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第63話 【逆襲】泣くのはもう終わり! 魂の融合で『カンブリアン・リヴァイアサン』へと究極覚醒!

 プラズマに焼かれ、ガラス化して赤黒く燻る焦土の上で、私の意識は猛烈な速度で現実へと浮上した。

 ハッと、重い瞼――複眼のピントを合わせる。

 視界に飛び込んできたのは、ひび割れた大地の向こうで、再び次の絶望の熱線をチャージし始めている暴虐竜ディアボロドンの巨体だった。


 だが、私の心にもう、先ほどまでの凍りつくような絶望も、冷たさもない。

 精神の深淵で、私の手のひらにふわりと乗った『小さなピカイア』の、あの陽だまりのような温かさが、今も魂の奥底で確かに脈打っているからだ。


 もう、泣かないわ、ピカちゃん。

 私がいっぱい美味しいものを食べて……あなたに、お外の景色を見せてあげるからね。


 私は、顔の下から伸びる網目状の大付属肢で、ピカちゃんの崩れゆく身体をそっと、けれどもう二度と離さないという強い決意で口元へと引き寄せた。

 この世界における『捕食』とは、ただの食事ではない。他者の遺伝子と命の輝きを、己の肉体へと継承させる神聖な儀式。


 ピカちゃん、いただきます。


 腹側にある放射状の口器(オラルコーン)をゆっくりと開き、その炭化した亡骸に、まるで深く、甘い口づけを交わすように口を当てる。欠片一つ、灰の一粒すら逃さない。彼女の愛と命のすべてを、大切に、大切に呑み込んでいく。

 口の中に広がったのは、焦げた炭の味なんかじゃなかった。それは、あの日二人で半分こした甘い糖蜜のような、そして春の陽だまりのような、圧倒的で濃密な愛の味だった。


 これは、冷酷な弱肉強食などではない。

 二人で一つの理(ことわり)に至るための、『愛の捕食(マージ)』だ。


 胃の腑へと落ちた彼女のすべてが、私の分泌する酵素と混ざり合い、甘く、熱く溶かされていく。

 消化ではない。私の細胞の一つ一つが、彼女の細胞を「おかえり」と迎え入れ、互いの遺伝子が歓喜に打ち震えながら情熱的に抱きしめ合い、完全に溶け合う『細胞内共生(エンドシンビオシス)』。


 その瞬間、私の魂の奥底で、世界そのものが祝福するような、清らかで絶対的な鼓動が響き渡った。


『――理(ことわり)の統合を確認。迷宮の第二契約者(ピカ)の魂と、特定外来生物(イレギュラー)の肉体が、完全なる細胞内共生(マージ)を果たせり』


『――生体認証ゲートの絶対条件【契約資格およびIFF】を、同化により強制クリア』


 障壁が拒絶していた『二つの命の証明』。

 それを、私たちは『二人で一つになる』という生命の奇跡によって、完全に満たしたのだ。


 ズクンッ……! ドクン、ドクンッ!!!


 その瞬間――私の白銀の甲殻の奥深くに、かつてない爆発的な熱狂と、圧倒的な【全能感】が満ち溢れた。

 冷たい絶望の焦土の上にいたはずなのに、今の私の身体は、まるで太陽を丸ごと飲み込んだように温かい。私の中にいるピカちゃんの魂が、脈打つ竜の細胞が、私の全身の隅々にまで強烈な生命力と愛情を送り出しているのだ。


 あぁ……なんて温かいの。なんて、力が湧いてくるの!

 ピカちゃんと完全に一つになった今、負ける気が一ミリも、一ミクロンすらもしない。


 キィィィィィン……ッ!


 私の体から放たれる新しい魔力の波長が、空間に広がっていく。

 先ほどの生体マスドライバーで粉砕したものの、再び自己修復(オートリペア)を始めようとしていた青白い『絶対物理障壁』の文様が、私の波長を【正規のマスターキー】として認識し、システムレベルで完全に沈黙・無効化されていくのがわかった。

 神が作った理不尽な箱庭(システム)のルールは、完全に私たちが掌握したわ。


 ――絶対に、負けないッ! 私たちの絆(すべて)を、世界に見せつけてやる!


