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第2話 チートがないならDNAを喰えばいいじゃない!

 真っ暗だ。そして、どうしようもなく冷たい。


 反射的に息を吸おうとした。

 けれど、そもそも「肺」がどこにあるのか分からない。というか、手足の感覚すらない。

 感じ取れるのは、体表を撫でる水流の動き。水温のわずかな変化。そして、水中に漂う微小な有機物のチクチクとした刺激だけ。


 ……きた。転生先は、あのポンコツ女神の言ってた『水たまり』ね。


 一瞬でパニックになりかけた脳みそを、持ち前の生物オタク知識で必死に宥(なだ)める。

 落ち着け……私。まずは現状把握よ。

 私は自分の現在の身体を、冷静にセルフ解剖し始めた。


 まず、肺呼吸はしていない。これって皮膚呼吸? いや……おそらく体表からの単純拡散によって、水中の溶存酸素を直接取り込んでいるんだわ。

 それに、頭の中央あたりでぼんやりと明暗だけがわかるこの感覚……。間違いない、単眼の『ノープリウス眼(眼点)』が一つね。

 手足はやっぱりないけれど、付属肢に生えた微細な剛毛が全身で水流を感知している。


 うーん? この極めてシンプルな梯子(はしご)状神経系、そしてミクロな体性感覚……。

 これって、ガチで顕微鏡レベルのサイズじゃん!


 私は、自分が薄暗い洞窟の「小さな水たまり」の中に漂っていること。そして周囲を、『ゾウリムシ』や『ミドリムシ』のような原生生物たちがフワフワと泳いでいることに気づいた。

 水面に反射した自分の小さな影を「眼点」でかろうじて捉え、ひとつの絶望的な結論に達する。


 ――『ノープリウス幼生』じゃん!!!


 そう、エビやフジツボといった甲殻類・節足動物の赤ちゃん形態。

 最推しのアノマロカリスどころか、ただの「動物プランクトン」である。


 ポンコツ女神のせいで、レベルもスキルもチート魔法も一切なし!

 体長わずか数ミリのプランクトンって、ガチで生態系の最底辺……。ただの『初期エサ』からのスタートなんですけど!? マジ、えぐい……。


 しかし。

 絶望したのも束の間、次の瞬間にはマッドサイエンティストばりの知的好奇心へと火がついた。


 ……いや、ちょっと待って?

 生命の系統樹の根元(プランクトン)にいるってことはさ……。

 この体、環境ストレスや捕食した遺伝子に合わせて、どんな姿にでも脱皮・変態できる『無限の進化ツリー』を持ってるってことじゃない!?


 地球の微生物たちが、親から子への遺伝ではなく、他種から直接DNAを取り込んで自分の形質を急速にアップデートする現象――『遺伝子の水平伝播(HGT)』。

 極限環境生物のクマムシが、周囲の細菌や植物の遺伝子を取り込んで最強の耐性を得たように、この原始的な体をプラットフォームにすれば、異世界の魔物を「捕食」することでその能力(DNA)をダイレクトにインストールできるはず!


 ――ダーウィン先生の信徒たるもの、仮説を立てたなら「実験」してナンボでしょ!

 そうですよね、ダーウィン先生☆


 ちょうどいいところに、私の目の前をフワフワと漂っている、かすかに青く発光する極小の単細胞生物――魔力を帯びたファンタジー版の『ミドリムシ』みたいなやつがいる。


 私はそいつを、小さな3対の付属肢(触角)を器用にかき鳴らして口元へと引き寄せた。

 そして、ハグッ、と丸呑みにする。


 消化管を通り、その細胞核が分解され、私の細胞内へと塩基配列ごと取り込まれていく感覚。

 すると直後、体表を走る原始的な神経網が、ビリリッと熱い電気のような刺激で満たされた。


 なにこれッ!? あったか〜♡


 ぼんやりとした明暗しか捉えられなかった私の『眼点』に、ほんのりと青い「魔力の光の波長」が、ノイズ混じりだけどはっきりと映し出されるようになったのだ。


 これ、ファンタジーで定番の、魔力を視覚化する『魔力感知(弱)』じゃん!

 キターーー! 最高じゃないですかーーー!!


 遺伝子の水平伝播、マジで私の体で発現した……!

 仮説は完璧に証明された。

 私はただのプランクトンじゃない。他者のDNAを喰らい、己の肉体をリアルタイムで書き換えられる『泳ぐ進化の加速器』なんだ!

 やっぱりね! 私の仮説は絶対に正しい! 魔法の理屈なんて、全部生物学でハックしてやる!


 最悪の状況から見出した「無限の進化ツリー」の可能性。

 私は水たまりの中で「きゅいっ!」と全身の剛毛を震わせてガッツポーズを決めた。


 ――しかし。

 私の高らかな進化論宣言を嘲笑うかのように、突如として水たまりの環境が激変する。


 水温が不自然に冷え込み、水質が急速に「酸性」へと傾き始めたのだ。

 同時に、獲得したばかりの『魔力感知』と明暗センサーが、上空からゆっくりと降下してくる不気味な高濃度魔力の「巨大な青い影」を捉える。


 え……空が……落ちてくるゥゥゥ……!?


 プランクトンの私にとって、頭上から覆いかぶさってくるその半透明のドームは――触れるものすべてを溶かし尽くす強酸を纏った死神、『アシッドスライム』だった。


 え、待って待って待って! ガチで私の極薄のクチクラ外皮と細胞膜がドロドロに加水分解されるやつじゃん! いきなり強酸とか、生態系のバグでしょこんなの!!


 これが、ポンコツ女神の言ってた『速やかな自然淘汰』ってことね……!

 でも、こんなところで初期淘汰されてなるものですか!


 強酸の刺激臭(水素イオン)が化学受容器をビリビリと刺し、周囲のpH値が急降下を始める。水たまり全体が、死の硫酸プールへと汚染されていく。


 ちょ、pH値の降下エグいて!!

 展開早すぎて完全にキャパオーバーなんですけど!!


 普通ならパニックで茹で上がる(というか溶ける)ところだが、私の全身の感覚剛毛が、水たまりの底――岩の割れ目から噴き出すかすかな「水流と温度の変化」を捉えた。


 あそこだ……! 熱いアルカリ性の水が噴き出している岩の隙間が見える! 見えた!


 残された全ATP(エネルギー)を注ぎ込み、私は付属肢と尾部を激しくくねらせて、スライムの死角である岩の隙間――極小の『熱水噴出孔』の奥へと決死の跳躍(遊泳)を試みた。


 ドロドロに溶けるとかガチで勘弁!

 生還ルート目指して、Bダッシュ、Bダッシュゥゥゥ!!


 進化の夜明けまで、あと数分。

 プランクトンの意地、見せてあげるんだから!

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