第65話 「すごく苦いね」「でも、最高の味です」
私の足元で仰向けに倒れた暴虐竜ディアボロドンの巨体が、太陽のように青白く発光し始めていた。
喉のチャージ器官を潰され、生き残ることを諦めたバケモノ。体内に残されたすべての力を、腰(骨盤)にある『第二神経節(サブ脳)』へと集約させ、自らの肉体ごとこの空間を吹き飛ばす【全方位自爆プラズマ】の圧縮。
『おねえさま……ッ! あれ、凄まじい熱量です! このままだと、おねえさままで……っ!!』
私の中で、ピカちゃんの魂が悲鳴のような警告を上げる。
ええ。直撃すれば、巨大な甲殻だろうが一瞬で蒸発するわ。
かといって、背後には『終わりの門』がそびえ立ち、プルちゃんや蟲たちがいる。逃げ場なんてどこにもない。
ピカちゃん、怖い?
私は巨体を支える多脚を、赤黒い焦土にガッチリと食い込ませた。
『こ、怖くなんて……ないです。だって、おねえさまと一緒だから。ぼくは、おねえさまと一緒なら……全部、溶けちゃってもいいですっ』
私もよ! ピカちゃんと一緒だから、全く怖くないわ!
『っ……おねえさま……!』
押し寄せる圧倒的な死の恐怖を、内側から溢れる陽だまりのような温かさが上書きしていく。
冷たい物理法則が支配するこの世界で、私たちが出会えた奇跡。彼女の魂の鼓動が、私の細胞一つ一つを熱く焦がし、二人の境界線がゆっくりと溶けていくのを感じた。
ここで背を向けたら、私たちの愛が泣くわ。
行くわよ、ピカちゃん! 私たちの全部で、あいつの爆弾を喰い破るッ!!
『はいっ! どこまでも、ぼくはおねえさまと一緒に……!!』
私は、逃げるどころか真っ向から暴虐竜へと飛び掛かった。
狙うのは、先ほどのマウント攻撃で、暴虐竜の胸元に抉り開けた『巨大な穴』。
自らの頭部をその大穴へねじ込み、暴虐竜の【体内】へと直接ダイブする!
『ギャルォォォォォォォォォッ!?』
暴虐竜が断末魔のような絶叫を上げる。
私は三十メートルの巨体を丸ごと【巨大な捕食器官】へと変え、前方へ突き出した双剣(大鋏)で肉の壁を切り裂き、腹部の『放射状の口器』を限界まで開いてフル回転させた。
食道、胃、腸。分厚い筋肉の壁も、強固な肋骨も関係ない。
巨大な歯車のような歯が、立ち塞がる内臓を次々とミンチにしては貪り喰い(グラインドし)、猛スピードで己の胃の腑へと呑み込んでいく。
血の海を、熱源の中心である『腰のサブ脳』へと向けて真っ直ぐに喰い進む!
だが、骨盤に到達する直前。
ついに暴虐竜の腰から、臨界点を突破した『超高熱のプラズマ』が解放され、体内道管を逆流して私へと直撃した。
ドォォォォォォォォォォォッ!!!
視界を真っ白に染め上げる、圧倒的な熱の壁。
私の外殻が、外側からジュワァァァァッ! と激しい音を立てて気化し始める。
――計算通りよッ!!
大気圏に突入する宇宙船の耐熱カプセルのように、外殻が気化・昇華する際の『潜熱』で熱エネルギーを奪い去り、中心のコアを守る【アブレーション冷却(融除防壁)】!
この三十メートルの身体は、私のコアを守り、戦うために急造したいわゆる『巨大な生体パワードスーツ』だ。
私は、脳内から特定の化学伝達物質を爆発的に分泌させた。
トカゲや甲殻類が天敵から逃れるために一瞬で部位を切り離す、生存のための究極防衛機構。
――【全身自切】……ッ!! パージ開始ィッ!!
ブチブチブチィッ!!
私の本体と、三十メートルの外殻を繋いでいたすべての神経や血管が、一瞬にして自発的に切断される。
――第一装甲、白銀のキチン質甲殻が蒸発。
バチバチと音を立てて三十メートルの巨体が削り取られ、一瞬にして二十メートルへと縮む。切り離したとはいえ、押し寄せる熱波が本体を容赦なく揺さぶる。
『熱いっ……おねえさま、からだが、焼かれちゃいます……っ!』
耐えて、ピカちゃん!
――第二装甲、パステルブルーの筋肉層が沸騰。
莫大な気化熱を奪いながら、肉が弾け飛び、十五メートル、十メートルへと削られていく。蒸発したガスの爆発的な膨張圧力が推進力となって、私をさらに深部へと押し込んでいく!