 だが、ここは敵前。無防備な脱皮などしていれば、その隙に踏み潰されるのが自然界の掟だ。

 しかし、全能感に満ちた私の複眼は、冷徹に眼前の敵の【隙】を計算し尽くしていた。

 暴虐竜の四つの目は激しく明滅し、口の端からドロドロと高熱のよだれを垂らし、ゼェゼェと苦しげな排熱の息を吐いている。


 当然だ。ピカちゃんの竜鱗を破るために放ったあの『超高熱プラズマブレス』は、いくら多重器官のバケモノであっても、そう連発できるものではない。暴走した器官を冷却し、次のプラズマをチャージし終えるまでの【数十秒のクールダウン】。

 それが、私の巨大化(リビルド)を完了させるための、絶対の猶予(タイムリミット)!


 周囲には、先ほどのプラズマブレスによって泥の海が一気に蒸発したことで生じた、分厚く視界を遮る『高熱の水蒸気(スチーム)』がもうもうと立ち込めている。


 陸上での巨大化に不可欠な『水分』がない?

 笑わせないで。敵が全部、周りに用意してくれてるじゃない!


 私は、周囲に充満する高熱の水蒸気を、背側のフラップに並ぶ『羽毛状の鰓(えら)』から猛烈な勢いで吸い込み、体内の吸熱反応で一気に冷却・凝縮。気体を液体の水に戻して細胞へと流し込み、巨大化するための膨圧(ターゴール圧)を強引に確保していく。


 しかし、水蒸気の壁の向こうでは、暴虐竜の冷却が終わりかけ、再び喉の奥で青白いプラズマの光が漏れ始めていた。


「キリリリッ……!!」


 その時。濃密な水蒸気の壁の前に、ボロボロになった漆黒の装甲を引きずって、プルちゃんが躍り出た。

 先ほどの衝撃で片方のハサミは砕け、自慢の二本の毒尾も折れ曲がっている。それでもプルちゃんは、残されたハサミを振りかざし、暴虐竜の顔面に向けて『強酸の消化液』を限界まで噴射した!

 ジュゥゥゥッ! と酸が暴虐竜の顎の端を焼き、チャージの光がわずかにブレる。


『――チィィィィィッ!!』


 さらに焦土の奥から、姫アリが放つ悲痛で強烈なフェロモンが響き渡る。

 それに呼応し、オオミズアオが破れた翅を羽ばたかせて【発火性の鱗粉】をプラズマの光へ向けて突撃散布し、異常燃焼を起こしてエネルギーの収束を乱す。


 私の【正規認証(マスターキー)】によって、この周囲の絶対物理障壁は完全に無効化されている! 今なら、みんなの攻撃が直接届く!


 生き残った巨大なハナカマキリや無数の蟲たちが、自らの命を投げ出すように、暴虐竜の顔面、さらにはプラズマの光が漏れる『顎の奥(口内)』へ向けて、次々と決死の特攻(ダイブ)を仕掛けた!

 高熱で瞬時に炭化しながらも、彼らは暴虐竜の喉の奥にへばりつき、自らの身を焦がしてチャージ機構のど真ん中で物理的な異常燃焼(バックファイア)を引き起こす。


 ボバババババッ!!!


 蟲たちの決死の特攻と発火粉塵が混ざり合い、まるでジェットエンジンに異物が吸い込まれたかのように、顎の奥で収束中だったプラズマが小規模な『暴発』を起こした!


『グ、ギャォォォォォッ!?』


 内側からの想定外の爆発に、さしもの暴虐竜もたまらず苦悶の声を上げ、三十メートルの巨体が『ぐらり』と大きく揺らぐ。


(少しでいい……おねえさまが羽化するまで、この命を盾にしてでも、一秒を稼ぐ!)


 蟲たちとプルちゃんによる、泥臭くも命がけのチャージ妨害工作。

 だが、暴虐竜は苛立たしげに四つの目を細めると、喉の奥の残骸ごとプラズマを強引に圧縮し直し、その『肉の壁』ごと私を蒸発させようと、再び大きく顎を開いた。


 ――させない。

 私の大切な家族を、もうこれ以上傷つけさせない……ッ!!


 陸上において、私たち無脊椎動物が巨大化するには、残酷な物理法則の壁が存在する。

 ――【二乗三乗の法則】。

 体が大きくなればなるほど、体重は体積(三乗)に比例して重くなるのに対し、それを支える殻の強度は断面積(二乗)でしか増えない。つまり、外骨格だけで自重を支えようとすれば、三十メートルの質量なんて、いずれ自分の重さで殻ごとペシャンコに潰れてしまうのだ。だからこそ、節足動物は陸上で怪獣サイズにはなれない。それが、大自然の絶対ルール。


 ――しかし、今の私は違う。


 あぁ……ピカちゃん、すごいわ……! あんたのくれたこの『芯』、最高に強靭で、頼もしいっ……!


