第53話 ぼく、大人になっちゃいました…。合法ボディチェックってなんですか?
狂乱の熱狂から、一晩が明けた。
深い森に差し込む朝の光の中、私は自分の白銀の大付属肢の間に、柔らかく温かい質量を感じて意識を浮上させた。
「んっ……ふぁぁ……。おねえさま、おはようございますぅ」
私の腕の中で身じろぎし、ふんわりとした、いつものあどけない声で挨拶をしてきたのは、世界で一番可愛い私の妹だ。
そう……。声だけは、いつもの可愛いピカちゃんのままなのだ。
だが、私の目の前で無防備に寝ぼけ眼をこすっているのは、昨日までの「ちょっとキケンな香りのするクール系美少女」ではない。
手足はスラリと長く伸び、腰のくびれからパステルブルーの大蛇の下半身へと続くラインは、完璧な黄金比を描いている。艶やかな銀糸の髪の間からは、立派な竜の角。
なぜだ。どこからどう見ても、圧倒的な色気と神秘性を放つ【かなり危険な香りのするクール系美少女】が、私に擦り寄ってきているのである。
中身は可愛いピカちゃんなのに、外見の破壊力が天元突破している……ッ!
いやいや待って、細胞分裂と骨格形成の速度が光速超えてるんですけど!? 昨日の今日で合法(十八歳)ボディに仕上がるとか、迷宮の生化学的メカニズムはどうなってんの!?
ええい、落ち着け私。私は群れの安全を守る司令塔。これは純粋な、極めて学術的な生体構造の把握よ! 決してやましい気持ちじゃないわ。ええ、断じて。
「ふふっ。おねえさまの手、冷たくて気持ちいいのですよぉ」
私は「あくまで健康診断」という大義名分(合法)を掲げ、ピカちゃんの身体のあちこちに大付属肢を這わせた。
まずは、左腕。
数トンの破壊力を持つ打撃を真正面から受け止めたその腕には、恐竜の皮骨が再結晶化した『竜鱗』がびっしりと覆っている。
すごい……。炭酸カルシウムとリン酸カルシウムが極限まで高密度化されて、サファイアみたいな硬度になってる。痛くない?
「はいっ。むしろ、なんだかすごく力が湧いてくるのです」
じゃあ、次は全身の筋肉量と骨格の歪みを確認するわね。……うわぁ、しなやかなのに凄まじい筋繊維の密度。これが、重い武器を振り回すための大人の体……っ!
肩から二の腕、背中、そして女性らしい丸みを帯びた胸元から、大蛇の鱗へと繋がる腰回りまで。
私は知的好奇心とフェティシズムをフル回転させ、ピカちゃんの完璧な肉体を隅々までサンプリング(堪能)していく。
くすぐったいのか、ピカちゃんは時折「ひゃんっ」「んふふっ」と小さく身をよじらせる。その反応がいちいちエロ……いや、尊すぎて、私のキチン質は朝からメルトダウン寸前だった。
ひとしきりボディチェックを終え、私が満足して大きく大付属肢を震わせると、ピカちゃんは少しだけ寂しそうに自分の長い手足を見つめた。
「あの、おねえさま……」
ん? どうしたの?
「ぼく……なんだか、すごく大きくなっちゃいました。これじゃあもう、前みたいに、おねえさまにすっぽり抱っこして隠れられなくなっちゃったですね……」
しゅん、と耳を下げるように俯くピカちゃん。
その言葉に、私の胸の奥がキュンと締め付けられた。この子は、自分の身体が強くなったことよりも、私に抱っこされにくくなったことを悲しんでいるのだ。
私は、自分の大きな側泳鰭と大付属肢で、十八歳の美しい大人の姿になったピカちゃんを、もう一度力強く抱きしめた。
馬鹿ね。あなたがどれだけ大きくなろうと、どれだけ強くなろうと……あなたは、私が守る世界で一番可愛い妹よ♡
ピカちゃんはスリット状の竜の瞳をパチクリとさせた後、花が咲くように嬉しそうに微笑み、私の硬い甲殻に頬をすりすりと押しつけてきた。
「えへへっ。ぼくも、おねえさまがだーいすきなのですぅ!」
――あぁ、尊い。この子の笑顔を守るためなら、私はなんだってできる。
まずは、私も大きく育たないとね! なんたって、まだまだ育ちざかりだし!