――第三装甲、竜の背骨(内骨格)がドロドロに融解。
五メートル、三メートル、一メートル。ピカちゃんがくれた強靭な骨格が、盾となって燃え尽きていく。
ごめんね、ピカちゃん……あんたのくれた大事な身体が……っ。
『いいんですっ……!』
私の精神の奥深くで、ピカちゃんの温かい魂が、私の小さなコアをギュッと強く、愛おしげに抱きしめ返してくれた。
痛覚も、喪失感も、二人で半分こ。外側の体が削り取られ、小さくなればなるほど、私たちの魂の純度は研ぎ澄まされていく。
『外側のからだが無くなっても、ぼくの心は、ずっとおねえさまのコア(中心)のなかにいるから……っ。ぼくたち、もう絶対に離れないからッ!!』
――ああ、そうだ。
甲殻も、筋肉も、骨格も、全部ただの飾りだ。
二人で一つの魂になった私たちを、止められる物理法則なんてもう、存在しない!
ズッッッバァァァァァァァンッッ!!!
分厚い内臓の壁を強引に喰い破り、ついに私は腰の最奥――青白い閃光を放つ『第二神経節(サブ脳)』のゼロ距離空間へと到達した。
私の身体を守り抜いてくれた三十メートルの巨大な甲殻が、ここで最後のひと欠片まで完全に蒸発し、燃え尽きる。
だが、その爆炎の中心から。
すべての殻を脱ぎ捨てて『純度百パーセント』になった、【三十センチの私のコア(アノマロカリス)】が、無傷のまま弾丸のように飛び出した。
プラズマを撃ち尽くし、完全に無防備となった巨大な神経の塊。そのゼロ距離を、三十センチの私は猛スピードで宙を舞う。
そして私の顔の下には――濾過摂食用の網目状のヒゲではなく、カンブリア紀の絶対的覇者たる『アノマロカリス』本来の最強の武器、獲物を捕らえるための鋭いトゲを備えた【一対の前部付属肢】が完全な姿で復活していた。
「「――チェックメイト!!」」
私とピカちゃんの声が、完全に重なり合う。
大自然の理をハックした二つの魂が、サブ脳のど真ん中へ向けて、その一対の前部付属肢を勢いよく突き立てた。
ジャキィィィィィィィィィンッ!!!!
真のロマン砲となった前部付属肢が、サブ脳の神経束を物理的に抉り開け、完全に切断・粉砕する。
だが、私たちの戦いは、ただ殺して終わりじゃない。私は挟み砕いたサブ脳のコア――莫大な魔力と生命力の残滓が詰まった中枢神経の塊を、腹の放射状の口器へと引き寄せた。
「「……いただきます!!」」
ゴリッ、チュルンッ。
放射状の歯を回転させ、バケモノの心臓部を文字通り『貪り喰う』。
それは酷く苦く、感覚器が痺れるような強烈な魔力の味がした。
すごく苦いね、ピカちゃん。
『ふふっ、そうですね。でも……おねえさまと一緒に味わうなら、最高の味です!』
二人で半分こにした、極上のデザート。その【勝利の味】を魂の奥底で噛み締める。
神によって生み出された理不尽な生命体は、今ここに、完全なる『死』と『捕食』を迎えたのだ。
『――――――――――――……ッ』
声にならない断末魔の波長が、暴虐竜の体内を駆け巡る。
暴走していたすべての心臓が完全に停止し、圧縮されていたプラズマの光が、ふっと嘘のように消え去った。
そして。
暴虐竜ディアボロドンの巨体が、内側からボロボロと灰のように崩れ落ちていく。
炭化した肉片と甲殻が焦土に降り注ぐ中、私は、空中でピカちゃんのパステルブルーの魔力に包まれながら、ふわりと着地した。
――勝った。私たちの完全勝利だ。
『ギ、チィィィィィッ!!』
崩れ去る灰の向こう側で、プルちゃんや姫アリたちが、歓喜の涙を流すように触角を打ち鳴らし、一斉に私のもとへ駆け寄ってくる。
私はボロボロになったプルちゃんの頭を、前部付属肢で優しく撫でた。
本当に、よく頑張ったわね。みんなが時間を稼いでくれたおかげよ。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
迷宮の最奥、焦土の果てにそびえ立っていた巨大な『終わりの門』。
暴虐竜の消滅という絶対条件を満たしたことで、門に刻まれていたシステムロックの紋様が次々と解錠されていく。重々しい地響きと共に、巨大な扉がゆっくりと、左右に開かれ始めた。
門の隙間から、眩いほどの『外の世界』の光が差し込んでくる。そして、外の世界から乾いた新しい風が、私たちの体を撫でた。
開いた。ついに、地上への扉が……。
私はプルちゃんたちと共に、その眩い光へと歩み出そうとした。私たちなら、どこへだって行ける。そう信じて。
――だが。
この時の私たちは、まだ気付いていなかったのだ。
大自然の『物理的自然選択』というルールが、いかに冷酷で、残酷な壁であるかということに。




