第37話 古代Gの群れとか無理!決死の迎撃戦からの……えっ、真のボスは別枠ですか!?
カサ、カサカサ……。
ワサワサワサワサワサワサ……ッ!!
自慢の琥珀の壁。
その防音パテを突き抜けてすぐ外から響いてくるのは、無数の硬い足爪が壁を引っ掻き、削り取るおぞましい這行音だった。
『( ・ ▼ ・ )きゅ、きゅぅ……っ!?』
さっきまで極上のゲルベッドで私と添い寝し、蕩けるような微睡みの中にいたピカちゃんが、跳ねるように上体を起こした。
ピカちゃんのパステルブルーの皮骨兜――その側面に走る『側線ソナー』が、外の異常な振動を捉え、ビリビリと痙攣している。
焦らないで、ピカちゃん。大丈夫、お姉さまがついてるからね☆
私は六十五センチのウミサソリの体をのそりと動かし、玄関口へと這い寄った。
そして、外からはただの岩にしか見えない『偏光マジックミラー覗き窓』に、複眼をぴったりと押し当てた。
……ヒィィィッ!? やっぱりぃぃぃぃッ!!
覗き窓の向こう、雨上がりの暗闇のジャングル。
そこをびっしりと覆い尽くしていたのは、黒光りする平たい触角と、ギザギザの脚。体長十センチから三十センチに達する、古代ゴキブリ(プロトファスマ)の飢えた大群だった。
『きゅ、きゅぅぅーーーっ……!』
ピカちゃんが私の外骨格にぴったりと体を寄せ、怯えたように丸まった。
防臭用の『銅イオン粘土』を採り忘れたせいで、外壁は甘い匂いを放つ琥珀(樹液)がむき出しのまま。その激甘なフェロモンがジャングルに拡散し、森中のGたちを一斉に呼び寄せてしまったのだ。
ガリガリッ、バキバキッ……!!
強靭な大顎が琥珀を抉る嫌な音が響き渡る。奴らは文字通り『おうちそのものを食い破ろうと』している。
このまま引きこもっていれば、いずれ壁が崩落し、私たちは黒い波に飲み込まれてしまう。せっかく作ったおうちが全部食べられちゃう!
……入り口をぶち破って、ここで群れを迎撃(殲滅戦)するしかないッ!!
私は前脚で『思い出のリーフコップ』を安全な部屋の奥へ押しやった。
そして、入り口のスライド壁に私の平たい頭部シールドを密着させる。高酸素大気を限界まで過給し、全身の筋肉の圧力を臨界点まで高める。
狙うのは、かつて泥底の天敵を粉砕してきた、あの超音速の打撃。琥珀の壁を爆散させて一気に叩く!
行くよピカちゃん……お姉さま特製、琥珀瞬間爆縮散弾!!
バチィィィンッッッッ!!!!
超音速の打撃が、琥珀の壁の「内側の継ぎ目」へと叩き込まれた。逃げ場を失った衝撃波が内部を伝播し――。
バゴォォォォォンッッッ!!!
入り口を塞いでいた分厚い琥珀の壁が、外側に向けて大爆発を起こした。
カチカチの琥珀片が無数の『鋭利な散弾』となって、群がっていたGたちの顔面へと至近距離から掃射される!
今だッ!! 蹴散らすよ、ピカちゃん!!!
『きゅ、きゅいぃぃぃーーーーっっ!!!☆』
爆煙が渦巻く入り口の残骸から、私たちは前庭へと飛び出した。
ピカちゃん、新しく発達した肉厚な胸ビレ(おてて)で、私の背甲のフチをぎゅっと掴んで! お姉さまを支えにすれば、地面の上で踏ん張れるから!
ピカちゃん(五十五センチ)が私の脇腹にギュッと絡みつき、ロール軸を安定させる。私を土台にしてムツゴロウのように地面の上を滑るピカちゃんと共に、私たちは狂戦士モードで、おうちに群がるGたちへと突っ込んだ。
バチンッ! グチャァッ!!
