第59話 絶対障壁vs運動エネルギーの暴力。結果、バリアが木端微塵になりました☆
絶対物理障壁の一点で、全エネルギーを叩き込むための座標として猛毒の尾針を突き立てるプルちゃん。
しかし、暴虐竜が身じろぎするたびに、彼女の漆黒の装甲をミシミシと軋ませ、吹き飛ばそうとする。
『――プルを、我らの極点を孤立させるなッ!』
限界寸前の姫アリのフェロモンに応え、生き残った巨大なハナカマキリや肉食バッタたちが動いた。彼らは自らプルちゃんの盾となり、あるいはその巨体を支える礎となって、決死の援護陣形を組む。
蟲たちの命がけの支えが、吹き飛ばされそうになるプルちゃんの座標を、寸分違わぬ的として完全に固定しきった!
「おねえさま、絶対に離れないですぅ!」
私の背中では、ピカちゃんが、そのパステルブルーのしなやかな蛇尾と人間の両腕で、私の白銀の甲殻にぎゅぅぅっと力強く抱きついてきた。
温かい。私の巨体とピカちゃんの命が、完全に一つに結びつく。お互いの鼓動が重なり合う、完璧な陣形。
巨大ヤスデとムカデたちが幾重にも編み上げた生体カタパルトの、極限の弾性エネルギーが今、解放された。
「いっけえぇぇぇぇぇぇ――っ!!!」
バギュゥゥゥンッッ!!!
前方を飛び交う巨大トンボたちが凄まじい羽ばたきで大気を切り裂き、私とピカちゃんの突撃路に【スリップストリーム(空気抵抗ゼロの回廊)】を作り上げる。
巨大なカタパルトの上を、私とピカちゃんは猛烈な勢いで滑走していく。そして、数十メートルの生体砲身を抜け、ついにカタパルトの先端から大空へと射出された!
まだまだぁッ!!
私は体内に残された魔力を燃焼させ、背側に並ぶ『羽毛状の鰓』から高圧の蒸気をジェットエンジンのように大噴射!
射出の勢いに自前の推進力を上乗せし、私たちの質量は一瞬にして音速の壁を軽々と突き破った。
視界のすべてが白濁する極限の加速世界。
目標である神の生体認証ゲート――見えない壁が、目の前に迫る。
その激突の、ほんのコンマ一秒の刹那。
ピカちゃん、今よッ! プルちゃん、離れてェェェッ!!
「はいっ!」
「キリリッ!!」
阿吽の呼吸。壁に毒針を突き立てていたプルちゃんが、強靭な脚力で間一髪、射線上から真横へと決死の跳躍を遂げる!
ドガンッ!!
背中にしがみついていたピカちゃんが、私の頭の先端(フロント甲殻)を、大蛇の強靭な尾で思い切り蹴り上げた!
多段式ロケットの切り離し(パージ)!
私の巨体と運動エネルギーを踏み台にすることで、ピカちゃんの身体がさらなる超音速へと一段階上の加速を果たす。
ピカちゃんは、『竜騎槍』を前方へ真っ直ぐに突き出した。
そして、ついに竜騎槍の切っ先が、プルちゃんがマーキングしていた障壁へと激突する。
「どらごん・ぺねとれーと、ですぅぅぅッ!!」
ギガガガガガッ!!
二つの異なる生体鍵を要求する生体認証ゲートが悲鳴を上げ、ピカちゃんの槍を弾き返そうと猛烈な反発力を生む。
させないわよ……押し通れェェェッ!
私は背後から、蹴り出したピカちゃんの身体に自分の白銀の巨体を再び激突させるように密着させ、残る私の全質量と蒸気の推進力を乗せて、彼女の背中を全力で押し出した!
しかし、神の壁の反発力は異常だ。私の推進力すら相殺されかけ、槍の侵攻速度がコンマ数秒、鈍りかける。
ちょっと足りない……ッ!?
そう思った、直後だった。
ドンッ! ドゴォォォンッ!!!
私の背中に、凄まじい質量の追突が加わった!
え……!?
振り返る余裕などない。だが、フェロモンの波動で分かった。
巨大トンボ(メガネウラ)の大群が!
発射台を担っていた巨大ヤスデやカマキリたちが!
彼らが自らの体を砲弾として空へ跳躍させ、私の背中へ次々と弾丸のように激突し、そのすべての脚と翅を使って、命がけで私を前へ、前へと押し出しているのだ!
一匹の力は微力でも、森の覇者たちすべての運動量が連鎖し、私の背中からピカちゃんの槍の先端へと、純粋な物理エネルギーとして一気に収束していく。
みんな……ッ!
私とピカちゃん、そして生態系の全戦力。すべての命の重さを乗せた、究極の物理の腕力。
鍵がないなら、鍵穴ごとぶち壊すまでよ……ッ!!
