第28話 ダーウィン先生ごめんなさい! 絶体絶命で強制シンカしましたっ☆
び、びりっ……!?
あかん、背中からビリビリと不快な電流が流れ込んでくるんですけどォォ!?
シドネイア形態(体長二十センチ)の重戦車ボディで泥底を爆走していたら、背中にピトッとくっつけているピカちゃんが小刻みに痙攣していて、こっちまで身悶えしちゃう。
分厚いキチン質(絶縁体)の脚で泥を踏んでいる私にはわからなかったけど、生体センサーの塊なピカちゃんは、水中の異常な電磁場をいち早く察知してパニックを起こしているみたい。おまけに私たちを繋いでいる接着ゲルは、電気を通しまくる『親水性』だ。
濁った泥水の底。
無数の泥煙を巻き上げて、ピカちゃんを怯えさせている元凶が這い出てきやがった。
半透明の体節に、青白い電光を走らせた奇妙な虫――『古代放電ミミズ』だ。一匹の放電量は微弱でも、泥を埋め尽くす数万匹の群れが合流して、一帯が「ショートした配線板」みたいに青白いスパークに包まれている。
『( ・ ▼ ・ )きゅ、きゅいぃっ!?』
側線ソナーを狂わされたピカちゃんから、泣きそうな悲鳴が飛んできた。
よしよし、今お姉さまが完食してあげるからね!
……って、意気込んだ直後だった。
這い上がってきた数万匹のミミズが、いっせいに放電しやがった。
バチバチバチィィィッ!!!
自慢のシドネイアの物理装甲も、関節の隙間から這い込んでくる高圧電流の前じゃ、ただの棺桶じゃんか!
私が纏っている親水性ゲルが最悪の導線になって、逃げ場のない電流を内臓の奥まで引きずり込んでくる。強靭だったはずの重戦車ボディが、自分の意志と無関係に泥の上へ崩れ落ちた。
泥水が巻き上がって、視界の端でゆっくりと沈殿していくのが見えた。
嘘、動かない。
こんな極小サイズの群れに質量プレスは当たらないし、薄い皮膜を作ったところで絶縁破壊で焼き切られる。電気を岩盤へ逃がすための長い杭なんて、今のずんぐりした体にはない。
思考のスピードだけが空回りして、やがてそれも熱に溶けていく。
どうしよう。二人とも、ここで死ぬの?
『ダーウィン先生……』
暗い水底で、私は偉大な進化論の提唱者に祈った。
過酷な環境に適応した者だけが生き残る。もし、この誇り高き鎧がここでは『死』を意味するっていうなら――生き残るために、すべて脱ぎ捨てるしかない!
体内の余剰カルシウムと魔力に、命の炎として全開で点火する。
絶体絶命の環境圧が幹細胞のリミッターを強制的にぶち破り、この雷の海を生き延びるための次なる姿へ――!
大脱皮、開始。
まばゆい光と一緒に重い甲殻を吹き飛ばして、キノン架橋プロセスで新しい外殻を一瞬で急速硬化させる。
泥煙の中から姿を現したのは、ダークブルーの頭胸甲に、オールみたいな巨大な遊泳脚。そして、尾部の先端に鋭く突き立った一本の強靭な『尾剣』。
――【ユーリプテルス(ウミサソリ)形態(体長30センチ)】!!
荒れていた水流が収まった。滑らかな外殻を、冷たい水が撫でていく。
痛みが、消えている。
キ、キタァァァーッ!!
古生代における最強の覇者ルート、ウミサソリへの大進化キタコレ!! 限界理系オタクとしての興奮で、新しい外殻がさらにカッチカチに硬化しそうなんですけどォォ!!
……コホン。いかんいかん、今はまだ絶体絶命のピンチだった。
それじゃあ、手に入れたこの適応ボディで、物理極限の電気デバッグを開始しちゃいますか!
ミミズたちが再び一斉に放電を放ってくる。
だけど。そんなの……。
――【生体避雷針】!!!
私は進化した器官で電気を弾く『疎水性のシリコーン絶縁ゲル』を分泌して、ゴムシートみたいに全身をコーティング。
そして、手に入れたばかりの鋭い『尾剣』を、泥底の固い岩盤へと力任せに突き刺す!
