第44話 オレツエー終了のお知らせと、未知のパラメーターX。
「きゅいきゅーっ♪ おねえさま、ごちそうさま、ですよ☆」
石炭紀の深い森を抜け、宿敵のアルファ個体を完食した私たちは、ドヤ顔で崖の上の新天地――最上層【第1断層:弱肉強食の楽園】へと足を踏み入れていた。
私(一・二メートルの鋼鉄ウミサソリ)。
プルちゃん(一メートルの変異種サソリ)。
ピカちゃん(二メートルの重戦車ラミア)。
ふふふっ。どんなバケモノが出ようが、今の私たちの火力と連携ならワンパン確殺!
下層の生態系は完全に私たちが覇権を取った! 地球四十億年の歴史は、私たちの前にひれ伏したのだ!
さあ、この最終ステージも無双モードで爆速タイムアタックしてやるわッ!
……お、おや?
一歩踏み出した瞬間、生命力(HP)が一気に削り取られるような激痛が走った。
はぁ、はぁ……ッ! 重い! 息が、書鰓が焼け焦げるッ!
大気圧と酸素分圧がおかしい。ここは下層以上の異常な超高濃度酸素エリアだ!
一・二メートルに巨大化した私のボディが要求する莫大な酸素量が仇となり、呼吸するだけで猛烈な酸化ストレス(活性酸素)が細胞をブチ壊していく。最強だと思っていた私の鋼鉄ボディが、ただの『クソ重たい鉄くず』に成り下がっていた。
ブォォォォォンッ!!!
頭上を、体長一メートル超の巨大バッタが羽音を立てて跳躍する。
デカい。でも私たちなら――。
バシャァァァンッッ!!!
巨大バッタの着地点にあったシダの茂みが、内側から爆発した。
飛び出してきたのは、虫じゃない。
全身を鮮やかな羽毛で覆われた、成人男性ほどの背丈を持つ引き締まった二足歩行の獣脚類――全長二メートル級の、俊敏なラプトルだ!
獰猛な顎が、私たちの体ほどもある巨大バッタを空中で噛み砕く。バリ、グチャァッ! 脳漿と緑色の体液が、雨のように頭上から降り注いできた。
嘘でしょ!? なんで古生代の森のすぐ上に、中生代の恐竜がいんのよ!?
時代がバグってる! これじゃ私たち『節足動物』なんて、ただのエサ(食物連鎖の最下層)じゃん!!
ズゴゴゴゴゴッ……!!!
だが、その直後。
ラプトルの背後にそびえていた巨木が、バキィィッと真っ二つにへし折られた。
現れたのは、見上げるほどの――いや、視界そのものを黒く塗りつぶすほどの、圧倒的な絶望。
大地を踏みしめる極太の脚は、樹齢数百年を超える大木のよう。大型の路線バスすら丸呑みにできそうな巨大な顎から、粘り気のある唾液が滝のように降り注ぐ。
全長『十二メートル』。図鑑の記録に刻まれた最大級の肉食恐竜――暴君ティラノサウルスだッ!
歩く災害のようなそのバケモノは、先ほどのラプトルをまるで枯れ枝のようにあっさりと踏み潰し、凄まじい咬合力で一息に噛み砕くと、ドロドロの消化器官ごと丸呑みにしてしまった。
濃密な血と内臓の匂いが、高酸素の空気にむせ返るほど充満する。生々しい咀嚼音が、森全体を支配した。
「…………(カチッ)」
静寂の中、恐怖に耐えきれなくなったプルちゃんのハサミが、微かな音を立てた。
ピタリ、と。暴君の血塗れの顎が止まる。
爬虫類の鋭い瞳がギクンッと不自然な角度でこちらを向き、森の陰に隠れる私たちを完全にロックオンした。
――ピロリロリロリロッ!
脳内で、某鬼ごっこ番組の『ハンターに見つかった時のあの絶望のBGM』がガンガン鳴り響いた(※あくまで私の脳内再生です)。
「きゅ、きゅわぁ……ッ!?」
逃げるよピカちゃんッ!! 全力で引っ張ってェェェッ!!
オレツエー無双アクション、サービス終了!
ここからは見つかったら即死の、絶望のデス・ラン(逃走中)の始まりだッ!
ズドドドドドドドドッ!!!
