第7話 経験値うどん乱獲してたら、店長に目をつけられたぜ☆
さぁて、ヨホイア様の新しいハサミのホールド力と切れ味……。
あのクネクネ動く『高たんぱくな経験値うどん』で、存分に試し斬りさせてもらおうか!
頭部の両脇からシャキーン! と突き出した、自慢のトゲ付き一対の強靭な腕——
大付属肢をカチリカチリと鳴らしながら、私は十対の鰭状の脚をリズミカルに蠢かせた。
ノープリウス幼生(二ミリ)時代の、漂うだけ、逃げ回るだけの最弱プランクトン生活は、たったいま完全に卒業したのだ。
水を鋭く切り裂く十対の鰭脚の推進力は伊達じゃない。
これまでは水流に流されるがままだった私が、今は自分の意志で地底湖のドロドロした粘性水の中を、自由自在に三次元スイミングしている。
控えめにいって、脳汁ドバドバなんですけど!
行くよ、経験値うどん!
「きゅいっ!」
私は鰭脚を力強く蠢かせ、泥の中から這い出てうねうねと逃げ惑うマナ線虫に猛スピードで肉薄した。
ヨホイアの機動力は異次元だ。
逃げる線虫の頭上を、あっという間に制圧する。
逃げられるとでも思った?
今の私は、食物連鎖の階段を一段登ったプレデター様よ!
オーホッホッホッホ!(※なお、体長一・五センチ)
前方に突き出した大腕を、鋭い軌道で一気に振り下ろした。
ガシィッ!!!
キチン質の鋭いトゲが、のたうつ線虫の半透明なボディに容赦なく食い込み、完全にホールドする。
線虫は私のトゲ腕の中でクネクネと必死に抵抗するが、硬質な外骨格の締め付けからは絶対に逃げられない。
それじゃあ……試し斬り、いっちゃいます!
いただきますっ♡
グッ、と大腕に力を込める。
プチッ、と。
線虫のボディは私の大腕の圧倒的なパワーによって、無慈悲に真っ二つに引き裂かれた。
ん〜〜! ワンパンさいこー!
一撃両断、最高にエグツヨで、最高に気持ちいいいぃぃ!!
私は引き裂いた線虫の肉片を円座状の口へと運び、ハグッ、と丸呑みにした。
喉を通り、胃に落ちた獲物が、私の分泌する強力な消化酵素によって溶解していく。
その瞬間、私の神経系に、ミドリムシやゾウリムシの時とは全く質の異なる、精緻で冷たい情報が流れ込んできた。
え……ッ!? なにこれ、頭の奥がめちゃくちゃ冴え渡る……!?
それは、線虫のDNA情報と魔力のインストール(水平伝播)。
なるほど!
線虫(C・エレガンス)といえば、全神経細胞三百二個の接続配線図が人類史上で最も早く完全に解明された、神経系の究極のモデル生物じゃん!
線虫のDNAを取り込んだことで、私の白紙の設計図に、高度にパッケージングされた「神経系の最適化配線図」がダイレクトに上書きされていく。
ピピピピピ!
私の原始的な脳内のシナプスが爆発的な勢いで細胞分裂を繰り返し、配線を急拡張していく。
まるで、古臭いパソコンのCPUを、最新世代の超マルチコアCPUに換装したかのような圧倒的な情報処理速度の向上。
キタキタキタ! 思考の高速化!
それに、全身の剛毛センサーから入ってくる水流情報の処理速度が跳ね上がってる!
これ、異常な反射神経を獲得しちゃったのでは!?
脳の拡張によって、周囲のドロドロした水の流れが、まるで静止画をパラパラ漫画で見ているかのようにクリアに知覚できる。
泥の隙間に隠れている他の線虫たちが、水流の乱れと魔力感知が合わさってサーモグラフィーのように丸見えだ。
えっ、ここ、経験値うどんの食べ放題ビュッフェじゃん!
脳みそ冴え渡って超ウキウキだし、完全無双でいっちゃおー!
私は十対の鰭脚を爆発的な速度で蠢かせ、シュババババッ! と水の中を飛び回った。
見つけた線虫に一瞬で肉薄し、大腕でガシッと掴んで、真っ二つにしてハグッ。
また別の線虫を掴んで、ハグッ。
美味しい!……いや、味は相変わらずサビついた温泉水だけど。
カロリーと魔力がダイレクトに細胞に染み込んでいく感覚がたまらなく気持ちいい!
いくらでも啜れちゃう!
しかし、調子に乗って「経験値うどん」を周囲から残らず乱獲し、ゲップをしながら泥の上に鎮座したその瞬間。
私は、自分の身体を包むある「奇妙な生理的変化」に気がついた。
あれ? ちょっと待って……私、お腹いっぱいなのに……。
全然、大きくなってない?
そう。 あれだけの「うどん」を貪り食ったというのに、私の体長は一・五センチから、一ミリたりとも大きくなっていなかった。
細胞分裂は活発に行われ、シナプスは拡張されているのに、質量そのものが増えていかない。
あ、これ……生物学でいう『環境収容力』と『燃費の壁』だ……。
脳の拡張によって冷徹な計算力を得た私の知性が、現在の自分の限界を恐ろしいほど正確に弾き出す。
体長一・五センチの小さなヨホイア形態
この極小ボディの容積と、熱水噴出孔という局所的なエリアで手に入る微生物の低カロリーだけでは、日々の代謝を維持するのが精一杯で、これ以上の大進化を果たすための「臨界エネルギー」に、物理的に一生届かない。
このエリアの微生物を何百匹、何千匹食べ尽くしたところで、私の進化はここで完全に『詰み』になる……。
もっと、圧倒的なエサが必要なんだ。
そう、体内に巨大な「魔石」を宿した生命、それを骨の髄まで喰らい尽くさないと……!
この最悪のダンジョンを這い上がることは絶対にできない……!
私は大腕をカチリカチリと静かに鳴らしながら、地底湖の奥底に広がる、さらなる暗黒の深淵を見つめた。
這い上がるための、次なる標的を求めて。
進化の夜明けは、まだ、遠い。




