第41話 おねえさまぁぁぁ!目を覚ましましたっ!
カサ……、カサカサ……。
巨大なシダ(鱗木)の倒木で作った看病シェルターの入り口。
この二週間でグングンと大樹へと急成長し、入り口を覆い隠すほどになったシダの若葉を撥ね退け、ちいさな、けれど不穏な足音が確実に中へと這い寄ってきていました。
「きゅ、きゅいぃっ……!!(シャーッ! 来ないでっ! これ以上、おねえさまを傷つけさせないっ!)」
ぼく――全長二メートルの『コード・ラミア』へと進化したピカちゃんは、人間の細い両腕で、眠り続けるおねえさまを背後にかばいました。
そして、美しくツヤツヤとしたパステルブルーの蛇尾を威嚇するようにうねらせて、迎撃の姿勢をとります。
また、あの恐ろしい巨大サソリの追手なの?
おねえさまを、また傷つける気なの……!?
ぼくは、おねえさまのお口に当てていた『リーフコップ』を胸にぎゅっと抱きしめ、おめめをぎらりと尖らせて闇の入り口を睨みつけました。
やがて、パステルグリーンの胞子の雪が舞い散る光の隙間から、『そいつ』が這い出てきました。
ぼくが威嚇の魔力を込めようとした瞬間、そいつは敵意がないことを示すように、ハサミを床につけてカチリ……カチリ……と小さく鳴らしました。
その姿を見た瞬間――。
ぼくの、おねえさまから受け継いだ記憶が、パチパチッと奇跡のように共鳴したのです。
ぼくの知っている姿とは全く違う。でも……。
「きゅ、きゅぅ……?(あなた、あの時の……?)」
傷だらけで這い出てきたのは、全長七十センチほどの、古代サソリ(プルモノスコルピウス)。
その甲殻は同族の牙によって無惨に傷つけられ、片方のハサミも欠けて、ボロボロになっていました。
(そっか、崖を登り切って進化した後……あなたは、自分の同族であるあのサソリの群れに入ろうとしたんだね)
(でも、『優しい心』を持つあなたは、凶暴な群れの掟に馴染めず……異端として追放され、ずっと一人で傷ついて彷徨っていたんだ……)
それは、ぼくたちを襲ってきた凶悪な巨大サソリ(一メートルのプルモノスコルピウス)より明らかに素朴でちいさな姿でした。
ずっと前、あの過酷な垂直急崖の登攀の最中。
水中用の古い装甲を脱ぎ捨ててボロボロになりながら、重力という冷酷な選択圧に抗って、ぼくたちのすぐ隣を死に物狂いで並んで登り切った、あの小さな原始サソリ。
――パレオフォヌスが、『プルモノスコルピウス』へと進化を遂げた姿。
プルモノスコルピウスは、ぼくたちを怖がる様子もなく、ちょこちょこと短い脚を動かして、おねえさまのダークブルーの殻のすぐ隣へと這い寄ってきました。
「きゅきゅっ。(生きていたんだね)」
ぼくが優しく呼びかけると、プルモノスコルピウスは嬉しそうにちいさな尾をフリフリと揺らしました。そして、安心しきったように、おねえさまの横でコロンとそっと丸くなったのです。
(そっか……! 海の血を持つおねえさまが防げなかった未知の毒も、同族間の過酷な生存競争を生き抜いて、陸生サソリへ進化したあなたなら……!)
おねえさまが教えてくれた言葉や生化学知識の数々が、光の速度でパズルピースのようにはまり合い、ある『奇跡の方程式』を弾き出しました。
そう。プルモノスコルピウスの体内を流れる、銅イオンをベースにした『青い血』。
これには、サソリの毒素という『鍵』に先回りして受容体の隙間を塞ぐ、陸生特有の抗体(競合中和因子)が天然の形でたっぷりと含まれていたのです!
ぼくは、丸くなっているプルモノスコルピウスを見つめ、そっと人間の手を差し出しました。
「きゅぅ……。(おねえさまを、ぼくの大切なおねえさまを助けるために、あなたの青い血を……少しだけ、分けてくれませんか……っ)」
ぼくの呼びかけに、プルモノスコルピウスはちいさな頭をコテンと傾けました。
そして、仮死状態のおねえさまをじっと見つめると――過酷な崖登りの時、決して自分を襲おうとしなかったこの生物を思い出したのか、コクリと頷くように自身のちいさなハサミを『カチリ』と鳴らしたのです。
「きゅ……っ。(痛い思いをさせて、ごめんなさい……。本当に、ありがとう)」
プルモノスコルピウスは自らの関節からちいさな雫を滲ませ、リーフコップの中に、そっと一滴の美しい青い体液を分けてくれました。
コップに溜まった、パステルブルーの奇跡のエキス。
ぼくは、おねえさまの脳内ライブラリから引き出した生化学ハックの方程式をフル稼働させました。
(おねえさまが、未知のDNAをハックして得た『水平伝播』の強靭な耐性があったから、巨大サソリの即死毒を受けても、この二週間を仮死状態で持ちこたえられた)
(ぼくが毎日、口移しで与え続けた十四日分の水分と魔力が、乾きゆく命のタイムリミットをギリギリで繋ぎ止めてくれた)
(そして今、プルモノスコルピウスの『陸生サソリの青い血』という、解毒のための最後のピースが揃った……!)
