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第68話(第1話) カンブリア・JK・アノマロちゃん爆誕!

(うおおおおおおおおっ! 風! 空! 太陽ぉぉぉっ!!)


 薄暗い謎の地下洞窟の最奥に位置する特異点『カンブリア・ゲート』。

 目覚めたらなぜか最推しの古生物『アノマロカリス(体長三十センチ)』に転生していた私は、ゲートから山の断崖絶壁の中腹へと大砲のように吐き出され、猛烈な重力に引かれて真っ逆さまに落下していた。


 暗くてジメジメした洞窟を抜けて、ついに手に入れた外の世界!

 全身の甲殻を撫でる気流がたまらない!

 ダーウィン先生、見てる!? 私、ついに異世界の地上に出たよ!


(って、うおっ!? 酸素うっす! 魔力もうっす!?)


 歓喜も束の間、私のエラ(呼吸器官)が猛烈な警鐘を鳴らす。

 洞窟内の超高濃度環境に慣れきっていた私のボディにとって、地上の空気は薄すぎた。慌てて『燃費重視のエコモード』に代謝を調節し、私は落下速度を流体力学でコントロールしようと試みる。


 その時だ。私の超優れた複眼が、崖下の暗い森の中で起きているイベントを捉えた。


(第一村人発見!)

(は? ボロボロの女の子を囲んでる緑色の二足歩行……あれ、ファンタジーの定番『ゴブリン』!? うっそ、本当にいるの!? 霊長類とは全く違う進化系統、未知のDNAじゃん! 最高ぉぉぉっ!!)


 私の中のダーウィン先生(とマッドサイエンティストの血)が歓喜の悲鳴を上げた。

 記念すべき地上デビュー戦、あんな健気そうな女の子を助けつつ、未知のDNAをサンプリングできるなんて一石二鳥にも程がある!


(重力加速度、利用させてもらうッ!)


 私はヒレ(側泳鰭)を畳み、空気抵抗を極限まで削ぎ落として流星のように急降下した。

 目標は、ゴブリンの群れのど真ん中!


 ズドォォォォォンッ!!


「もきゅいぃぃぃっ!(とうっ!)」


 地面が激しく陥没し、盛大な土煙が巻き上がる。

 もうもうと立ち込める粉塵の中心で、私はパステルカラーのボディを揺らして最高にクールな着地(スーパーヒーローランディング)を決めた。


『ギ、ギギャ……!?』


 突然空から降ってきた爆撃に、ゴブリンたちがパニックを起こして武器を構える。


(さぁて、地上の生物の構造的欠陥、見せてもらうよ!)


 私はパステルピンクの可愛らしい前部付属肢の細胞を急激に書き換え、キチン質の硬度を再構築する。


(【相同的同化】! モンハナシャコのスプリングラッチ構造、完全再現ッ!)


 前部付属肢がカシャッと変形し、極悪な打撃棍(クラブ)へと姿を変えた。


 パンッ! パァンッ!!


 私が超音速の『キャビテーション・パンチ』を放つたび、空気中に数万気圧相当の衝撃波が発生する。

 ゴブリンたちの屈強な肉体が、いとも容易く破裂し、次々と赤いトマトジュースへと変わっていく。

 ガチ生物学の前では下等な魔物など一捻りじゃん!


 たった数秒で群れを殲滅した私。しかし、至近距離で炸裂させすぎたせいで、私のパステルカラーのボディはドロドロの赤い返り血まみれになっていた。


(うげっ、血生臭っ。……ん? いや、待てよ)


 私は表面の甲殻から、付着したゴブリンの血液(DNA)を急速に吸収・解析した。


(なるほど! こいつら、ファンタジーの定番『ゴブリン』特有の、異常な繁殖力の遺伝子情報を持ってる! この強靭な細胞増殖のメカニズム……最高に使える生体データじゃん!)