***
眩い光に包まれた多数のモニターの前で。
ヨレヨレの白衣を着た創造神は、スナック菓子を口に含んだまま固まっていた。
「……は?」
『――告ぐ。創造神がこぼせしポテトチップスの清掃作業を要求せり。……また、最上層の絶対物理障壁への、異常な運動エネルギーの接近を確認せり』
モニターの向こう。
絶対物理障壁のシステムコードが、警告音を鳴らしながら真っ赤に染まっている。
『――警告。障壁の物理的許容限界を超過する可能性九十九パーセント。障壁へ到達まで、5……4……』
「いやいや、だからですねぇ、山”口ちゃん!」
『――3』
「あれは『二段階の生体認証を通した選ばれし契約者』しか通さない設計になっているんですよ〜」
『――2』
「いくら勢いをつけたところで、正規のルートで、こう、優雅にパスワードを入力しない限り――」
『――1』
――ドゴォォォォォォンッ!!!!
神先輩の言葉を遮り、画面の向こうで、蟲たちの全質量を乗せた生体マスドライバーが、一切の減速なしで生体認証ゲートに正面衝突した。
ギギギギギ……ッ!
システムが激しい拒絶反応を叩き出す。
だが、音速で飛来する超弩級アエギロカシスと竜騎槍、そして生態系全軍の質量がもたらす運動エネルギーは、そんな抽象的なセキュリティの物理的許容限界を完全にオーバーフローさせていた。
バリバリバリッ! と、空間のコードそのものがひしゃげ、歪み、悲鳴を上げる。
「……って、嘘でしょ!? はぁぁっ!?」
神先輩は食べていたスナックの袋を盛大にぶちまけ、ゲーミングチェアから派手に後ろへと転げ落ちた。
ひっくり返った先輩を冷ややかに見下ろし、山”口ちゃんが事務的なトーンで辛辣に告げる。
『――告ぐ。生体ロックが、ただの純粋な【運動エネルギー(質量×速度の二乗)】により物理的に粉砕された事実を確認せり。創造神がドヤ顔で用意せし絶対の壁、呆気なく崩壊なり』
「――ったく、相変わらずどんな脳筋理系なんですか、種田くんは!! 鍵がないからって、ドアごとぶち壊すバカがどこにいますかぁ!!」
***
――パリィィンッ!!!!
ガラス細工が粉々に砕け散るような、美しい破壊音が特異空間の空気を震わせた。
生体認証ゲートの青白い文様が、内側から発生した圧倒的な運動エネルギーによって文字通り木端微塵に吹き飛ぶ。
抜けた……っ!!
絶対の壁が消失したその瞬間。私たちの突撃は、そのままの勢いで暴虐竜ディアボロドンの胸部へと叩き込まれた。
私と蟲たちの全質量に背中を押されたピカちゃんの、渾身の力で突き出された巨大な骨の槍が、暴虐竜の分厚い装甲の隙間をこじ開け、その深部へと真っ直ぐに突き刺さる。
ズプッ……と肉が裂けた直後。
超音速の槍が体内で引き起こした衝撃波が爆発し、暴虐竜の内臓を、内側からまとめて完全粉砕した。
『――――ッ!?』
暴虐竜の四つの目が大きく見開かれる。
そして、狂ったリズムで脈打っていた臓器を強制停止させながら、重い地鳴りを上げて地面の上へと盛大に崩れ落ちた。
ドサリ、と。
三十メートルの巨獣が大地に沈み込み、砂煙と血の雨が辺りに静けさをもたらす。
はぁ、はぁ、はぁ……っ……!
私はアエギロカシスの巨体を地面すれすれまで高度を下げて荒い息を吐いた。
「おねえさまッ!!!」
土の上に降り立っていたピカちゃんが、血まみれの竜騎槍を放り出し、パステルブルーの蛇尾をバネにして私のもとへ飛びついてきた。
「やった……! やりましたね、おねえさま……っ!」
ピカちゃんは、私の白銀のフロント甲殻にぎゅぅぅっと力強く抱きつき、大粒の涙をこぼしながら顔をすりすりと押し付けてくる。
私も、大きな網目状の大付属肢で、愛おしい相棒の身体を優しく、力強く抱きしめ返した。
ええ。やったわ……! 貫いたのよ、私たちで!
「シャリリリリッ♪」
『チィィィーッ!』
泥の中から這い上がってきたプルちゃんが、私の背中に飛び乗って誇らしげに二つの毒尾を揺らし、ハサミを打ち鳴らす。
そして、発射台と最後の後押しを命がけで担ってくれた森の覇者(蟲)たちも、私たちの周りへ次々と集まってきた。
大ヤスデが巨体を震わせて喜びの地響きを鳴らし、巨大トンボたちが祝福の舞いのように上空を旋回する。姫アリが放つ、甘く温かい『勝利のフェロモン』が、空間全体を優しく包み込んだ。
特異空間を覆っていた淀んだ空気が嘘のように晴れ渡り、そこには蟲たちの羽音と鳴き声がオーケストラのように響き渡っている。
ついに倒した。あんなに理不尽で絶望的だった、終わりの門の絶対的守護者を。
これで、いよいよ私たちが新しい頂点よ――!