あとは、ぼくの力でこれを繋ぎ合わせるだけ……ッ!
自身の他者治癒の魔力を最大出力で過給触媒させ、プルモノスコルピウスの青い血の分子構造を、おねえさまの体に最も適合する『もう一つの鍵(中和剤)』へと急速合成!
そして、おねえさまの硬い関節の隙間(節間膜)から、そのエメラルドグリーンに輝く解毒スープを、ゆっくりと優しく、命の奥深くへと染み込ませるように送り届けました。
『他者治癒経路――命の灯火、すべてを解き放て!!!』
キィィィィィンッッッッ!!!!
ぼくの手から放たれたまばゆい回復のネオン光が、パスを伝って、おねえさまのユーリプテルス殻の全身へと濁流のように駆け巡りました。
おねえさまの体をめぐる見えない伝達の路に、毒を拒むもう一つの力(拮抗剤)が一斉に流れ込み、神経を麻痺させていたサソリ毒を、一分子残さず中和して優しく洗い流していく。
ドクン……! ドクン、ドクンッ!!!
ずっとフリーズしていたおねえさまの全身の心音パルスが、息を吹き返すように、力強く高鳴り始めました。
さらに、完全に消灯していた装甲の継ぎ目という継ぎ目から、二週間ぶりに、あの美しくて温かいパステルブルーのネオンが、ブワァァァァッとまばゆくゲーミング発光(再起動)されたのです!
ゲホッ……! げほっ、ゲホゲホッ!!
書鰓から、毒の中和残渣が一気に吐き出されます。
そして。おねえさまの、あのダークブルーの頭部にある二つの複眼が、パチパチッと力強く明滅しました。
……あ、あれ? 私、生きて……る? ゲホッ、ここは……?
「おねえさま……っ! よかった、よかったですぅ……! ぼく、ずっと、待ってました……っ!」
ぼくは嬉しさのあまりリーフコップをポイッと放り出して、おねえさまのウミサソリの首元に、新しい『人間の両腕』でぎゅぅぅぅっとしがみつきました。温かい涙が溢れて止まらなくて、おねえさまの硬くて冷たかったキチン質の殻を、ボロボロと優しく濡らしていきます。
……はえ? 誰?
おねえさまは、自分の首に巻きついている柔らかい腕を見て、キョトンとしました。
視線を上げたおねえさまの複眼に映ったのは、涙目で見つめてくる人間の女の子の顔。そして、背後にうねるパステルブルーのツヤツヤな蛇尾。
え……。ラミア? なんでファンタジーのモンスター娘が私にハグして……って、えっ!? このめちゃくちゃ親しみのあるパス……ピカちゃん!?
「きゅいっ! はい、ぼくです!」
ええええええッッ!?
起き上がったおねえさまの複眼が、限界までカッ! と見開かれました。
テ、ティクターリクからラミア!? 進化の系統樹ガン無視にも程があるでしょ!! ダーウィン先生も墓の中で二度見するレベル! ミッシングリンクの幅がグランドキャニオンなんだけどッ! ていうか、なんで人間の言葉普通に喋って……あかん、情報量が多すぎて……私のちいさなウミサソリの脳みそ(キャパ)が……。
ぷしゅーっ。
おねえさまの頭から幻の煙が上がり、複眼が蚊取り線香みたいにグルグルと回り始めました。
あ、ダメだこれ。完全にバグる……。
パタッ。
おねえさまは、そのまま再びその場に気絶して倒れ込んでしまったのです。
「きゅ、きゅいぃぃぃっ!?(おねえさま!? おねえさま息してない!?)」
ぼくはパニックになり、拳をギュッと力強く握りしめました。
おねえさまを助けなきゃ! ショックを与えて心臓を動かさなきゃ……ッ!
「おねえさまぁぁぁっ! 目を覚ましてくださいっ!!」
ガゴォンッ!!
ギャベェッ!?
ぼくの渾身の右ストレートが、おねえさまのダークブルーの硬い頭部装甲(キチン質)に見事なクリーンヒット。ドラを力いっぱい鳴らしたような、どエグい打撃音が響き渡りました。
いっ、痛ぁぁぁい!? ちょ、今めっちゃ重たい鈍器で殴られた!? 私の硬度MAXの甲殻がひしゃげるかと思ったんだけど!?
飛び起きたおねえさまは涙目で頭を押さえると、目の前にいるぼくの姿を穴の開くほど凝視して、信じられないというようにわななきました。
ちょっと待って!? ……魂の記憶? ……奇跡の祝福!?
ていうか、なんで超絶エグカワ美少女ラミアに大進化遂げちゃってんのォォォッ!? しかも物理火力エグいんだけど!?