背後から、ビルが丸ごと倒れてくるような巨大質量が、地響きを鳴らして猛烈なスピードで突進してくる!
極太の二本脚が泥をえぐり、血と消化液の混じった生温かい息が、私の背甲にねっとりと吹きかかってきた。
「おねえさま、ソリになりますぅぅっ!!」
ピカちゃんが私の差し出した巨大なハサミを両手でガッチリと掴み、低重心のサイドワインダー運動で猛烈な【牽引】を開始する!
私の平らな腹部のキチン質が泥の上を滑り、見事な『ラミア牽引式・ボブスレー陣形』で森の中を爆走する! 私の背中には、振り落とされまいとプルちゃんがギチギチにしがみついていた。
右! 左! 巨大な倒木をスライディングで抜け、毒々しい巨大キノコの間を縫うようなスーパースラローム!
ガコンッ! バキィィィッ!!
私たちが通り過ぎたコンマ数秒後、ティラノサウルスの巨大な顎が空間を噛み砕き、巨木が粉砕される。
ヤバいヤバいヤバいッ!
食物連鎖の頂点とか言って本当にすいませんでした! 私ただの一口サイズのタンパク質です!
しかも、走る(引きずられる)ごとに呼吸が荒くなり、超高濃度酸素が持続ダメージ(DoT)のように呼吸器を焼き焦がしていく!
書鰓から取り込んだ過剰な活性酸素が、私の細胞を内側から食い破る。直感(計算)が絶望的なタイムリミットを弾き出していた。
――細胞崩壊(死)まで、もってあと二十秒……ッ!
「シャリリリリッ!!」
背中のプルちゃんが、迫り来る暴君の顔面に向けて、二本の毒尾から強酸性の消化液を噴射した!
酸が周囲の巨大キノコに着弾し、ジュゥゥゥッ! と強烈な化学反応を起こして「酸性の胞子スモーク(目眩まし)」を発生させる。
『ギャオォォォッ!?』
視界と嗅覚を潰されたティラノサウルスが、一瞬だけ進行方向を逸らして木に激突した。
ナイス、プルちゃんッ! 最高のファインプレー!!
「おねえさまッ、あそこですぅ!」
ピカちゃんが叫んだ先。
大樹の根元に、複雑に入り組んだ『樹洞』の隙間――あの十二メートルの巨体では鼻先をねじ込むことすらできない、強固な安全地帯が見えた。
全身の関節がミシミシと悲鳴を上げ、複眼の視界が赤く染まって明滅する。
――限界まで、あと五秒……四……ッ!
飛び込めェェェッ!!
ザザーーッ!!
私たちは泥まみれになりながら、その暗い樹洞の奥底へと三人団子になって滑り込んだ。
直後、ドゴォォォンッ!! と入り口の根に暴君の巨体が激突する。血まみれの巨大な顎が、私たちの鼻先わずか数センチのところまで迫り、バチコンッ! と空を切った。
あまりの恐怖に、私たちは抱きしめ合ったまま、完全に息を殺す。
ポタッ、ポタタッ……。
暴君の顎から、さっき食われたラプトルの体液が私たちの殻に滴り落ちてくる。
濃密な死の気配。巨大な地響きが諦めて遠ざかるまでの時間が、永遠のように感じられた。
やがて、完全に静寂が戻る。
ぷはぁっ……! はぁ、はぁ……っ!
ギリギリだった。あと一秒遅ければ、確実に細胞が酸化で自滅していた。呼吸器が痛い。血の味がする。寿命が数那由他年縮んだんですけどォォォッ!!!
泥水をすするだけの逃亡サバイバル。上等じゃん!
これこそが、地球四十億年の生命が生き残った『進化論』の真髄ってワケ!
そうやって、へし折られたメンタルを強引にバフ掛けし、息を整えていた、その時だった。
ふと、私の理系JKとしての『左脳』が、氷のように冷たく覚醒した。
……待って。いくらなんでも、おかしくない?
ティラノサウルスの理不尽な暴力から逃げ延びた今、冷静に考えれば考えるほど、この森の生態系は『既存の物理・生物学のルールすら逸脱した異常』に満ちている。
――証拠品①:巨体の運動性能と『カロリー収支(燃費)』の破綻。
化石図鑑のスケール通り、ティラノサウルスは十二メートル。サイズ自体は史実に忠実だ。
……だが、あの体重八トンの巨体が、獲物を追って森の中を【超高速機動】で走り回るのは絶対におかしい!
