ、あの、ノアは絶対に暴れないので大丈夫です! えっと……お買い物に来たんですけど……」
「お、お買い物ぉ? 冗談じゃない、ここは小娘が来るようなファンシーな雑貨屋じゃあないぞ! そもそもその頭に乗せてる変なマスコットはなんだ!? 俺は真理を追求する錬金術師だ! 冷やかしなら帰って――」
(ふふっ、見つけたわ。クロエ、あのおじさんに言ってやりなさい。『強酸性の魔物素材をペプチド分解するための、耐熱・耐酸仕様の硬質ガラスフラスコ』と『モース硬度八以上の魔鉱石で作られた乳鉢』を寄越せとね)
アノマロちゃんから念話で伝えられた言葉を、私は一生懸命にオウム返しした。
「えっとですね……きょうさんせいの……ぺぷちどぶんかいをするための、たいねつのフラスコ? と、もーすこうど……はち以上の、すっごく硬いすり鉢をください!」
「…………は?」
白衣の店主は、目を剥いて固まった。
彼はまさか、私の頭の上で大人しくしている可愛い妖精さん(アノマロちゃん)が指示を出しているとは夢にも思わず、私が自分の知識で喋っていると完全に勘違いしたようだ。
「ぺ、ペプチド分解……!? 強酸性の処理だと!? なぜこの年端もいかない少女が、王都の宮廷錬金術師すら知らないような専門的な化学用語(概念)を理解しているんだ……!?」
(ふふん、前世で工業用品のオンラインショップを使い倒していた私を舐めないことね。この世界でのさらなる『生態系ハック』のためには、プロ用の機材が不可欠なのよ!)
アノマロちゃんは私の頭の上で、店主にバレないように小さく得意げに触角を揺らした。
(さらに追撃よ! 容積は五百ミリリットル、ホウケイ酸ガラスと同等の耐熱衝撃性を持つ特注品じゃないとダメだと言いなさい!)
「あのっ、ほうけいさんがらすと、おんなじくらい熱さに強いやつじゃないとダメです!」
「ヒィィィッ!? ほ、ホウケイサン……!? なんという事だ、俺が人生を賭けて先月ようやく編み出した『耐熱特殊ガラス』の配合理論を、この少女は匂いだけで見抜いたというのか……ッ!?」
店主はもはやノアの恐怖など忘れ去り、感動でプルプルと震えながら私の手を取った。
「す、素晴らしい……! 君は、錬金術の神が遣わした天才か!?」
「えっ? あ、いえ、私はただ――」
「謙遜はいらん! 君のような真理を理解する者に、俺の最高傑作を売れる日が来るとは! 少々待っていろ、奥から最高の機材一式を出してくる!!」
店主のおじさんは涙を流しながら、奥の倉庫へとすっ飛んでいった。
なんだかよくわからないけど、妖精さんの欲しいものが買えそうでよかった。
(もっきゅ、もっきゅ。これで討伐した魔物の毒腺やら特殊器官を、安全かつ効率的に私の栄養(ATP)に変換する『調理器具』が手に入ったわね。さぁ、野営の準備は万端よ!)
ピカピカの初心者装備に、超一流の解体ナイフ。
そして、マニアックなアノマロちゃんの要求に耐えうる、最高の理化学器具。
明日は、ランクアップクエスト。
ワクワクとドキドキを胸に、私たちはたくさんの荷物を抱えて、ママの待つ宿へと帰るのだった。




