第33話 圧死か焼死か選べって!? どっちも選びません☆
『( ・ ▼ ・ )きゅ、きゅわぁぁっ!?』
ちょ、マジで無理。
焦げたオゾンの嫌な匂いが、パサパサに乾燥した熱風に乗って鼻の奥をツンと突いた。
振り返らなくてもわかる。
背後では、三メートルの巨大放電ミミズが、極太のプラズマを乱れ撃ちしながら、ひび割れた泥濘を地響き立てて這いずってきている。
あいつはとっくに生命としての限界を超えていた。重すぎる己の自重で内臓は潰れ、乾燥した大気に体表の水分をガンガン奪われている。這うための骨格すら持たないあいつは、ただ目の前のあらゆる生命を道連れにしようとする理不尽な破壊の権化と化していた。
そんな絶望のパレードから逃れるルートは、もう上しかない。
私たちのすぐ目の前には、巨大なシダの腐海へと続く、切り立った玄武岩の急崖がそびえ立っている。
登るよ、ピカちゃん!
私は三十センチのウミサソリボディを躍動させ、崖に飛びついた。強靭な前脚とハサミ(鋏角)を、玄武岩の鋭い亀裂に力任せにねじ込む。
隣では、ピカちゃんが続いた。生まれたばかりのおてて(相同関節)を「く」の字に曲げ、崖のわずかな突起に引っ掛ける。そして、重い体を泥濘から強引に引き上げようとした。
――ってか、重ッッ!!
岩肌に張り付いた瞬間、息が止まるかと思った。
下へ、下へと。私たちを地の底へ引きずり込もうとする1Gの重力ベクトルが、全身の筋肉と関節を千切らんばかりに軋ませてくる。浮力ゼロでの重力デバフ、えぐすぎるって!
ガキィィィッ……!
亀裂にねじ込んだ私の爪が欠け、水中用の分厚く重い外骨格にミシミシと亀裂が入る。一歩、腕を引き上げるだけで、筋肉の繊維がブチブチと千切れる音がした。
でも、登るしかない。止まればやつの餌食だ。
なら、どうする!? こんなの、理系ハックで強引にぶち抜くしかないっしょ!!
筋繊維がちぎれる端から、多能性幹細胞で『超回復』を回して、強制ビルドアップするよ!!
筋繊維は、破壊されることでより太く強く生まれ変わる。私は魔力を触媒にして、その修復と肥大のプロセスを極限まで加速させた。
重力のお荷物でしかない水中用の無駄な重装甲はパキパキ割って脱ぎ捨て(パージ)、陸上登攀に特化した鋭いアイゼンのような爪を、崖を登りながらリアルタイムで形成していく!
隣を登るピカちゃんもまた、過酷な重力負荷をトリガーにして、爆速で環境適応を果たしていた。
軟骨だった腕の芯が硬いカルシウムの骨柱へと密度を増し、それを支える前肢の筋肉がボコボコと隆起していく。崖を這い上がるにつれて破壊と再生を繰り返し、三十五センチ、そして四十センチへと巨大化していく。
極限の負荷適応によって、不格好に、でも泥臭く。
私たちは絶望の崖をよじ登っていった。
――だが、崖の中腹に差し掛かった時のことだ。
急激な骨形成の痛みに耐えながら登っていたピカちゃんの、不格好な前肢が。
『きゅ、ぁっ……!?』
限界を迎え、ズルッ、と滑った。
無慈悲な重力が、ピカちゃんの身体を泥濘の底へと引き剥がそうとする。下では、巨大ミミズが赤いプラズマの牙を剥いて待ち構えている。落ちれば圧死か焼死、どっちにしてもゲームオーバーだ。
その瞬間。
極限のストレスと謎のアドレナリンで、私の脳が完全にバグったのだろう。日曜日の夜にテレビでよく見ていた「あの国民的栄養ドリンクのCM」が、脳内に爆音で流れ始めたのだ。
ピカちゃん、手を伸ばして!!
私は、千切れそうな自身の腕に、タウリン数千ミリグラム分の気合を全ツッパして過給する。そして、崖から落ちそうになる相棒に向けて、前脚を思い切り突き出した!
『ファイトォォォォォォッ!!』
『( ・ ▼ ・ )きゅっ、きゅうぅぅぅぅぅっ!!!☆』
ガシィィィッッ!!!
私の脚と、ピカちゃんのパステルブルーのおててが、空中でがっちりと結びつく。
私はそのまま、重力という物理法則を気合と友情のトルクでねじ伏せ、四十センチに成長したピカちゃんを崖の上へと一気に引きずり上げた!!
――ズドォォォンッ!!
