第47話 熱暴走は冷えピタで解決! ステルスボード爆誕☆
う、うぅ……頭が割れる……。地球46億年の歴史に、ウコンの力ってないんですかぁ……。
ひび割れた泥の上。
極限の二日酔いに呻きながらも、私たちは目の前の「八トンの高級肉」を本能のままに貪り食った。骨の髄まで、一滴の魔力すら残さず完全完食だ。
フラフラと複眼のピントを合わせると、周囲の枝から数十匹の巨大トンボ(メガネウラ)たちが私たちをガン見していた。
……あー、なるほど。こいつらの複眼に敵意はない。
「こいつらと一緒にいれば、おこぼれでデカい肉が無限に食えるぞ!」という、ただの野生の打算だ。
上等じゃない!
私たちが歩いて獲物を叩き出し、あんたたちが上空の『早期警戒レーダー』になる。お互いの生存確率をブチ上げる、これぞ完璧な【相利共生】!
よし、お前ら! 取引成立よ!
『ギチチィィッ!』
トンボたちが一斉に空へ舞い上がった、その時だった。
――ドクンッ!!!
私の胸の奥で、心臓が破裂しそうなほど大きく跳ねた。
暴君ティラノサウルスの規格外のカロリー。そして、先ほど呼吸器の奥底まで直吸いした、高濃度魔力ガス(パラメーターX)。
二つの理不尽なエネルギーが体内で衝突し、DNAの二重螺旋を焼き切るほどの爆発的な化学反応を引き起こしたのだ。
あ、ぁぁっ……あつ、熱いッ!!
全身の体液が沸騰する。
ミトコンドリアが発狂したようにATPを増産し、一・二メートルのウミサソリの重殻の隙間から、エメラルドグリーンの魔力蒸気が「シュゥゥゥッ!」と高圧で噴き出した。
待って、これマズい! カロリーの暴力で細胞分裂が制御不能になってる。発生する熱量が、外骨格の排熱限界を完全に超えてる……っ!
このままじゃ自分の体温でタンパク質が熱変性して、肉体が自壊しちゃう!
ウソでしょ!? 進化のエネルギーがデカすぎて、殻を破る前に自分の熱でゆで卵になっちゃう!!
内側から膨れ上がる暴力的な圧力と灼熱に、私の意識が白濁しかけた、その瞬間。
「おねえさまッ!!」
ズルリッ!
私の熱く焼け焦げそうな甲殻に、ピカちゃんがひんやりとした蛇尾を巻きつけ、覆いかぶさるように強く抱きしめてきた!
ピカ、ちゃん……っ!? だめ、私から離れて! 巻き込んじゃう……っ!
「嫌です! ぼくが、おねえさまの冷えピタ? になりますぅ!!」
ピカちゃんは涙目で叫びながら、爬虫類側の体温調節機能を限界まで駆動させた。
熱く火照った私の背中へ、ひんやりと冷たいパステルブルーの鱗が、ぴたりと吸い付くように密着する。
あ、ぁんっ……冷た、気持ちいい……。
思わず変な声が漏れてしまった。
ピカちゃんのしなやかな下半身が極上の【ヒートシンク(放熱器)】となり、私の致死的な排熱をグングンと吸い上げていく。
ピ、ピカちゃん……あんたまで熱くなっちゃうよ……っ?
「平気ですっ! おねえさまの熱なら、ぼく……全部受け止められますからっ!」
キュッ、とさらに強く抱きしめられる。
ひんやりとした蛇尾の密着感と、妹分の健気すぎる愛情が、暴走しかけていた私の細胞を優しくクールダウンさせていく。
「シャリリリリッ!!」
さらに、私の体から溢れ出した余剰魔力が暴走しそうになった瞬間、サソリのプルちゃんが私の前に立ちはだかった。
プルちゃんは自らの二本の毒尾を深く泥に突き立て、私から放たれる余剰魔力をすべて引き受け、大地へと逃がすアースとなってくれたのだ!
二人の命がけの援護が、私の暴走しかけた細胞の設計図を完璧に安定させる。
いける。この絆があれば、どんな規格外の進化だって絶対に乗り越えられる!!
ミシッ……バキ、バキバキバキバキィィィンッッ!!!
凄まじい破裂音と共に、古い私の甲殻が内側からの圧力に耐えきれず、粉々に弾け飛んだ。まばゆい光の奔流が、薄暗い森を白夜のように照らし出す。
ピカちゃんにギュッと抱きしめられた光の繭の中で、私の肉体は古い殻を脱ぎ捨て、急激に、そして恐ろしい速度で質量を膨張させていく。
一・五メートル。二メートル。
そして、一気に【二・五メートル】へ――!