「えへへ……。おねえさまを抱きしめて、おんぶして逃げるために……ぼく、筋トレ、がんばっちゃいました☆」
おねえさまは、頭をさすりながら驚きで固まったまま、ふと周囲を見渡しました。
足元に転がった、最初のリーフコップ。その横に並ぶ、お揃いの十四個のコップ。そして、入り口に生い茂る巨大シダの大樹。
ぼくがここで、たった一人で過ごした果てしない時間の重みを理解したように、おねえさまの複眼から、ポロポロと大粒の雫が溢れ出しました。
……うぅ……私のために、こんなに頑張ってくれたんだね……。ピカちゃん、愛してるよ……っ!
「きゅいきゅーっ♪(プルモノスコルピウスも、おねえさまが起きて喜んでます!)」
ぼくが嬉しそうに言うと、おねえさまは「プルモノスコルピウス?」と不思議そうに視線を下に向けました。
そして。
……って、ギャアァァァァッッ!?
おねえさまの複眼が、再び限界までカッ! と見開かれました。
ちょ、待っ、プルモノスコルピウスじゃん!? 私をワンパンでゲームオーバーに追いやった極悪サソリが、なんでこんな至近距離に!? 第四次ラウンド開幕!?
「ち、ちがうんですおねえさま! この子は敵じゃないんですっ!」
ぼくがあわてて言うと、サソリも敵意がないことを示すように、ちいさなハサミを床につけて、カチリ……カチリ……と不器用なリズムで鳴らしました。
その素朴な動きを見た瞬間、おねえさまの動きがピタリと止まりました。
……あれ? 毒針の先が丸い……それに、この不器用で一生懸命なハサミの振り方どっかで……。もしかしてあの時のパレオフォヌス!? 進化したの!?
サソリは嬉しそうに尾をフリフリと揺らしました。
おねえさまはハッとして、プルモノスコルピウスのボロボロになった甲殻と、欠けたハサミを見つめました。
まじか……。あんた、群れから追い出されたのね……。それで、わざわざ私たちを追ってきてくれたの……。てことは、私のこの致死毒の解毒って……あんたが抗体(中和剤)を分けてくれたってこと……?
おねえさまの理系脳が、すべてのロジックを瞬時に理解したようでした。
……うぅぅっ、あんたたち、まじで最高すぎるよぉぉっ!!
おねえさまは、再び大粒の涙をこぼしました。
プルモノスコルピウスなんて、そんな殺伐とした名前、優しくて不器用なあんたには似合わないね。……そうだ。今日からあんたは『プルちゃん』だ! 帰る群れがないなら、今日からここがあんたの居場所。私たちの、大切な三人目の家族だよ!
カチ、カチリッ! と、新しく『プルちゃん』になったサソリは、嬉しそうにちいさなハサミを鳴らしました。
ここまで読み続けてくださった皆様!ありがとうございます!
ここからサバイバル編が加速します。
もう少しサバイバル編にお付き合いください。
【あとがき特別短編】進化の果ては、三ツ星のフルコース!?
「いやー、長かった! 泥と酸と雷のサバイバル!」
六十五センチのウミサソリボディを揺らしながら、私は高らかに宣言する。
「そして! 過酷な試練を乗り越えた私の『最高の報酬』が、こちら!!」
バァァァンッ!
私の大バサミが指し示す先。
パステルブルーのしなやかな蛇尾を揺らし、「きゅ?」と小首を傾げるのは……。
光を弾く、銀糸のサラサラ髪!
雪のように透き通る、白磁のお肌!
長いまつ毛に縁取られた、サファイアのように大きな瞳!
見よ、この奇跡の造形美! ぷにぷにのほっぺに、ほんのり桜色のぷるぷるリップ! 視覚だけで脳髄に甘味をブチ込んでくる、糖度一万パーセントの極上スイーツやぁぁっ!!
「あははっ、おねえさま、なんだかテンション高いですぅ」
コロコロと鈴を転がすように笑う美少女ラミア(ピカちゃん)。
その笑顔に、私はシャキーンとハサミを鳴らして迫る。
だがしかし! この三ツ星ビジュアルには、最後の仕上げ(トッピング)が必要! はい、これ!
私がスッと差し出したのは、最古の種子植物『エルキンシア』の星型に開いた苞葉――淡いブルーに発光する、宝石みたいな原始の『お花』だ。
それを、銀色の髪のサイドへとそっと飾る。
「お花……! えへへ……っ! ありがとう、おねえさま! ぼく、すっごくすっごく嬉しいですっ♪」
パァァァッ!
あどけない少女の顔いっぱいに咲き誇る、世界一無邪気で愛らしい満面のスマイル!
そのまま、私の冷たい甲殻にぎゅぅぅっと抱きついてくる温もり!
……あかん。尊さで私のキチン質装甲がメルトダウンする……。
お花とピカちゃんの甘い匂いに包まれながら、私は確信した。
この最高のフルコース(推し)を毎日独り占めできるなら、地獄のサバイバルも悪くない、と。
サバイバルは続く……!
「ピカちゃん尊い!」「今後の展開が楽しみ!」と思ってくださった方は、
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これからもどうぞよろしくお願いいたします!




