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第70話 魔力ゼロ? いいえ、私の嫁は『歩く無尽蔵の生体魔素リアクター』です☆

(あー、快適! まさに特等席じゃん!)


 昨日、夕暮れの森で出会い、岩陰で身を寄せ合って一晩を明かした私たち。

 木漏れ日が差し込む大森林を、私は今、クロエの温もりを感じさせる栗色(ライトブラウン)の柔らかい髪に包まれながら、彼女の頭の上にふんわりと鎮座して進んでいた。


「うふふ、アノマロちゃん。頭の上、居心地悪くない? 落ちないように気をつけてね」


 右足を砕かれたはずのクロエだが、私が昨日作ったパステルカラーの『生体外骨格(魔法のブーツ)』のおかげで、足の痛みを全く感じることなく、羽のように軽い足取りで落ち葉を踏みしめている。


『ううん、最高の特等席! ……なんだけど。ねぇ、クロエ』


「なぁに?」


『……やっぱりさ。おかしいのよ。なんで私、こんなにピンピンしてるの?』


 私が首を傾げると、クロエは歩きながらクスクスと笑った。


「ふふっ。妖精さんだもん、元気いっぱいで可愛いよ」


『いや、そうじゃなくて! 昨日の大立ち回りでカロリーを使い果たしたはずなのよ。しかもここは『カンブリア・ダンジョン』に比べて魔素もすっごく薄いはず……干からびてなきゃおかしいのに!』


 疑問に思った私は、まず【仮説】を立てた。

 やっぱり、クロエからエネルギーを貰っている……?


(よし、検証実験(テスト)その1よ!)


「わっ! アノマロちゃん、どうしたの?」


 私はクロエの頭から飛び上がり、空中で猛烈な勢いのシャドウボクシングを始めた。

 シュババババッ! と空気を切り裂く前部付属肢。わざと激しくエネルギーを消費してみる。

 すると――。


(……間違いない。動いて消費した分だけ、クロエと繋がっている『テイムパス』から、ドクンドクンと極上のエネルギーが流れ込んできてる!)


「あははっ、アノマロちゃん、とっても元気だねぇ」


 頭の上で激しく動き回る私を見て、クロエは少しも疲れた様子を見せず、むしろニコニコと微笑んでいる。

 エネルギーの供給源はクロエで確定だ。昨日の直後、テイムパスが繋がっていなければ、私はガス欠で干からびて死んでいたはずだ。

 だとしたら、魔力ゼロの彼女は一体【どこから】この莫大なエネルギーを生み出し、私を生かしてくれているのか?


『ねえクロエ、ちょっとそこで大きく深呼吸してみて!』


「う、うん。こう?」


 クロエが立ち止まり、すーっ、と深く息を吸い込む。

 私は複眼を極限まで研ぎ澄まし、彼女の生体データをスキャンした。


(――ッ!? なにこれ!)


 驚愕の光景だった。

 森の空気中には、キラキラと光る未知の粒子(魔素)が漂っている。クロエが深呼吸をした瞬間、彼女の『肺胞』がその光の粒子を酸素と共に根こそぎ血中へと取り込んでいくのが見えた。


『クロエ、あんたステータスの『魔力:0』だったよね? そりゃそうよ! 体内に『魔力を溜め込むファンタジーな臓器』がない代わりに、全身の細胞小器官(ミトコンドリア)そのものが、魔素を食って動く極小のエンジン群になってるんだから!』


 吸い込んだ魔素を、その場からミリ秒単位で『ATP(生体エネルギー)』に変換して燃やし尽くしてしまう。だから体内に「魔力」として滞留せず、測定器には『0』と表示されるのだ。


(クロエは欠陥品なんかじゃない。大気中の魔素を直接取り込む『無尽蔵の生体魔素リアクター』だったのよ! つまり、歩く永久機関!)


「かろりー? えーてーぴー? ええっと……妖精さんの呪文、難しくてわかんないや」


 私のガチの生化学的考察に、クロエはぽかんと瞬きをした。


『つまり、クロエが私を助けてくれたってことよ! クロエ、マジで尊い! 最高! ちゅっちゅっ!』


「わぁっ、くすぐったいよぅ」


 すべては彼女のキラキラした瞳に吸い込まれ、あっさりと『妖精さんの素敵な呪文』に変換されて自己完結してしまったようだ。

 ダーウィン先生の信徒としてのプライドが少しだけ疼いたけれど、クロエの幸せそうな笑顔を前にしては、野暮な訂正なんてどうでもよくなってしまった。


(……まぁ、いっか。この子が笑顔なら、私が妖精でもなんでもいいや)


 ***


 とはいえ、ここは未知の生態系の宝庫である『異世界の大森林』だ。

 真っ直ぐ街に向かうなんて、生物部JKの血が許さない! 私はクロエの頭の上から周囲を観察し、道草を食うことにした。


「きゅいっ!(クロエ、あの甘い香りのするお花!)」


「ん? これはね、『まどろみ花』って言って、とってもいい匂いがするんだよ」


 私は前部付属肢を伸ばし、その花をむしゃむしゃとつまみ食いした。


(なるほど! この花の蜜腺に含まれる『芳香化合物』……何かの触媒にピッタリね。フフフ、いい実験材料ゲットじゃん!)