光の霧が晴れた泥濘の上に、かつての地を這う重戦車の面影は、もうどこにもなかった。
なめらかなダークブルーと銀色に彩られた、無駄の一切ない流線型の巨大なボディ。
頭部から前方へ向かって優雅に突き出しているのは、細かな棘が幾重にも交差する、芸術品のように繊細で巨大なろ過網(大付属肢)。
地球の古生代オルドビス紀、アノマロカリス類(ラディオドンタ類)の系統における事実上の最終到達点にして、史上最大の巨体を誇る濾過摂食者。
――【アエギロカシス形態(体長2・5メートル)】!!!
「きゅ、きゅいぃぃーっ! おねえさま、とっても綺麗ですぅ!」
「シャリリッ!」
ピカちゃんとプルちゃんが、私の新しい巨体を見上げて歓声を上げる。
えへへ、すごいでしょ! ついに究極のラディオドンタ類に先祖返り(大進化)……って、あれ?
……私の、歩脚がない!?
私は新しい自分の身体を観察して、ハッとした。
這い回るための強靭な足が消え失せ、代わりに胴体の側面には、美しく連なった『上下二列の側泳鰭』が展開されている。
しまった!
史実のアエギロカシスは、完全に海中を泳ぐための「遠洋遊泳性」だ! 陸上を歩くための足なんて最初から存在しない。
とりあえず、側面のフラップを鳥のようにバタバタと上下に羽ばたかせてみる。
ベチャッ、ズズズッ……。
ダメだ。泥をピチピチと叩きつけるだけで、一ミリも前へ進まない。足がないから立ち上がることもできず、ただ無様に泥に沈んでいくだけだ。
落ち着け〜。環境変数を再計算するんだ。観察、仮説、そして検証よ。
ここは巨木が生い茂る最上層。酸素分圧も大気圧も異常に高く、加えて大気中には『パラメーターX(魔力ガス)』が極めて濃密に充満している。
この大気、異常に重くて『粘り気(粘性)』がある……。
鳥の空気力学じゃダメだ。流体力学のレイノルズ数がそのまま当てはまるんじゃ……?
ん? そういえばさっき、ピカちゃんのしっぽも空気中で浮いていたような……。ということは。
鳥の羽ばたきをやめる。
代わりに、海中を泳ぐエイやイカのエンペラのように、側面のフラップの動きを連動させる。前方のフラップから後方へと『しなやかな正弦波』を描くように、順番に波打たせてみた。
フワァッ……。
泥から私の巨体が数センチ持ち上がった。
いける! でも、ピッチング(縦揺れ)がひどい。アエギロカシス特有の「背側フラップ」と「腹側フラップ」の二列構造――この上下の位相を少しずらして、揚力のベクトルを相殺・安定化させて……。
上列と下列のフラップの動きをミリ単位で微調整する。推力と揚力のバランスがカチッと噛み合った瞬間。
――スゥゥッ。
「きゅわっ!? おねえさまが、浮いたですぅ!」
驚愕。私の二・五メートルの巨体が、泥濘から数十センチの空中に完全に安定して浮き上がったのだ!
流体力学、マジ感謝!
私の二列フラップは、この濃密な魔力大気をまるで『海中の水』のように掴み取り、揚力へと変換していた。自重を完全に相殺する、摩擦係数ゼロの空中ホバー・スイミング。
足で歩くよりずっと速いし、何よりこの平らで広い背中なら……。
私は自分の背甲を振り返り、ニヤリと笑った。
これならピカちゃんもプルちゃんも余裕で乗せられる。今の私は、二人を乗せて空を泳ぐ、体長二・五メートルの『空中空母』だ!
よし、このデカい体は目立つだろう。次は隠密が必要だ。
手本なら、すでに目の前を飛んでいる。さっきまで私たちを襲撃していた、巨大トンボたちの『完全光学迷彩』だ。彼らの翅や体表の光の屈折パターンは、私の優秀な複眼カメラでじっくりと解析させてもらった。
同じ『節足動物』である私なら、外骨格(キチン質)の構造をリバースエンジニアリングできるはずだ!
