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第4話 生命誕生のスープでアップデート! ……からの強制スタンとか聞いてないしィィ!

 さて、危機を脱した私の前に広がっていたのは、驚くべき光景だった。

 光は一切届かない。眼点が捉えるのは完全な暗黒だ。

 だけど、私の化学受容器が感知する情報から、本能が信じられない生態系マップを脳内に描き出していた。


 何これ……あったかい。

 それに、ものすごい濃度の化学物質……硫化水素に、メタンに、鉄イオンなどの各種ミネラル……。

 控えめに言って、神マップじゃん!


 これって、地球の深海にある『熱水噴出孔(ハイドロサーマル・ベント)』そのものだよね!?

 そうだよ! 前世で行ったことないけど!


 暗黒の深海で、地熱によって温められた水が重金属や硫黄をたっぷり含んで噴き出す煙突(チムニー)。

 そういえば、ポンコツ女神はここを『カンブリア・ダンジョン』と言っていた。やっぱりカンブリア紀モチーフの環境ってことじゃん!

 地球の生物学から見れば、ここは最初に生命が誕生したとされる、熱くて濃密な『生命誕生のスープ(オアシス)』そのものだった。


 確実に生命(エサ)は、この過酷な熱水の周りに満ちている。


 いた……! 日光に頼らず、硫化水素やメタンから化学合成でエネルギーを作る、極限環境微生物(アーキア)たち!

 しかも、ただの古細菌じゃない。私のセンサーが、彼らの細胞膜からピリピリとした未知の「超常的なエネルギー」を捉えている。


 嘘、このアーキアたち、高濃度の魔力(マナ)を含んでるの!?

 栄養価高すぎのSSR素材じゃん!!


 システムからはじき出された特定外来生物の私だけど、これならいける。

 やることは一つ。生きるために、食う!


 私は熱水の噴出源から、自身のタンパク質が熱変性(ゆで卵化)しないギリギリの安全距離をキープした。

 そして、付属肢の剛毛をパタパタと小刻みに動かし、噴き出す熱水から魔力持ちのアーキアを「濾し取る」作業を開始する。

 これぞ、古代水生生物の基本にして地味すぎる生存戦略――『濾過摂食(フィルター・フィーディング)』である!


 ズズズズズ……と、剛毛の櫛(くし)で水を濾し、引っかかった微生物を次々と体内に取り込んでいく。


 ……うっ、うげぇ!! くっそ不味い!!!


 脳内で絶叫する。

 前世で食べた美味しいスイーツや、学校帰りに買い食いした揚げたての唐揚げの味がフラッシュバックした。

 しかし、いま私の口(というか消化管)に飛び込んでくるのは、強烈な腐卵臭(硫黄)と、錆びた鉄釘をしゃぶっているかのような、えげつない無機質の味だけ。


 味がしないどころか、温泉の排水口をダイレクトに啜ってるみたい! 飲んだことないけど絶対そうだし!!

 あー、マカロン食べたい! タピオカ啜りたい!

 でも……でも、生きるために……カロリー稼がなきゃ死んじゃうからぁぁ!!


 私は半ば涙目になりながら、狂ったようにくるくる回りつつ付属肢を動かし続けた。

 こんなの完全にヤケ食いだよ!!


 だが、味が最悪だろうが関係ない。

 アーキアから得られる純度の高いアミノ酸と、異世界の未知なる魔力。それらが、私の飢えた極小ピチピチスレンダーボディの細胞へとダイレクトに染み込んでいく。

 って、ピチピチボディとか自分でオッサンのようなことを言ってる場合じゃないし!


 ダーウィン先生! 見ていますか!?

 あなたが『種の起源』で示した、過酷な環境に適応する生命の執念。私は今、異世界の暗闇でそれを証明しています……!

 神様が作ったご都合主義な「レベルアップで全快!」なんて、最初(はな)っから期待していない。頼れるのは、地球40億年のフィジカルだけだ。


 体内で細胞分裂が加速度的に始まり、DNAの複製が高速で繰り返される。

 フニャフニャだった私の薄いクチクラ外皮の下で、もっと強靭で、もっと高度な身体――「次の形態」の設計図が形成されていく。アーキアの耐熱・耐酸遺伝子と魔力因子が、私の白紙のゲノムにバッチリ統合されていく感覚。


 体内の魔力の高まりに呼応して、私の身体が内側から力強く、淡く発光し始めた。

 古い外殻がピキピキと音を立て、内側から膨張する生命力に限界を迎えているのがわかる。


 キタキタキタァーー!

 脱皮ホルモン(エクジソン)の分泌が臨界点に達してる!

 これ、一気に古い殻を脱ぎ捨てて進化(アップデート)確定じゃん!!


 ――しかし、異世界の神を否定する「進化」の過酷さは、そんなに甘くはなかった。


 え? ちょっと待って……なにこの嫌な感じ……!?


 脱皮の直前、古い殻が限界まで引き裂かれようとしていた。

 それは節足動物にとって、最も無防備で身動きの取れない「強制スタン状態」を意味する。


 その最悪のタイミングで、私の剛毛センサーが、漆黒の地底湖の奥から迫る凄まじい「水圧のうねり」を感知した。

 眼点に、青い光の群れが映り込む。

 闇の中から無数の光る繊毛をバタバタと蠢かせ、この熱水オアシスの「生態系ピラミッドの上位者」が姿を現したのだ。


 それは、魔力で異様に巨大化した『ゾウリムシ』の群れだった。

 学名風に言うなら、ギガ・シリアータ(巨大繊毛虫)ってところね。


 今の私の体長はわずか2ミリ。対するギガ・シリアータは、優にその十倍――2センチを超える大怪物だ。

 単細胞生物のくせに、私から見れば「20メートル級の巨大繊毛魔獣」が群れをなして突進してきているに等しい。


 えっ……嘘、あいつら、私のエサ場を横取りする気!?

 それとも、脱皮寸前でまともに動けない、この最高に美味しそうな「わがままボディ(2ミリのプランクトン生肉)」を丸呑みにする気!?

 いや、プランクトンにわがままボディもクソもないけど!!


 喰われるとか絶対いやーーー!!


 体長2ミリの最弱プランクトン vs 10倍サイズの巨大繊毛魔獣の群れ……!

 ミクロの生存闘争、最初から詰みかけてるんですけど!?


 生き残るための、最初の泥臭い頭脳戦が始まろうとしていた。

 あー、どうしよ!? 脱皮中で、身体が1ミリも動かないんですけどォォォ!!

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