 私が未知のデータ獲得に歓喜の身震いをしていると、森の奥から足音が近づいてきた。

 現れたのは、立派な剣を下げた剣士の男と、魔術師の男。


(お、人間じゃん! もしかしてこの子の仲間? よかった〜、助けに来てくれたんだ!)


 私がホッと安心したのも束の間。剣士の男はへたり込む女の子を見るなり、舌打ちした。


「チッ……まだ生きてやがったのかよ、その役立たず。どうせゴブリンのオヤツになってくれりゃ、手間が省けたのによ」


 剣士の男は鼻で笑う。


(えっ……この子、仲間じゃないの……?)


「ほんとだぜ。あんな魔力ゼロのゴミ、連れて歩くだけで足手まといだろ。……ん? なぁザックさん、あの空飛ぶエビはなんだ?」

「あ……? ゲイル、アレは高く売れるレアな魔物かもしれねぇ! おい、あのゴミごと燃やして捕まえろ!」

「ちっ! しゃあねえなぁ……。炎よ、矢となりて敵を穿て『ファイヤーアロー』」


 剣士の男(ザックというらしい)の指示で、魔術師(ゲイルというらしい)が私に向けて魔法を放ってきた。


(えっ!? なんで私攻撃されんの!? しかもエコモード&さっきのパンチでATP(カロリー)がカツカツで、避けられな――)


 炎の矢が私へ向かって一直線に迫る。

 その瞬間――。


「だめっ……!」


 女の子はあり得ない方向に曲がった右足を引きずりながら、それでも私の前へ飛び込んだ。

 恐怖で顔が真っ青なのに、迷いもためらいも一切なかった。


 ドスッ、と彼女の背中を炎が焼く。


「っ……あ……!」


 小さな体が大きく揺れ、息が詰まるような声が漏れる。


(えっ……)


 私を、庇った……? こんなボロボロで、今にも倒れそうなのに……?

 炎に焼かれた背中から煙が上がっているのに、女の子はまず私のことを見た。


「大丈夫? ……っ、怪我、してない……?」


 痛みで震える声なのに、自分の傷より私を気遣っている。


(なにこの子……尊すぎん!?)


 ドクンッ、と。私の心室(ハート)が、かつてないほど激しく爆鳴りした。


「――きゅんっ♡」


 やだ、なにこの胸の高鳴り! 私、この健気な子に一目惚れ(むねきゅん)しちゃったんですけど!?

 パニックになる私。だが次の瞬間、極上のエネルギーが急速に私の中へと雪崩れ込んできたのだ。


(な、なんだ、このエネルギー循環は!?)


 私の細胞が爆発的に活性化する。枯渇していたエネルギーが完全に満たされる。


(なんか力が漲ってきたー!! あいつらァァァァ!! ……絶対に許せない!!)


 私は地面を蹴った。


(私の命の恩人に、何してくれてんじゃボケェェェッ!)


 空気が爆ぜ、視界が一瞬でザックの顔面に切り替わる。


「――ッ!?」


 張り付くように密着し、返り血まみれのシャコパンチを鼻梁へ叩き込んだ。

 鼻骨が砕ける感触が生々しく返ってくる。


 スマッシュ。

 ザックの顔が、潰れた果実みたいに歪んだ。叫び声というより、喉の奥で潰れた悲鳴が漏れる。


「ギャアアアアッ!? な、なんだこの化け物ォォッ!!」


 その場に尻もちをつき、血と涙と鼻水を垂らしながら後ずさる。

 ゲイルは私と目が合った瞬間、魔術師のくせに詠唱すら忘れて腰を抜かした。


「ひっ……ひぃぃぃッ!? ザック、逃げろ逃げろ逃げろ!!」


 恐怖に顔を引き攣らせ、這々の体で森の奥へと転げるように逃げ出していくザックたち。足音が命乞いみたいにバタバタ響く。

 私は血を振り払って、ふん、と息を吐いた。


(とりあえず、命だけは助けてやる)


 周囲はゴブリンの残骸と血の海になっていた。

 私はハッとして女の子を振り返る。

 全身真っ赤な血まみれのエビが人間を血祭りにあげる光景。絶対に怖がられる。拒絶される……!