本来、巨大な肉食動物は無駄なエネルギー消費を抑えるために、待ち伏せやゆっくりとした歩行を基本とする。あんなスポーツカーみたいな急加速と急旋回を連発すれば、巨大な脚の筋肉を動かすためのATP(アデノシン三リン酸)消費量は天文学的な数値に跳ね上がる。
さっき食べた二メートルのラプトルのカロリーなんて、私たちを追いかけた数十秒の猛ダッシュで完全にガス欠(底)をつくはずだ。常にあのペースで動き回れば、摂取カロリーが消費カロリーに全く追いつかず即座に餓死する。生物としての『エネルギー収支』が完全に破綻しているのだ。
――証拠品②:私たちの超再生と超進化。
ピカちゃんの失われた左腕が生え、プルちゃんが変異種に進化し、私が一・二メートルの鋼鉄装甲を瞬時に形成した。
これも、たしかに『魔石』を食った恩恵だ。未知のエネルギーのおかげだと言われればそれまで……ではない。
【入力(食べた魔石のカロリー)】に対して、【出力(一瞬で生成された肉体と装甲の質量)】がデカすぎるのだ。未知のエネルギーを考慮に入れたとしても、『質量保存の法則』と『熱力学第一法則』をガン無視しすぎている。
何か未知の変数を計算式に組み込んだとしても、方程式のイコールが絶対に成り立たない……!
私たちだけじゃない。ティラノサウルスの異常な燃費も、私たちの超進化も、この森の生態系全体がエネルギー効率的におかしい。
まるで、個体が食事で得るエネルギーとは別に、どこかから『物理法則を底上げ(バフ掛け)する未知のパラメーター』が無限に強制供給されているとしか思えない。
つまり、このイカれた迷宮には、私の知らない『隠された環境ルール(異常の元凶)』が存在するのだ。
探せ……。私の化学受容体の感度を最大まで引き上げろ。この異常を引き起こした『触媒』の匂いが、必ずこの近くにあるはず……ッ!
私は名探偵さながらに感覚毛をピクピクと動かし、周囲の空気の成分を分子レベルでスクリーニング(解析)し始めた。
すると。
……ん? なにこれ。微量だけど、酸素でも二酸化炭素でも、私たちが知ってる魔力の残滓でもない、全く未知の『重たい気体』の勾配がある……?
匂いの発生源は、私たちが逃げ込んだ暗い樹洞の、さらに奥のどんづまり。
「きゅい? おねえさま、どうしたんですぅ?」
「キリリ……?」
首を傾げる二人を連れて、私は慎重に樹洞の最奥へと這い進んだ。
そこで、私はついに『事件の真犯人』を特定したのだ。
暗い樹洞のどんづまり。
そこで、青白く発光する『謎の結晶体』が脈動していた。
石炭紀にも中生代にも、こんな発光鉱石なんてない。私は痙攣する大バサミの先端で、そっと触れてみた。
――フォォォンッ……!
……えっ!?
触れた瞬間。私の化学受容体が、理解不能な情報量で完全にショートした。
あんなに重くて、呼吸器を焼くようだった『超高濃度酸素』の激痛が、結晶から波紋のように広がった青白いフィールドによって、フッと嘘のようにかき消されたのだ。
代わりに体の奥底まで流れ込んできたのは、まるで『ハチミツ』のように濃厚で、ドロリと重い未知の気体。
「きゅわぁ……! 身体が、軽くなりましたぁ!」
ピカちゃんもプルちゃんも驚いている。
甘い。そして、熱い。細胞の隅々まで、暴力的なまでの活力がブチ込まれていく。
さっき私たちが経験した「あり得ない進化」と、あいつらの「あり得ない燃費」の答え合わせ(アンサー)が、ここにあった。
間違いない。大気の成分そのものに、物理法則を捻じ曲げる『特異な気体パラメーター』が混ざり込んでいるんだわ!
名付けて、『パラメーターX』……!
そう、ここはただの迷宮じゃない。
物理法則を根底から補助する未知のパラメーターが、呼吸するだけで取り込めるほど極めて濃厚に満ちている……ッ!
私たちは顔を見合わせた。
這いずるだけの隠密サバイバルは、ここから物理と理不尽が交差する、真のサバイバルへと突入していくんだ……!