私は、進化したばかりの自分の甲殻の表面組織に、神経パルスを流し込んだ。
トンボたちが使っている『モルフォチョウのような微細構造色』と、深海の透明な甲殻類の反射防止ナノ構造を掛け合わせる。自分の殻の分子配列を、ナノレベルの多層膜構造へとリアルタイムで組み替えていく。
光の反射率と屈折率を、周囲の景色や大気のパラメーターXと百パーセント同期。
キィィィィィン……。
殻の表面を覆うナノ構造が光を迂回させ、景色が水面のように歪む。
そして次の瞬間、私の二・五メートルの身体は、空間に溶けるように完全に視覚から消滅した。トンボの生態をハックして作り上げた、自前のメタマテリアルによる『完全光学迷彩』の展開だ!
……って、待って!
流体演算と、ナノ構造のリアルタイム維持で、ミトコンドリアがフル回転しすぎて……ッ!
シュゴォォォォ……ッ!
あ、あぢぃぃぃっ!?
殻の内側から異常な排熱が立ち上る。進化の暴走は乗り切ったけど、このまま飛び続けたら結局オーバーヒートでゆで卵になっちゃう!
「おねえさまッ! おまかせですぅ!」
ズルリッ!
熱暴走で墜落しかけた私の広く平らな背中に、再びピカちゃんが冷たい『蛇尾』を這わせ、うつ伏せでぴったりと張り付いてきた。
ひ、ひんやりして気持ちいい〜〜っ!!
ピカちゃんの体温調節機能が、極上の水冷クーラーとなって私の熱をグングン奪ってくれる。
「ふふっ、おねえさま、あったかいですぅ……♪」
ピ、ピカちゃん……あんたほんっと世界一の冷えピタね……助かるわぁ……っ!
しかも、私の背中に乗ったピカちゃんは、波待ちをする『ボディーボーダー』のような完璧なライディング姿勢になった。下半身の蛇尾で私の装甲をキュッと甘くホールドしつつ、上半身は完全にフリー。私が背中のピカちゃんごと光学迷彩で包み込めば……!
死角ゼロ! 熱暴走ゼロ! 百合度マックス!
これぞ、究極の【水冷式ボディーボード・ステルス】陣形の完成だァァァッ!!
「おねえさまの背中、広くて……ひれの動きがゆりかごみたいで、乗り心地最高ですぅ……すりすり♪」
ちょ、ちょっとピカちゃん、首筋くすぐったいっ!
ピカちゃんが柔らかいほっぺたを私の甲羅にすりすりするたびに、その感触が神経パルスを通して直接脳に伝わってくる。プルちゃんも、二人の隙間にちょこんと乗って「キリッ」とハサミを構えていた。
『ギチィィッ!』
「おねえさま! 前方、ティラノサウルス級の熱源を、合計十七体検知したですっ!」
……嘘でしょ。暴君が、普通にウヨウヨいるんですけど!?
あの暴君、この階層じゃただの「一般通過モブ」だったのね!
私たちの目的はあくまで、この迷宮を抜けて地上への出口へ向かうこと。でも、あんな生態系の頂点たちが我が物顔でうろつく狩場を突っ切るなんて絶対無理だ。
それに、光学迷彩とホバーの維持はカロリーをバカみたいに食う。進化直後の熱を完全に冷まし、新しい身体をチューニングするための安全な休息地が必要よ。
ピカちゃん、右斜め前方に巨大シダの密集地帯を発見! あそこを迂回ルートにするわよ!
「はいっ、おねえさま!」
私はフラップを静かに波打たせ、地上を滑るように飛翔した。
すぐ傍らでは、暴君たちの「ズドドド……」という足音が空気を震わせている。だが、背中のピカちゃんからは、安心しきった温かい鼓動が伝わってくる。
「おねえさまの背中、静かで……すっごく落ち着きますぅ……えへへ、だーいすきですっ」
外には暴君がウヨウヨいるっていうのに、迷彩ドームの中だけは完全なイチャイチャ空間だ。
でしょ? お姉さまの特等席、たっぷり堪能しなさいっ☆
光学迷彩とトンボのナビによって、私たちは暴君たちの視界を完全にすり抜けていく。
やがて見えてきたのは、何百本もの巨大植物が太い根を複雑に絡み合わせ、巨大な『緑のドーム』を形成している大森林の入り口。
巨木と巨木の間隔は極端に狭く、足元は腐葉土が堆積した深い『底なし沼』になっている。なるほど、完璧だ。
体重数トン、体長十メートルを超える恐竜たちは、この複雑怪奇な大樹のバリケードを物理的に通り抜けられない。強引に踏み込もうとすれば、自重で沼にズブズブと沈んで身動きが取れなくなる。
巨大恐竜たちには絶対に手出しできない、生態的ニッチの完全な空白地帯。
私たちは、その絶対安全圏である『樹海ドーム』の奥深くへと、水が流れるように静かに、滑らかに潜入していった。