「あははっ。妖精さん、お花むしゃむしゃ食べてて可愛いね。お腹空いてたの?」


 さらに歩みを進めると、額に鋭い一本角を生やしたウサギ――『ホーンラビット』が飛び出してきた。


(おっ、低級魔物エンカウント! タンパク質補給しなきゃね。狩らせてもらうよ!)


 私はクロエの頭から弾丸のように飛び出すと、ウサギの死角へ回り込み、前部付属肢のキャビテーションで脳幹をピンポイント破壊。絶命したウサギを目にも留まらぬ速さで解体し、新鮮な肉をむしゃむしゃと平らげた。


(ふむふむ……地上の哺乳類の内分泌系、それに魔力器官ね。完全に把握した! これで『アレ』が合成できるわね……私ってば天才!)


 あっという間に骨と毛皮だけになったウサギの残骸から、私はコロンと転がり出た『魔石』を拾い上げる。


(んー、ダンジョンの魔石に比べると、地上の魔石は密度がスッカスカのガラス玉みたいね。でもまぁいっか)


 私は血のついた前部付属肢を口器で拭いながら、その軽い魔石をクロエに手渡した。


「わぁ……角ウサギさんがあっという間にお肉と綺麗な石になっちゃった! 残さず綺麗に食べられてえらいね。このキラキラした石は魔石ね。ありがとう!」


 骨だけになったウサギと血まみれの私を見て、クロエはふわりと微笑んだ。過酷なスラムで生きてきた彼女にとって「命を残さず綺麗に食べる」ことは、何より正しく美しいことらしい。


 ***


 そんなふうに森の生態系を蹂躙しながら歩くこと数時間。

 やがて木々がまばらになり、綺麗に踏み固められた広い街道へと出た。荷車を引く行商人や、武装した冒険者たちがせわしなく行き交っている。


(うおーっ、ザ・異世界の街道! 本当に馬車だ!)


 私がはしゃいでいると、クロエは行き交う人や馬車の邪魔にならないよう、道の端へとスッと移動した。

 すれ違う人々は、誰もクロエや私のことを気にも留めない。商談に夢中な商人や、今日の稼ぎを語り合う冒険者たち。誰もが自分の生活に忙しい。


(……なによ、こいつら)


 私はクロエの頭の上で、不満げに前部付属肢を揺らした。


(こんなに健気で可愛い私の嫁と、カンブリア紀の覇者である私が歩いてるのに、完全スルー!? 都会人、ドライすぎない!? ちょっとくらい二度見しなさいよ!)


 私がフンス! と息を荒くしていると、やがて広大な平野の先に、巨大で頑丈な石造りの城壁がそびえ立っているのが見えた。


『ねえクロエ。あの壁の向こうが、人間の街なの?』


「うん。あそこが私の住んでいる……冒険都市『リグ』だよ」


 クロエは少しだけ足を止め、空中でキラキラと舞う光の粒を、手のひらでそっと掬うようにした。


「妖精さんは、外の世界は初めてだよね? この空に飛んでるキラキラはね、『女神様の吐息』って呼ばれてるの。街の人たちはみんな、生まれつき体の中にこの光の粉を集めて魔法を使う『特別な場所』を持っているんだ」


(……なるほど。ファンタジー特有の『魔力器官』ね。さっき角ウサギから摘出した器官よ)


「でもね、私は生まれつきそれを持たない『欠陥品』なんだ」


 都会のドライな喧騒の中で、クロエはふんわりと優しい笑顔を浮かべた。


「えへへ、だから街の普通のお仕事は誰も雇ってくれなくて。ずっと冒険者さんの荷物持ちをして、ギルドの馬小屋の隅っこに寝かせてもらってたんだ。お馬さんたち、私のこと舐めてくれたりして、冬でもとってもあったかくて優しいんだよ!」


 実力と魔力がすべての絶対基準となるその街で、ステータスがエラーを起こしている彼女は、社会のシステムから「いないもの」として弾かれ、搾取され続けてきた。


「街に帰ったら、また冒険者ギルドに行かなくちゃいけない。ゴブリンさんの討伐報告をして……私、ちゃんとアノマロちゃんのテイマーとして、街にいてもいいって認めてもらえるかな……!」


 明るい声色とは裏腹に、その小さな肩は、不安げにわずかに震えていた。

 私は、彼女の頭の上からふわりと飛び降りて、空中にホバリングした。そして、パステルカラーの前部付属肢をピンと立てて、力強く言い放つ。


『――任せときなさい!』


「えっ……?」


『体の中に魔力を作る臓器がないからって、なんだっていうの! 私の無尽蔵のエネルギー源であり、私の命の恩人でもある世界で一番優しくて尊い女の子をバカにする前時代的な連中なんて……私の前でクロエを傷つけたその瞬間――そいつらの生態系は終わりよ!』


 前部付属肢をシャキィン! と鳴らし、私がドヤ顔で言い切ると、クロエはきょとんとした後、ふわりと花が咲くような笑顔を見せた。


「えへへ……妖精さんの言葉、やっぱり難しくてわかんない。でも……うん! 妖精の騎士様が一緒にいてくれるなら、私、もう何も怖くないよ」


 こうして。

 最弱のテイマーと、理系知識で生態系を蹂躙するカンブリア紀の頂点捕食者は、魔力至上主義の世界で人間の街『冒険都市リグ』へと足を踏み入れるのだった。

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