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第50話 ひとりじゃない。みんな繋がっているから。

 ――熱い。頭が割れるように痛い。

 視界がぐらぐらと揺れ、世界中の音が耳鳴りになって脳髄を突き刺してくる。


『……⬛︎#Y。……E⬛︎#Y』


 真っ白なノイズの底から、私の名前を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。


『E1-#Y。大丈夫……? もうっ! お母さん、心配したんだからね……!』


 あぁ、そうだ。これは私がまだ人間だった頃の記憶。

 家の庭で見つけた大きなアリの巣に夢中になりすぎて、時間を忘れて観察を続け、熱を出して寝込んだ時のことだ。


 お母さんが優しく抱きしめてくれる。柔らかくて、温かくて。と同時に、心の底から安心する『匂い』がふわりと鼻をかすめる。森の濃密で深い香りがする。柔軟剤変えたのかな? ……でも、とても心地よい匂い。


『ごめんなさい……でも、どうしても気になって……』


『ほら、冷えピタ交換するからね』


 うなされる私の額に、お母さんが冷えピタを乗せてくれる。

 ……ん? 頭を撫でているのは、タオルだろうか。

 ちょっとだけ硬くて、それでいてとても優しい、細やかな毛の感触が、震えるように何度も私に触れている。


『だって……女王アリって、すごいんだよ。あんなに小さいのに、フェロモンを出して……何万匹っていう働きアリを、全部ひとりで動かしてるんだから……』


『ふふっ。E1-#Yは本当にアリさんが好きなのね。でもね……』


 お母さんの優しい声が、温かく寄り添うように流れ込んでくる。


『女王様だって、一人で全部の仕事をしてるわけじゃないのよ。周りのみんなに助けてもらってるから、あんなに大きな巣が作れるの』


 ――ひとりじゃない。みんな繋がっているから。

 そんな『母』の慈愛が、私の記憶と静かに混ざり合っていく。


『……そうなの?』


『そうよ。働きアリたちが女王様を守って、女王様がみんなを守って……そうやって家族で支え合ってるの。だからE1-#Yも、なんでもかんでも一人で抱え込もうとしなくていいのよ。ね?』


 お母さんの温もりが溶け合い、焼き切れそうだった私の脳を、深海のような安らぎへと沈めていく。

 その寸前だった。


『――種田くん、今のままだと脳が焼き切れて死んでしまう! 今すぐ感覚を遮断しなさい!』


 えっ? 神先輩……!?

