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第5話 脱皮寸前で詰んだと思った? ここからが私のターンだよ♡

 ちょ、待って待って待って!


 来る来る来る来る! マジで今だけはタイム! タイムだってばァァァ!!


 ゴゴゴゴゴ……ッ!!


 目の前に迫るは、体長二センチを超える大怪物——魔力強化型巨大ゾウリムシ『ギガ・シリアータ』の群れ!


 ゾウリムシ。


 それは単細胞生物のくせに、細胞器官が異常に発達したミクロの精密機械オーパーツ


 全身の数千本の繊毛を『メタクロナルウェーブ』と呼ばれる驚異的な同期制御で波打たせ、流体力学的に完璧な推進力を生み出す生きたモーター船!


 しかも防御用の飛び道具『毛胞トリコシスト』まで完備してる超絶ハイスペック原生生物!!


 ……って、レビューしてる場合じゃないし!!


 一対多の絶望のレイドバトル開幕!


 か弱い女子一人をみんなでいじめるなんてサイテー!!


 水流が、いや、地底湖の『空間』そのものが震えていた。


 巨大なミキサーの中に放り込まれたかのような激しい水流の乱れ。


 視覚を持たないギガ・シリアータの群れが、全身にびっしりと生え揃った数千本の繊毛シリアをモーターのように駆動させ、一直線に私のもとへ殺到してくる。


 単細胞生物のくせに、体長わずか二ミリのプランクトンからすれば、二十メートル級の超弩級巨大繊毛魔獣だ。


 しかも、あいつらの掃除機のような「細胞口」がパカッと開き、私をバクテリアごと吸い込もうと激しい渦を作り出している。


 対する私は、脱皮エネルギーが臨界点に達し、ピキピキと古い外殻が内側から割れかけている、一番身動きの取れない最悪のタイミング。


 動けない……!


 初の脱皮寸前の『アポリシス』状態(強制スタン)で、全身がピキピキに固まって剛毛一本すらピクリとも動かないんですけどぉぉぉ!


 このまま吸い込まれたら、細胞膜ごと溶かされておやつにされる!


 剣も魔法も、神様からの甘ったれたお助けチートシステムもない。


 だけど、私には前世で叩き込まれた地球の『生命科学』と、ミクロの世界を支配する『流体力学』の知識がある。


 焦るな私。


 脳みそが顕微鏡サイズだからこそ、全ニューロンをこの一ミクロの逆転劇に全振りしてやる!


 これが、私の最初の命がけの——『知頭戦ちとうせん』だ!


 ギガ・シリアータの先頭が、不気味な繊毛のうねり音を伴って、私の数ミリ手前まで迫る。


 奴らは視覚を持たない。


 全身の化学受容器と、周囲の水流の変化だけで標的を捉えている。


 動けない私。


 なら——『動かないまま、お前が作る水流を利用してやる』。


 体長数ミリの極小世界において、水はサラサラの液体ではない。


 粘性が支配する、ハチミツのようにドロドロとまとわりつく流体——いわゆる『低レイノルズ数』環境だ。


 ギガ・シリアータが巨体を揺らし、繊毛をバタつかせるたび、周囲のドロドロの水流は、敵の進行方向に向けて渦を巻き、激しく引き込まれていく。


 剛毛センサー、対流の引き込みパターンをスキャンしろ!


 敵の繊毛運動が相殺し合って一瞬だけ水流がゼロになる、流れの死角『エアポケット』は……そこっ!


 敵が私を吸い込もうと、細胞口付近の水流を最大に引き付けたその瞬間。


 私は、古い殻の割れ目に沿って、自分の身体をあえて完全に「脱力」させた。


 ズォッ、と水流が唸る。


 敵の繊毛が生み出した強烈な吸引水流に、私は自ら吸い込まれるように、ヌルリと滑り込んだ。


 だが、ただ吸い込まれたわけじゃない。


 敵の対流ベクトルの「死角」——繊毛運動が相殺し合うエアポケットへ、古い殻ごとぴったりと滑り込ませたのだ。


 ハチミツのような粘性流だからこそ、一度この流れの「境界層」に乗ってしまえば、慣性で弾き飛ばされることなく、ぬるりと滑るように回避できる。


 はいジャスト回避ィ!


 吸引力の反作用で、敵の背後に回り込んだ!


 ギガ・シリアータの巨体が、私がさっきまで浮かんでいた空間を空しく通り過ぎ、ズサァッと玄武岩の床に激突する。


 驚異的な流体力学ハック。


 消費エネルギー、完全に『ゼロ』!


 ドヤァ! ……って、プランクトンはドヤ顔作れないけど!!


 しかし、敵は単細胞生物のくせに執念深い。


 すぐに獲物を見失ったことに気づき、繊毛を逆回転させて、クラックの奥へと強引に細胞口を突っ込んでくる。


 おっと、お次の物理法則、いってみよー!


 私に向かって再突進してくるギガ・シリアータ。


 動けない私は、古い殻がピキピキと割れかけている軟体性質を利用して、目の前にある玄武岩の微小クラックへ、水流の引き込みに身を任せて「ぐにゃり」と吸い込まれるように滑り込んだ。


 ここは、体長二センチを超える巨体のギガ・シリアータには物理的に侵入不可能な、幅わずか数ミリの隙間セーフゾーン


 直後、ドンッ! と岩全体が揺れた。


 追ってきたギガ・シリアータが、クラックの入り口に猛スピードで激突したのだ。


 硬い外皮ペリクルが玄武岩の角に激しく擦れ、ビキビキと亀裂が入っている。


 自傷ダメージ一丁!


 だけど、ここで終わらせたらダーウィン先生の信徒が廃るってもんよ。


 ——ここからが私のターン(お仕置きの時間)だよ、巨大ゾウリムシちゃんたち♡


 ここ、玄武岩のクラックの中は——ただの岩の隙間じゃない。


 摂氏百度近い熱水が噴き出す『熱水噴出孔ハイドロサーマルベント』の、目と鼻の先。


 クラックの内部では、私の生存限界から、生物が一瞬にしてゆで卵になる即死エリアの、『温度グラデーション』が渦巻いている。


 私は、さっきまでバクテリアを濾過摂食していたおかげで、このクラック内の「熱水の通り道」を、魔力感知でサーモグラフィーのように完全に把握していた。


 よーし! プランクトン流・熱水流ハックを開始します!


 私は、わずかに残った排泄物(アミノ酸の匂い)を、熱水の対流に乗せてクラックの外へと放出した。


 プランクトンのう○ことか言わないで! 乙女の尊厳!


 ペリクルが裂け、飢えたギガ・シリアータの群れにとって、その匂いは極上のディナーの香りに他ならない。


「「「キュルルルルル!!!」」」


 繊毛を狂ったようにバタつかせ、割れ目の奥にいる私を喰らおうと、強引に細胞口をクラックの入り口へとねじ込んでくるギガ・シリアータたち。


 その瞬間。


 地底のマグマに熱せられた百度の熱水が、ボコォッ! とクラックの奥から噴き出した。


 湯加減はいかがですかー? 百度の熱水シャワー、とくと召し上がれっ!!

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