ズガァァンッ!!
金属並みの導電性を持たせたこの尾剣こそが、最強の接地極。
全身への電撃はデリケートな神経索を完全に迂回して、尾剣を通してすべて泥底へとバイパスされていく。激しいスパークがチリチリと水泡になって霧散していった。
よし、完全無効だ! はい電撃カット完了!
……って、喜んでる場合じゃなかった!
『きゅ、ぅ……』
背中にくっついているピカちゃんが、ぐったりと力なく明滅している。
私がアースを完了させるまでに浴びた電流で、電気に敏感なピカちゃんの小さな体は、とっくに限界を超えちゃっていたのだ。
嘘でしょ。このままじゃ、またピカちゃんが死んじゃうじゃん! 私のバカバカバカ!
ショック状態の体を助けるには、肉体の構造そのものを強制アップデートして、生命力を底上げするしかない!
死なせない。絶対、私の子は死なせない……っ!
私は背中のピカちゃんに、ストックしておいた「オニイソメの硬い顎DNA」と特濃魔力を、蘇生の命綱として一気にダイレクト注入する。
お願い、お姉さまのカルシウム、受け取って!
『きゅ、きゅいぃぃぃーーーっ!!!☆』
まばゆい進化の光が炸裂して、光の霧が晴れたとき、そこには――。
体長【三十センチ】。
頭部が頑強なパステルブルーの『皮骨の兜』で覆われ、そのお口の奥に、金属すら噛み砕く最古の『硬い顎』を覚醒させた初期装甲魚の姿があった。
――【ピカちゃん:コッコステウス形態(体長30センチ)】!!!
『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅーっ!!』
ひゃわわわぁぁ!
ピカちゃん、ミニ・アイアン兜仕様でおマヌケ正面顔のまま最高に凛々しく大進化して完全復活しちゃってるんですけどォォォ!!
のたうち回る私をよそに、大進化したピカちゃんは鋭い顎をバキィ! と力強く打ち鳴らした。
うんっ! 初めての共同爆食いコンボ、いっちゃおう! ピカちゃん、いくよ!
ピカちゃんが兜で物理衝撃を受け止める「盾」になって、私が背後に張り付いて尾剣で電撃を完全シャットアウト。
そのまま「遊泳脚」をショベルカーみたいにピストン駆動させて、泥ごと豪快にミミズを巻き上げてピカちゃんの目の前へ打ち上げる。
ピカちゃんはそれを、進化した顎で容赦なくバキューム!
メキャッ! ゴリゴリゴリッ!!!
すさまじい力で、ミミズを次々と粉砕していく。
『( ・ ▼ ・ )きゅー♪』
(ゴハン、バリバリ、タベラレタ! オネエサマト、イッショニ、バリバリ、オイシイネ!)
ピカちゃんが私と並んで、たくましく獲物を咀嚼している。
だめだ、母性が溢れて泥が全部アミノ酸に量子化されそう!!
私も負けじと、ウミサソリの口元の鋏角と歩脚でミミズを次々と捕らえ、バリバリと容赦なく噛み砕いていく。数万匹の放電ミミズはみるみるうちに私たちの血肉となった。
群れを完全に平らげた私たちは、ぷはぁっとお互いに満足げな息を吐いた。
青白いスパークが消えた泥底には、いつもの暗く静かな海が戻ってきている。あんなに恐ろしかった放電ミミズも、今となってはお腹の中だ。
私たちは周囲を探索し、泥から見つけた『銅イオン粘土』をせっせと回収した。インフラ整備のための貴重な戦利品だ。
よし、お腹もいっぱいになったし、これを持っておうちに帰ろっか。
そう思って背を向けた、その瞬間だった。
ズズズズズズッ……!!