ハサミで挟み潰す。歩脚のトゲで串刺しにする。
ピカちゃんも、私を支えにした安定感を活かした『古代魚の全力タックル』と硬い顎で、這い寄る黒い影を次々と弾き飛ばす。
おうちの防衛戦。地獄のような大立ち回りの末――。
ワサワサワサ……。
ついに、外の羽音が遠ざかっていった。奴らは私たちの反撃の犠牲が大きすぎると判断し、飛び散った琥珀の破片だけを咥えてジャングルの奥へと撤退していったのだ。
ハァッ……ハァッ……。
や、やった……。追い払った、よ……っ。
私は大きく開いたおうちの入り口にへたり込み、複数の歩脚をだらんと投げ出した。この激戦、スタミナは完全にゼロだ。
『( ・ ▼ ・ )きゅぅぅ……!』
ピカちゃんが泥だらけになりながら、私の頭胸部にスリスリと甘えてくる。
私は重い前脚をゆっくり持ち上げて、ピカちゃんのおててと『ハイタッチ』を交わした。
ふふっ……ピカちゃんのタックル、まじで最高だったよ。
……これで、やっと休め……。
――その、瞬間だった。
入り口のすぐ外の暗闇から、巨大な影が、ぬうっと姿を現した。
カチ……カチカチッ……。
凶悪なハサミが擦れ合う音。その頭上には、毒の雫を滴らせる禍々しい『毒針の尾』が振り上げられている。
体長およそ百センチ。石炭紀の陸上生態系を恐怖で支配した、史上最大の巨大陸上サソリ。
――『プルモノスコルピウス』。
私の理系脳が、すべてを理解してしまった。
この巨大サソリは、甘い匂いに釣られて来たんじゃない。甘い匂いに釣られて集まった『Gの群れ』を食いに来て――そして、私たちが群れと戦って『完全にスタミナを消耗し切る』のを、すぐ外の暗闇でじっと待っていたのだ。
『ジ、ジィィィーーーッ!!!』
泥を跳ね上げ、巨大サソリが、逃げ遅れたピカちゃんの無防備な胴体めがけて、凶悪な毒針を真っ直ぐに突き出してきた。
避ける? いや、スタミナゼロの今の私たちには、ジャスト回避は物理的に不可能。
もし、あの毒針がピカちゃんのまだウロコのないぷにぷにのボディに突き刺されば――。
――そんなの、絶対に、許さない。
ピカちゃん、危ないッッ!!!
私はピカちゃんを強く引っ張り、彼女の体を私の殻の下、おうちの奥へと強引に引きずり込んだ。
そして、私自身の無防備な背中を、おうちの入り口へと突き出された毒針の前に、身を挺して立ち塞がらせたのだ。
カツゥゥン……。
鋭い毒針が、私の装甲に激突した。
だが、相手も真の頂点捕食者。硬い甲羅を滑らせるように、サソリの針の先端が、最も柔らかい『節間膜(関節の隙間)』の奥深くへと、容赦なく突き刺さった。
プスッ。ジュクゥゥゥッ……!!
背中の奥を冷たい火箸で貫かれたような、鋭い痛みが走る。サソリの毒腺から、私の体液に向けて、致死性の生体神経毒がドバドバと注入された。
げほっ……!? ぁ、あれ……っ?
そうだ。ウミサソリも、サソリも、同じ『鋏角類』――。
サソリが進化させた節足動物特化の神経毒は、近縁種である私の神経伝達系をピンポイントで強制シャットダウンさせる、最悪の【同系統キラー】だったのだ。
私の体内の通信回路が、末梢から脳に向かって急激に、パチ、パチ……と電源を切られるように強制シャットダウンしていく。
『きゅ……?』
しがみついているピカちゃんを、抱きしめ返す力が、入らない。
それどころか、私の六十五センチのボディは、ズルり、と力なくおうちの床の上へ滑り落ちてしまった。
あ、れ……? おかしい、な……。体に、力、が入らない、よ……。
視界が、急速に色を失い、白黒のノイズに染まっていく。私の全身から、青い体液と魔力が、静かに漏れ出して床へと広がっていく。
『( ; ▼ ; )きゅ、きゅわぁぁーーーーっっ!?!?』
泣き叫ぶピカちゃんの声が、水の中に潜った時のように遠ざかっていく。
おうちの敷居を跨いで入り込んでくる、巨大サソリのカサカサという足音。
ごめんね、ピカちゃん。お姉さま、また、やられちゃった……。
だけど、絶対に、死なせない。ピカちゃん、私の残った魔力を、全部……全部あげるから、生きて……っ。
私の意識が、漆黒の昏睡へとゆっくり落下していく。
その時、私の青い血が触れたおうちの床の下で――先日ピカちゃんが泥を被せて隠していた「ちょっと変わった形の黒い石」に、かすかに『奇妙な幾何学模様』が浮かび上がった。
ドクンッ!!!
繋がっているはずのエンパシーパスと、床に眠る『奇妙な幾何学模様』が共鳴し、あり得ないほどの超高電圧でスパークした。




