第3話 間一髪でセーフ! あ、そもそも骨ないけどね!
流体力学、ナメるなよォォォ!!
プランクトンのミクロなサイズ感だと、水はまるで水飴みたいにドロドロで重たく感じる。
慣性よりも粘性が支配する、いわゆる『低レイノルズ数』の世界ってやつだ!
普通に泳いでも前に進まないけれど……スライムの巨体が引き起こした乱水流(渦)を利用すれば……!
迫りくるアシッドスライムの強酸にまみれた粘体が、小さな水たまりの溶存酸素を奪いながら、私の頭上を覆い尽くしていく。
熱を帯びた酸性の死線がすぐそこまで迫り、体表の剛毛センサーが危険信号をガンガンに発信していた。
いそげっ! いっそげ! 私の付属肢と尾部、千切れる覚悟でフル回転してェェェ!!
ノープリウス幼生の私には、敵を噛み砕く強力な顎もなければ、高速で逃げ回るための強靭なヒレもない。
だけど、全身に生えた微細な感覚剛毛は、周囲の水の『流体力学的な変化』を極限まで精密に捉えることができた。
スライムという巨大な質量が水たまりに這入ってきたことで、周囲の境界層がどう剥がれ、どこに水流の「死角」が生じているか――私の中の限界オタク本能が、その物理的な逃げ道を驚くほど鮮明にシミュレートしていたのだ。
スライムのゲルの進行方向、その斜め右下十五度……!
岩の割れ目から、上向きに噴き出す温かい上昇流がある!
ここだっ! ジャスト回避ィ!!
私は尾部を激しく、そして必死にくねらせて、スライムの酸っぱい粘着触手が触れる寸前、乱流の渦に乗るようにして闇の奥へと身を投げ出した。
ドロドロの水を懸命に掻き分け、岩の隙間へと滑り込む。
ズサァァッ! と粘つく音がすぐ背後で響き、スライムの青い巨体が岩の入り口を塞ぐようにのしかかった。
けれど、強固な玄武岩の割れ目はせいぜい数ミリ幅。体長数十センチもあるスライムの身体は、表面張力と自身の粘性に阻まれて、物理的にこれ以上侵入できない。
ふぅ……セーフ!
あぶねー、マジで骨まで溶かされておやつにされるところだった!
ま、そもそも私、無脊椎のプランクトンだから骨なんてないけどね!
岩の隙間の奥深くで、私は剛毛センサーの震えを抑えながら安堵の息を吐いた。
スライムはしばらく隙間の前でウネウネと蠢いていたけれど、獲物を見失ったと判断したのか、やがて水流の気配と共に別の場所へと滑り去っていく。
眼点に映っていた青い高濃度の魔力反応が、ゆっくりと遠ざかっていった。
……どっか行った? ガチで遠ざかったよね?
たすかったぁぁ……寿命縮んだわ。微生物だから寿命どれくらいか知らんけど。
それにしても、この岩の隙間……化学センサーがピリつくような『硫化水素』の反応を感じるし、水温も明らかに高い。
これってまさか、生命誕生と極限進化の聖地――深海のオアシス『熱水噴出孔』的な環境!?
え、待って。それって、超高耐性な極限環境微生物がウヨウヨいる『SSR確定ガチャ』じゃん!
さっきまでの絶望どこいった!?
ヤバい、強ぇDNAの気配がして、ウチなんだかワクワクしてきたぞ!
いっちょ未知の極限生態系、片っ端から食ってみっか!