泥底全体が、地震のように重く揺れた。
振り返ると、私たちがさっきまでミミズを平らげていた泥の平原が、真っ二つに割れている。割れ目の奥から漏れ出す、青白い閃光。
そして、這い出てきたのは――。
『( ・ ▼ ・ )きゅ、きゅわぁぁっ!?』
泥を割って現れたのは、全長およそ『三メートル』。
丸太のように太い体節の隙間から、バチバチと極太のプラズマを漏らしている巨大な放電ミミズ(親玉)だった。
体長三十センチの私たちからすれば、十倍のサイズ差だ。人間で言えば、見上げるような大蛇(全長十七メートル)に遭遇したのと同じ、絶対的な絶望である。
嘘でしょ!? 雑魚の群れを倒したらボスが出てくるって、どこの王道RPGだよ!
いくらウミサソリに進化したとはいえ、あんな高電圧の丸太に正面から突っ込んだら、アースする前に即死(黒焦げ)確定だ。勝てるかあんなもん!
私は前脚に粘土をしっかりと抱え込んだ。
ピカちゃん、しっかり掴まってて! 全速力で逃げるよ!
ボートのオールのような巨大な「遊泳脚」を、全力で振り下ろす。
ビュンッ! と、流線型のウミサソリボディが水を切り裂き、弾丸のようなスピードで加速した。
背後で親玉ミミズが怒り狂ったように極太の雷撃を放ってくるが、水流の抵抗を無視した私の爆速ターンには掠りもしない。心地よいほどのスピードで暗い海を一直線に逃げ切り、私たちは大慌てでクレバスの我が家へと――。
ガゴンッ!!
『( ・ ▼ ・ )きゅぎゅっ!?』
痛ぁっ!?
勢いよく飛び込もうとした瞬間、私たちは入り口の岩壁に見事につっかえてしまった。
……あ、そうだ。私たち、さっきの戦いで体長三十センチに大進化してたんだった! 高さ十センチの極小クレバスに入れるわけがない!
ヤバいヤバいヤバい! 後ろからあの高電圧丸太(親玉)が追ってきてるかもしれないのに!
私はウミサソリの強靭な脚と鋏角をショベルカーのように振るい、ピカちゃんは新しく獲得した『硬い顎』で入り口の岩盤をバキバキと容赦なく粉砕する。
邪魔な壁と天井を二人で大慌てで削り落とし、高さ六十センチの『拡張仕様』へと拠点を強制リフォーム!
どうにか広げた空間へと滑り込み、背後の岩穴が静かなことを確認して、ようやく泥の上にへたり込む。
はぁ、はぁ……っ、死ぬかと思った……っ。
大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻したところで、今回の戦利品を整理しよう。
得たものは大きく三つ。
一つ目は、ミミズを完食してインストールされた『直列発電器官』。ただ、ウミサソリ形態の私が外に放てるのは、静電気に毛が生えた程度の『微弱な電流』だけ。武器としては使い物にならない。
二つ目は、海水を完全に弾く最強の絶縁体『疎水性のシリコーン絶縁ゲル』。
そして三つ目が、持ち帰ってきた天然の蓄電池『銅イオン粘土』だ。
……ピーンと来た。
武器にならない微弱電流? いや、逆に考えるんだ。
人間のスポーツ医療やエステで使われる『低周波治療』には、それくらいの極めて弱い電流こそがベストなのだと!
コホン。
まずは『銅イオン粘土』を私たちのゲルベッドにたっぷりと練り込み、外側を『疎水性のシリコーン絶縁ゲル』ですっぽりとコーティングする。これで周囲の海水への漏電は完全シャットアウトだ。
最後に、私の体内で発電した微弱な電気を――ベッドの粘土に向かって直接流し込む!
電気を蓄えた銅イオン粘土から、ベッドの内側にだけ、生体電流に近い微弱な電流がじんわりと流れ続ける仕組みだ。これが細胞内のATP(活動エネルギー)の合成を促し、自己治癒力を爆上がりさせる。
私が寝る前にちょっと充電してやるだけで、ピカちゃんの体力が細胞レベルでゴリゴリ回復していく『超回復マッサージベッド』の完成だ!
うん、私めっちゃえらい!
『( ・ ▼ ・ )きゅ、きゅいきゅーっ♪』
嬉しそうに明滅するピカちゃんを抱きしめながら、私はふぅっと深く息を吐いた。
よし、インフラもバッチリだ。
次なる原生捕食者が待つ過酷な深淵へ、いっちょ爆走を開始しますか!