 案の定、女の子は周囲の血だまりを見て、ビクッと肩を震わせた。彼女は明らかに、私が「えげつない手を使って敵を粉砕した」ことに気がついている。

 しかし、彼女は小さく深呼吸をすると、ボロボロと涙をこぼしながら、震える声で精一杯の満面の笑みを作ったのだ。


「ふふっ……妖精さんの『魔法』で、悪い魔物も、ザックさんたちも……みーんな、どこかへ行っちゃったね」

「こんなに血だらけになって……私のために、一生懸命戦ってくれたんだよね。……まるで、おとぎ話に出てくる騎士様みたい。……私を助けてくれて、本当にありがとうっ」


(えええええっ!? 私のためにわざと見ないふりして、こんな血まみれの私を『おとぎ話の騎士様』扱いしてくれた!? 何この子、健気! 可愛い! そして尊い!!)


『っていうか妖精じゃないし!』


「――えっ!? なに、今の女の人の声……! 私の頭の中に!?」


『……えっ!? 私の声が聞こえるの!?』


 女の子も吸い込まれそうなほど澄んだ、優しい琥珀色(アンバー)の瞳を丸くして私を見つめている。


『え、えーっと! 私はアノマロカリスよ! この姿の推しポイント、聞いてくれます!? そりゃあね、三葉虫(サンヨウチュウ)の殻をバリバリに砕くこの前部付属肢がガチで尊くてね〜! カンブリア紀の頂点に君臨する捕食者としての完成された生態系が――』


 ごまかすために一気に自己紹介をまくし立てる私。

 すると、女の子はぽかんとした顔で首を傾げた後、涙を拭って特大の笑顔で私をギュッと抱きしめた。


「んーとっ、アノマロちゃんね! 私はクロエ! よろしくね、アノマロちゃん!」


(私のガチの生物学解説、一ミリも聞いてないじゃん!)


 クロエが涙を拭いながら笑った瞬間、私たちの間で、何かが触れ合った。

 胸の奥で、金属が噛み合うような、光が結ばれるような、そんな鮮烈な感覚が走る。

 ――カチリ。と……私たちを強く結びつけた。


「えっ、今の手応え……! 私、魔力ゼロの落ちこぼれなのに……これって、私にとって生まれて初めてのテイム……っ!?」


『うそでしょ、お互いに自己紹介しただけで、自動的にテイム契約が完了したってこと!?』


 あまりにも規格外な魂の結びつきに、私たち二人は同時に驚愕の声を上げた。


「わ、私、アノマロちゃんとテイムできちゃったみたい。ちょっとステータス、確認してみるね」


 クロエが空中に指を滑らせると、光の粒子が集まり、半透明の【ステータス画面】が浮かび上がった。


『うおっ、ファンタジー名物のステータスウィンドウ! ガチでそういうシステムあるんだ!』


 私は大興奮で画面を覗き込んだ。が、直後に戦慄した。


 ========================

【名前】クロエ

【職業】テイマー?(※エラー:該当クラスなし)

【LV】Null

【魔力】0 / 0

【状態】システム干渉不可(バグ)

【従魔】特定外来生物(※警告:認識不能)

 ========================


 文字化けとエラー表示のオンパレード。

 魔力ゼロって書いてあるけど、今この瞬間も私には無限にエネルギーが注ぎ込まれている。


(なにこの画面……世界の理(システム)から完全に外れてる、バグだらけのステータスじゃん!)


 お互いに自己紹介をしただけで完了してしまったテイム契約と、この世界のシステムから完全にバグっているクロエの存在に、私は驚愕を隠せなかった。


「――痛っ……!」


 不意に、クロエが顔をしかめてうずくまる。

 そうだ、背中の火傷と、骨が砕けた右足!