ノープリウス幼生として生まれてからまだ三〜四ヶ月よ? ぴちぴちの〇歳ちゃんよ? わたし☆
***
たっぷりとエモいイチャイチャで精神力を回復させた私たちは、いよいよ次なる戦いに向けての『武器作り』へと取り掛かった。
ピカちゃんは、昨日討ち取ったアンキロサウルスの死骸の山へ向かうと、竜鱗に覆われた左腕で、最も太く硬い『大腿骨』を軽々と引き抜いた。
大の大人でも何人もがかりでなければ持ち上がらないであろう規格外の質量。しかし、今のピカちゃんなら、これを自在に振り回すことができる。
ピカちゃんを私の背に乗せて、超高速ホバーの運動エネルギー(E=1/2mv^2)をロスなく刺突に乗せるには、空気抵抗を極限まで減らす流線型の穂先と、衝撃(応力)を逃がすための最適なテーパー角が必要不可欠だ。
私は、流体力学と材料工学の知識を総動員し、パスを通じて『最適な槍の設計図』をピカちゃんの脳内へと直接共有した。
ピカちゃんは目を閉じ、脳内に浮かぶ青写真を瞬時に理解してコクリと頷いた。
「はいっ。この形ですね。……でもおねえさま、この分厚い骨、どうやってこんなに綺麗に削り出せばいいですか? ぼくの力で叩き割ったら、形が崩れちゃいますぅ」
ピカちゃんが首を傾げた、その時だった。
「――キチッ」
短い摩擦音と共に、私たちの前に進み出たのは、漆黒の暗殺サソリ――プルちゃんだった。
プルちゃんは、昨日から恐竜の骨や周囲の鉱物をバリバリと食べ続けていた。それは空腹からではなく、自身の武器である『鋏』のキチン質に重金属やミネラルを沈着させ、ダイヤモンド並みの硬度へと鍛え上げるためだったのだ。
プルちゃんはピカちゃんが抱える巨大な大腿骨の前に立つと、硬質化した両方のハサミを、極小のストロークで高速に擦り合わせ始めた。
ジィィィィィィィィィィッ……!!
空気が微細に震え、耳の奥がキーンと鳴るような高音が響く。
サソリや昆虫が発する【高周波の摩擦振動】。プルちゃんは、自身のハサミを、毎秒数万回という超高速で振動する『超音波カッター』へと変貌させていたのだ。
うん。この子もおかしい! 努力でここまで肉体改造するのは生物学では説明がつかないわ!
「キチチチッ」
プルちゃんが、振動するハサミの刃を、分厚い恐竜の大腿骨にそっと押し当てる。
シュゥゥゥゥゥゥッ……!!
激しい火花が散った。
信じられないことに、あれほど蟲たちの牙や打撃を弾き返した極厚の骨が、まるで熱したナイフでバターを切るように、一切の抵抗なく「スゥーッ……」と削り出されていくではないか。
「わぁぁっ……! プルちゃん、すごーいっ!」
ピカちゃんが目を輝かせて歓声を上げる。
しかし、プルちゃんは一切の態度を変えることなく、無言で、ストイックに骨を削り続ける。私とピカちゃんが指示する通りの狂わぬ曲線を、プルちゃんの鋭敏な感覚毛と超音波の刃が、完璧なトレースで削り出していくのだ。
火花に照らされる漆黒の装甲。無駄のない動き。妥協を許さない職人の横顔。
先ほどの私たちのアホみたいなイチャイチャ空間とは打って変わって、そこには仕事人としての冷徹で美しい空気が流れていた。
プルちゃん……あなた、暗殺だけじゃなくて、工業用マシニングセンタみたいなことまで出来るの!? 有能すぎない!?
驚愕する私の目の前で、巨大な恐竜の骨は、プルちゃんの神業的な超音波切削によって、徐々に美しく凶悪な『槍の穂先』としての輪郭を現し始めていた。
そして――。
「シャリッ!」
プルちゃんが誇らしげにハサミを鳴らし、最後の一削りを終える。
完成したのは、私たちの想像すら超える美しさと殺意を併せ持った絶品だった。
重厚な恐竜の大腿骨は、空気抵抗を切り裂くような鋭利な流線型へと磨き上げられている。ピカちゃんがそれを手に取り、スッと構えた。
白銀に輝く私の巨大なホバーボディ。
その背に凛と立つ、パステルブルーの蛇尾と竜鱗の腕を持つ十八歳の少女。
そして、彼女の手に握られた、あらゆる装甲を貫く絶対的な物理火力の結晶――『竜騎槍』。
これ以上ないほど完璧な、生態系の頂点を狩るための【竜騎士と空中空母】のビジュアルが、ここに見事に完成したのだ。
さあ、準備は整ったわ。
待ってなさい、暴虐竜ディアボロドン。私たちがお前を自然淘汰てやる!