 切羽詰まった警告。その意識の底で、ふわりと、あの温かい声が響く。


『――大丈夫……』


 その祈るような響きに背中を押され、沈みかけていた私の意識は水面へと急浮上した。


 ***


「……おねえさま! おねえさまぁっ!!」


 ハッとして、私は複眼のピントを合わせた。

 視界に飛び込んできたのは、右拳を構えたピカちゃんと、オロオロとハサミを揺らすプルちゃんだった。


「よかったぁぁっ……! 急に倒れちゃうから、ぼく、どうしようかと……っ!」


 ピカ、ちゃん……? 私、は……。


 メキキキッ……。


 ゆっくりと身を起こした瞬間、ピカちゃんが私の首元へ力強く抱きついてきた。

 分厚いアエギロカシスの装甲すら軋むほどの、凄まじい愛情(フィジカル)。目覚めがもう少し遅ければ、また救命の右ストレートが飛んできていただろう。


 あれ? 頭の痛みが……。

 何千匹という蟲たちの視覚や聴覚の『ノイズ』は今も繋がっているが、脳を破壊する濁流ではない。心地よいせせらぎに変わっている。


『チィィ……』


 微弱な羽音が聞こえ、私は視線を落とした。

 すぐ真下で、白く柔らかな『姫アリ』が、私の頭部の感覚毛に自らの小さな触角を必死に擦り合わせていた。

 小さな体は限界を超えて小刻みに震え、分泌腺からは透明な体液がこぼれている。そして――夢の中で私を包み込んでいたあの匂いを、今も紡ぎ出し続けていた。


 そうか。私ひとりで全部、抱え込もうとしたから……。

 彼女が私と触角を繋ぎ、莫大な情報の濁流を肩代わりしてくれていたのだ。不要なノイズを弾き、群れを束ねる『安心』だけを、私の脳へ届けて。


 バカっ、あんた自分の体だって傷ついてボロボロなのに……無理して……っ。

 神先輩の言う通りだ。これ以上は彼女の命も削ってしまう。

 私は慌てて群知能へのリンクを最低限まで絞り、情報のゲートを閉じた。


 途端に、姫アリは糸が切れたように私の大付属肢(アーム)の中へ倒れ込んだ。息はしているが、疲労困憊だ。


 ありがとう、小さな姫君。

 気絶したモフモフの身体を、そっと抱き寄せる。


 狂乱していた大ヤスデも、怯えていたハナカマキリたちも、今は皆、毒気を抜かれたように腐葉土に丸まり、私たちを静かに見つめていた。私たちの『力』と『繋がり』が、この蟲たちの群れを完全に再構築したのだ。


 ピカちゃん、プルちゃん。心配かけてごめんなさい。


「もう、本当に心臓が止まるかと思ったのですよぉ……。でも、おねえさまが無事で、本当によかったのですぅ」


 ピカちゃんはふすんと鼻を鳴らして私の甲殻に頬ずりすると、腕の中で眠る姫アリへ優しい視線を向けた。


「この白いモフモフさんも、おねえさまを助けてくれたのですねぇ……。よしよし、なのですぅ」


 ピカちゃんは、そっと姫アリの頭に両手を添えた。

 直後、彼女の小さな手から淡く温かな光がぽわぁっと灯る。私との繋がり(エンパシーパス)を応用し、自身の生命力と魔力を分け与える治癒の力――『ヒール・パス』だ。


「おねえさまを助けてくれて、ありがとうですよぉ」


 とろけるような至高の甘い声と共に、温かな光が、限界を迎えていた姫アリの体を優しく包み込む。ピカちゃんから注ぎ込まれる清らかなエネルギーによって、姫アリの小刻みな震えがスッと収まり、やがて安らかな寝息へと変わっていった。

 そして、隣で心配そうにしていたプルちゃんも巻き込むように、自分の長い蛇尾で二匹をそっと包み込む。


「これからは、ぼくがしっかりお姉ちゃんをして、この子たちのことも守ってあげるですよぉ。……だってぼくは、おねえさまの一番の相棒なのですからぁ」


 ピカちゃん……相変わらず尊い……ッ。


 私の心室(ハート)を別の意味で限界突破させながら、私は姫アリの温かい産毛をそっと撫でた。

 ドームの外では、未だに獲物を探す恐竜たちが森の周りをうろついている。そしてこの過酷な生態系のさらに先には、真の脅威である『暴虐竜』が待ち構えているはずだ。


 私は来るべき戦いへ向けて、冷たい複眼を鋭く光らせた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

皆様の温かい応援のおかげで、無事に「第50話」という大きな節目を迎えることができました!

暴走する群知能の濁流、お母さんとの温かい思い出、そしてピカちゃんの尊すぎるヒールパス……。


情報過多でアノマロちゃんの脳(シナプス)が焼き切れそうになりながらも、みんなの「繋がり」で絶体絶命の危機を乗り越えました。


「この先の展開も応援するよ!」と思っていただけた方は、

ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の星【☆☆☆☆☆】をポチッと押して、彼女たちのサバイバルを応援していただけますと最高に嬉しいです!


皆様からいただく星やブックマークの一つ一つが、アノマロちゃんたちをさらに大進化させる『限界突破の触媒(パラメーターX)』になります!


次話から【エピソード7】竜騎士誕生へと進みます。引き続きよろしくお願いいたします☆

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