(ヤバいヤバい! 私の可愛い嫁の綺麗な肌が! ネクローシス(細胞壊死)が進行しちゃうし、足の痛みでショック死しかねない!)


 私は慌ててクロエの右足に張り付いた。

 もちろん私にファンタジーな回復魔法(ヒール)なんて使えない。でも、私には地球の理系JKとしての知識と、四十六億年が鍛え上げた【生化学】がある!


 まずは右足の皮膚に極小の針を立て、両生類(ヤドクガエル)の毒成分を生成する。そこから抽出した鎮痛アルカロイド(エピバチジン)を瞬時に改良。元・人間である私の知識で人間の神経伝達物質に合わせ、無毒化した局所麻酔として注入し、痛覚神経の伝達だけを完全にブロックする。


「えっ……? 痛みが、ない……?」

「……ありがとう。私、誰かに助けてもらうの、初めてで……すごく……嬉しい……」


(尊さで細胞が爆発するんだけど!?)


 爆発している場合じゃない。次は背中の火傷だ。

 パステルカラーのボディから、上皮成長因子(EGF)を含んだ『冷却ハイドロコロイド様物質』を分泌し、火傷にプニプニと押し当てる。

 ここで、さっきゴブリンから奪ったばかりの『異常繁殖(超速の細胞分裂)メカニズム』の生体データをハックして利用する! テイムパスを逆流させ、莫大な生体エネルギー(ATP)と共に細胞分裂のブースト信号として叩き込む!


 焼け焦げた皮膚が秒速で再生し、痕一つないツルツルの白雪のような肌へと生まれ変わっていく。ゴブリンの驚異的な生命力を応用した、完璧な生物学的スキンケアだ。


(よし、次は折れた足! でも骨ばかりは細胞分裂を加速させてもすぐにはくっつかないわね。だったら――!)


 私は自分の体から「淡いパステルカラーの糸(生体樹脂)」を勢いよく吐き出し、クロエの右足にグルグルと巻き付けた。それは空気に触れてあっという間に硬化し、足をぴったりと包み込む可愛い色のブーツのようになった。


『【生体外骨格(キチン・ブレース)】形成完了! 甲殻類の殻と同じ成分で作った特製ギプスよ! 足の裏から膝下までの荷重をすべて外側の殻に逃がす構造にしてあるから、折れた骨には一切体重がかからないわ!』


 クロエはそっと立ち上がり、恐る恐る足を動かしてみる。


「わぁ……! これ、すごく綺麗……! まるで……おとぎ話のガラスの靴みたい……!」


 その瞳は、痛みを忘れて輝いていた。


「アノマロちゃんが作ってくれた靴……ずっと大事にするね……!」


(わぁ……何この子……尊さの暴力じゃん……、じゃなくって!)


『だからオカルトじゃなくて、ガチの生化学と高強度のキチン・キトサン樹脂による荷重分散構造だってば!』


 私がドヤ顔で念話を飛ばすと、クロエはまたしても難しい言葉を全スルーして、満面の笑顔で私を抱きしめて頬ずりした。


(……っ! やばい、吸い込まれそうなほど澄んだ、優しい琥珀色(アンバー)の瞳……至近距離で見ると美しすぎん!? 尊い!!)


 私が今日何度目か分からないフリーズを起こしている間、痛みが消えすっかり元気になったクロエは、持っていた錆びたナイフでゴブリンの残骸から小さな魔石と『右耳』を器用に剥ぎ取り、麻袋に回収し始めていた。


「アノマロちゃんが倒してくれたゴブリンさん、街のギルドに持っていけば、少しはお金になるかもしれないからね」


 かくして、生まれて初めてのテイムを成功させた最弱のバグテイマーと、最高にキュートな血まみれの頂点捕食者(わたし)の、過酷で尊い地上ライフが幕を開けたのである!


 その名も、【カンブリア・JK・アノマロちゃん】、ここに爆誕じゃん!

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