 私の身体のど真ん中。

 ピカちゃんから受け継いだ『脊索(背骨の起源)』と『竜の強靭な細胞』が、私の設計図と完全に融合し、強固な【内骨格(背骨)】を瞬く間に組み上げていく!


 外側からあらゆる攻撃を弾き返す、完璧な防御の『キチン質・外骨格(わたし)』。

 内側から莫大な自重を支え、圧倒的な筋力を生み出す『竜の背骨・内骨格(ピカちゃん)』。


 進化の歴史を根底から覆す、最強のハイブリッド構造。

 大自然が課した質量の枷が、今、完全に打ち砕かれた!


 行くわよ、ピカちゃん……私たちの、進化の頂点へッ!!!


 バキィィィンッッッ!!!!


 暴虐竜が強引にプラズマを放とうとしたその瞬間。

 まばゆいパステルブルーと白銀の混ざり合った『生命の光』が、水蒸気の壁を吹き飛ばし、絶望の焦土を天高く貫いた。


 光の柱の中で、私の身体は限界を知らずに、爆発的な超巨大脱皮を繰り返す。

 十メートル。二十メートル。

 ――そして、ついに。


 光が晴れ、ガラス化した大地が大きく割れた。


 ドドォォォォンッ……!!!


 決死の特攻を仕掛けていたプルちゃんと蟲たちの頭上を越え、赤黒い焦土を踏み砕いて立ち上がったのは。

 全長【三十メートル】。暴虐竜ディアボロドンと完全に肩を並べる、そびえ立つ甲殻の山のような超弩級巨獣。


 これまでの宙を泳ぐ姿勢から一変し、大樹の幹のような強靭な多脚で大地をしっかりと掴み、上半身を高く持ち上げた威風堂々たる立ち姿。

 白銀に輝くキチン質の甲殻が、鎧の草摺(くさずり)のように幾重にも重なり合い、その巨大な隙間からは、ピカちゃんから受け継いだパステルブルーのしなやかな『筋肉組織』が、脈打つように見え隠れしている。


 顔の上半分を覆う水晶のように透き通った巨大な複眼。

 額には、ピカちゃんの竜の角が融合した、王冠のように鋭く天を突く大角。

 そして、顔の下で細かな網目を形成していた大付属肢は、獲物を真っ二つに挟み断つ【巨大な双剣(大鋏)】へと凶悪な変貌を遂げて前方に突き出している。


 側面に並んでいたフラップの前方部は、敵をねじ伏せるための二本の太い剛腕へ。

 背面の甲殻が連なる尾の先端には、三日月型の鋭い刃が輝き、大蛇のようにしなやかに宙を舞っている。


 これぞ、古生代の頂点捕食者が、竜の背骨を取り込んで顕現した、究極にして絶対の姿。


 ――【最終進化:カンブリアン・リヴァイアサン形態】!!!


『――――ッ!?』


 プラズマブレスを放とうとしていた暴虐竜の四つの目が、突如として眼前に立ち塞がった『自分と同じサイズのバケモノ』を見て、驚愕に見開かれた。


 フシュゥゥゥゥ……。


 私は、プルちゃんたちを背後で守るように立ち塞がり、三十メートルの高さから冷徹な複眼で暴虐竜を真っ直ぐに見下ろした。


 さあ。私と、愛する相棒。

 二人の魂を重ねた、最高に熱い『反撃の産声』を上げてやるわ!


「キィィィィィィィィ――」

『きゅいぃぃぃぃぃぃ――』


 私の甲殻を震わせる金属的な咆哮と。

 私の中に生きる、ピカちゃんの透き通るような高い叫びが。

 完全にひとつの波長となって重なり合い、世界を震わせる神々しいダブルコーラスの絶叫となって、空間の淀みを吹き飛ばした。


『――シャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』


 天地を揺るがす、二つの魂の咆哮。

 白銀の巨獣(リヴァイアサン)は、双剣の刃を煌めかせ、暴虐竜ディアボロドンへと真っ向から突撃を開始した!

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