第57話 【総力戦開幕】ありとあらゆる手を使いました。結果、バケモノは無傷でした。
あんな寄せ集めが『ちゃん』付け!?
ふざけんじゃないわよ……ッ!
理不尽な怒りで、脳髄にこびりつく恐怖をむりやり焼き切った。おかげで、甲殻の震えがピタリと止まる。
逃げ道なんてない。背を向ければ、発生する気流ごと踏み潰される。
なら――。
ごめんね……蟲たち。あなたたちの命……最後の一滴まで私に預けてちょうだい! 必ずこの場に縫い留めるから!
――全細胞、限界を突破ッ!!
体内に蓄積した魔力とフェロモンを混合し、ガスへと変換。背側のフラップに並ぶ巨大な羽毛状の鰓から一気に噴き出させた!
痛覚と恐怖を麻痺させる劇薬――【過給フェロモン】!
プシュゥゥゥッ!!
吹き荒れる紅蓮の霧が、淀んだ空間を瞬時に血の色へと塗り潰した!
***
(濃密……! 甘い……! 甘い……! 甘い……!)
おねえさまの熱いフェロモンを触角で受容した瞬間、『個の恐怖』が、ドロドロに沸騰して『群れの熱』へと溶け込んだ。
頭の中で何かが弾ける。私(姫アリ)の神経が、一万の群れを統べる『女王』としての感覚網へと急速に拡大していく!
『――第一波。圧倒的な質量で押し潰せッ!!』
私が化学信号を放った瞬間、大ヤスデ(アースロプレウラ)と肉食バッタ(プロトファスミダ)の兵隊たちが、恐怖を忘れた肉の盾となって巨竜の足元へ雪崩れ込む!
(届く……我らの牙が、喰らいつくッ!)
そう確信した、直前だった。
ズンッ、と。
暴虐竜が、煩わしそうに足を数センチ、わずかに【身じろいだ】。
ドバババババババンッ!!!!!
(理解、不能……!?)
ただ姿勢をずらしただけ!?
たったそれだけの動作から生まれた衝撃波が最前線を薙ぎ払う!
竜の皮膚に触れることすら叶わず、先頭の兵隊たちが圧力で内側から破裂し、血肉の華を咲かせて四散した!
『ぎ、ぃ……っ、ぁアアアアアアッ!?』
群れの感覚網。
最前線の数千匹が一瞬で肉塊に変わる『死の化学伝達』が、女王である私の脳髄を直接殴りつける。
(痛い痛い痛いッ!! 我らの身体が、ペシャンコに……!)
複眼が明滅し、口器から緑色の体液が溢れ出る。
(それでも……私は女王……! おねえさまの絶対の手足……ッ! 兵隊たちとの結合を、断ち切るわけにはいかぬッ!!)
***
嘘でしょ!? 数センチ動いただけで、前衛が消し飛んだ!?
姫ッ!? ダメ、感覚共有で仲間の死の激痛をモロに被ってる!
体液を吐きながら群れを統制し続ける姫アリ。これ以上無駄死にさせれば、彼女の脳が焼き切れる。
三十メートルの質量が生む異常な衝撃波。あんなものに直接触れにいけば全身が粉微塵になる!
物理的な接触は自殺行為! 流体と化学で気孔から侵食し、内部破壊する!
固有振動数の共振と、死角からの地中掘削も同時展開よ!
私は網目状の大付属肢を震わせ、フェロモンの波動で姫アリへ【非接触アプローチ】を急遽指示した!
***
(おねえさまからの演算結果、受信ッ!)
頭が痛い。複眼が潰れそう。でも、群れを動かさねば!
『――全戦術、同時展開ッ!!』
大ムカデたち、泥を溶かす高熱の毒煙を吐け!
大コオロギたち、翅を擦り合わせろ! 鼓膜を破る超高周波を叩きつけろ!
オオミミズたち、地中へ潜れ! 足元の真下から突き上げろ!
(これがおねえさまの知略! ありとあらゆる波状攻撃!)
***
これならどれか一つくらいは……ッ!
だが、祈るような視界に映ったのは、完全な『手詰まり』だった。
嘘……毒煙が全く効いてない!? 超高周波を浴びても巨体は一切揺るがない。
足元は!? ダメだ、オオミミズたちが、泥の直下で何かに頭をぶつけて次々と圧死していく!
竜の自重で周囲の地盤が極限まで圧縮されてるっていうの!?
ありとあらゆる手を使った……なのに、打つ手が、ない……ッ!
***
(おねえさまの心が、絶望に染まっていく……そんなの、絶対に許さないのですぅッ!!)
すべての力を『一点』に集中する!
(って、プルちゃん!?)
隣にいた暗殺サソリのプルちゃんが、極限の環境下で古い殻を突き破り、全長三メートルの岩のような重装甲へと大型化している!
(いくよ、プルちゃん! ぼくたちがブチ抜いてみせますぅッ!!)
ぼくは蛇腹を限界まで圧縮し、泥を爆発的に蹴り上げる!
標的は暴虐竜の胸部。寸分違わぬ同一座標に叩き込む!
「どらごん・すまっしゅ、ですぅぅぅッ!!」
「シャアァァァッ……!」
ぼくの『竜鱗の拳』と、爆鳴を上げるプルちゃんの『二本の毒針』が、狂った速度で急所へ直撃する!
――ガキィィィィィィィィィィンッ!!!!
(あ、ぐ……ッ!? 硬い!?)
絶対に砕けないはずの竜鱗の奥、ぼくの腕の骨が悲鳴を上げる! 打撃の威力が全く吸収されず、そのまま跳ね返ってくる!
口から血が溢れる。それでも空中で姿勢を立て直し、二撃目、三撃目と拳を叩き込み続けた!
***
ピカちゃん……プルちゃん……!
二人がかりの最大火力。いくらなんでも少しは揺らぐはず!
そう祈った直後だった。
『――――』
バケモノが、羽虫を鬱陶しがるように短く喉を震わせる。
巨大なハンマーのような尻尾が、無造作に一振りされた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
あ……。
三十メートルの規格外の質量による薙ぎ払い。
ピカちゃんと、三メートルに巨大化していたプルちゃんが、空高く弾き飛ばされ、巨木をへし折りながら泥土へ叩きつけられた。
嘘でしょう……!? あれだけ集中させて、無傷だっていうの……!?
震えるヒレで高度を上げ、ピカちゃんたちが弾き飛ばされた中空に目を凝らす。
……え?
ピカちゃんの血と、プルちゃんの猛毒。
それが、暴虐竜の数メートル手前の【何もない空中】に、べっとりと付着して垂れ下がっていた。
液体の付着で『可視化』された空中の薄皮。
そこには、青白い幾何学的な『不気味な文様』が、空間を拘束する鎖のように張り付いている。
オーラや風圧じゃない……ましてや、装甲でもない……ッ!
空間の分子結合が……『物理的に固まって』いる……っ!?
そんなの、ただのファンタジーの魔法陣じゃない。物理法則を根底から捻じ曲げた、チートバリアだわ!
蟲たちの死骸の山。
一切の攻撃を寄せ付けない絶対の壁。
その向こう側で、バケモノの無機質な四つの目が、絶望に凍りつく私たちを冷たく見下ろしていた。