直後、真下から鈍い激突音が響いた。
這い上がるためのおててを持たない三メートルの肉塊は、己の莫大な自重を支えきれず、あっけなく崩れ落ちたのだ。巨大ミミズは、干上がりオーブンと化した泥濘の底で、自身の重さで内臓を潰しながら、やがて完全に停止し、溶けた。
進化(適応)できなかった生命は、絶対的な自然法則によって圧殺されていく。
――自然淘汰。いずれ、私もそうなるのかもしれない。
でも、今じゃなかった☆
◇ ◇ ◇
ゼェ、ゼェ、ゼェ……っ。
全身泥だらけになりながら、這うようにして崖の上へと辿り着いた私たち。
限界まで超回復を繰り返した結果、私の身体は体長四十センチ後半の、強固な陸上歩行仕様のウミサソリ形態へと変貌していた。ピカちゃんも、四十センチの立派な『ティクターリク形態』へと見事な成長を遂げている。
カサ、カサカサ……。
息を整えながら寝転がっていると、すぐ隣で乾いた音がした。
ビクッとして構えると、そこには、全身のクチクラを分厚いワックス層でテカテカにコーティングした、三十センチほどの『原始サソリ(パレオフォヌス)』が満身創痍で倒れ込んでいた。
は!? お前も生き残ったの!?
私たちみたいな脳筋・超回復ゴリ押しルートじゃなくて、水分の蒸発を完全に防ぐ「防水ワックス・ガン盾引きこもりビルド」で、乾燥と重力の地獄をギリギリ耐え抜いた生存者ってわけね。
私たちと原始サソリは、無言で視線を交わす。「お前も、別の理屈で生き残ったんだな」と、種族を越えた謎の戦友感が、確かにそこにあった。やるじゃん、お互いに。
さて、休む暇もない。新しい世界(巨大シダの腐海)へ出発するか。
そう思って立ち上がった直前。私はふと、眼下の泥地を振り返って――ピタリと動きを止めた。
そこにあるのは。
干上がった泥濘の真ん中で、完全に大崩落した『玄武岩のクレバス(第二のマイホーム)』の痛ましい残骸だった。
砕け散ったバイオセメントの鎧戸。
ひしゃげたアミノ酸ドリンクバーのスリット。
そして瓦礫の下では、パステルブルーの発光バクテリアのネオンが、断線しかけてチカチカと儚く明滅している。
微弱電流を通して、超回復ベッドにして。
石コップで美味しいドリンクを乾杯して。
沸騰する茹で釜の地獄を、三十センチの身体を寄せ合って一緒に耐え抜いた、私たちの愛おしいお城。
でも。崩れ去ったあの狭く優しいクレバスの隙間には、もう物理的に戻ることはできないのだ。
『( ; ▼ ; )きゅ、きゅぅ……?』
ピカちゃんも小さなお家を見つめ、つぶらなおめめから、ポロポロと涙をこぼした。
戻れないんじゃないよ、ピカちゃん。
私たちは、あのおうちがあったから、ここまで大きくなって、並んで崖を登れるようになったの。
泣きそうになるのを堪えながら、私は涙ぐむ相棒の頭を、新しく分厚くなった前脚で優しく撫でる。
だから、旅立つ前に。ありがとうの証を残そっか☆
私は、崖の上の硬い岩盤に、バイオセメントを少しだけ吐き出した。そして、激闘と超回復の末に太く強靭になった私の『前脚の手形』を、ぺたっと押し当てる。
ピカちゃんも、おててをぺたってして☆
『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅーっ!☆』
ピカちゃんは涙を拭うように嬉しそうに鳴くと、たくましく成長した前肢を力強く動かした。
そして、私の手形のすぐ隣に。絶望の重力を登りきった、誇り高き『おてて(肉鰭脚)の手形』を、ぺたっと並べて押し当てた。
淡いネオンに照らされた岩壁に、並んで刻まれた、二人の手形のメモリアル。
マジで胸がいっぱいになる。
私たちは、眼下の愛おしい我が家に心からの感謝を伝え。
ファイト一発で握り合ったおててで、しっかりとパス(絆)を繋いだまま、未知なる緑の匂いが立ち込める「巨大シダの腐海」へと、力強く新たな歩みを進めるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
過酷な1G重力の急崖を、おててを繋いで登りきった二人。
崩落して二度と戻れなくなった思い出の小さなおうちに感謝を込め、並べて刻んだ「涙の手形メモリアル」。
ここに、長く過酷だった「汽水域・泥底這行編」が完結し、物語はいよいよ新天地の「巨大シダの腐海編」へと突入します!
「水中編、素晴らしい集大成だった!」「おててを繋いで上陸した二人の旅路を、これからも見守りたい!」と思ってくださった方は、
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