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第26話 夢とフルーツ牛乳。そして、推しと栄養交歓キタコレ!

 しんと静まり返った、暗黒のクレバス(岩の裂け目)の中。


 入り口は私の体で完全に塞いだ即席の密室シェルター

 その闇の中で、私はピクリとも動かずに横たわっていた。


 ATPエネルギーも魔力も、最後の一滴までピカちゃんへ送電し尽くした。

 全身を飾っていたパステルブルーのネオンは消え、私の脳は熱を失い、深い眠りに落ちていた。


 夢を見た。

 それは、私の前世の記憶でもなければ、この過酷な世界を這行してきた記憶でもなかった。


 ――まったく記憶にない。

 けれど狂おしいほどに切なくて涙が出た。

 胸が苦しくなった。

 また会いたい。


 そんな、温かい未来、あるいは別世界線の話。

 いや、これはただの夢だ。

 夢を見る時、それが夢だとなぜだか分かってしまう。

 どんなにリアルな夢でも、それはやっぱり夢なのだ。

 昔見たドラマとかアニメとか漫画とか小説とか、人間の脳は結構忘れずに覚えているらしい。

 それがきっと夢になっているんだ。


 優雅な馬車が揺れる。

 その木造の柔らかな温もりの中。

 私はなぜか見知らぬ人間の美少女になっていた。自分で言うのもなんだけど、超絶エグカワ。けれど中身の意識は間違いなく『しがない理系JK』の私のままだった。

 夕暮れに染まる街道をのんびりと旅していた。


 隣には、おばあちゃんがいた。

 けれどあの頃と変わらない、世界一優しい笑顔を浮かべて座っている。


 おばあちゃんは私の頭の上の奇妙なエビのお人形を愛おしそうに優しく撫でながら、「フルーツ牛乳」のガラス瓶を取り出した。


『ほら、半分こ。夕飯までまだ少しあるから、小腹が空いちゃったでしょ?』


『ありがと! ……んーっ、ヤバ、甘くてめっちゃあったかい。五臓六腑に沁みるー。マジで生き返るわぁ』


 私がコップを受け取って笑うと、おばあちゃんはふふっと目を細めて、愛おしそうに微笑んだ。


『ふふっ、大げさねぇ。……アノマロちゃん! 今日も美味しいご飯、いっぱい食べられたね』


『うんっ! あの屋台の串焼き、マジで神だった! 明日はもっと美味しいもの、見つけに行こっか。【E0-#C】と一緒に食べるご飯が、世界で一番美味しいからさ』


『そうだねぇ。アノマロちゃんと一緒にいると、ただのパンやスープでも、特別なおごちそうになっちゃうから不思議ね。……明日も、明後日も、ずっと一緒に美味しいものを食べようね』


 夕日のオレンジ色に照らされた馬車の中。

 そんな何気ない会話のキャッチボール。

 言葉にできないほど幸せで、喉がゴロゴロ鳴るほど暖かくて、なのに、胸の奥が張り裂けそうに切ない夕暮れの寂しさが胸を満たす。

 人間の寿命は私たちと比べて短い。

 遠くない未来、この優しいおばあちゃんを静かに看取らなければいけないと思うと、種の寿命の非情さを感じた。


 ――私は、この温もりを知っている。

 ――私は、この笑顔を知っている。

 ――私は、この落ち着く声を知っている。


 絶対に守り抜きたい。

 そして、この約束を絶対に果たすんだ。

 いつか出会う、私の一番大切な【E0-#C】と、また笑い合うために。


 少しずつ、私の温度が上がっていく……。


「きゅ……、きゅぃ……?」


 ピカちゃんが、そっと目を覚ました。

 オニイソメに無惨に砕かれたはずの装甲は完璧に修復され、頭には粉砕した魔石が『DNAギプス』としてがっちりと馴染んでいる。


 痛みはない。それどころか、かつてないほどの生命力で満たされている。


 ――けれど。


「きゅ、きゅぅぅ……!?」


 おんぶベッド(私の背中)の上で、ピカちゃんはすぐに異変に気づいた。

 どうして?! どうして?!

 足元から何も伝わってこない。凍りつくような沈黙。


「きゅ、きゅいぃぃぃ……っ!!」


 ピカちゃんの丸いお口から、悲痛な声が漏れた。

 つぶらなおめめから、綺麗な雫がポロポロと泥の上にこぼれ落ちていく。


 冷たくなっちゃった。

 なんで?! なんで?!


 その瞬間。私とうっすらと繋がっているパスが、パチパチと青白い熱を帯びてスパークした。


 ドクン!!!


 先ほどの緊急オペで私が移植した【全能性幹細胞】が、ピカちゃんの感情の臨界点に呼応し、自力で未知なる『生体ロジック』を構築したのだ。


「きゅいぃぃーーーーっっ!!!」


 ピカちゃんはおてて(肉鰭)で私のキチン質の殻をぎゅっと握りしめ、丸いお口を冷たいおでこにピトッと押し当てた。

 次の瞬間、暗黒のクレバスが、優しいパステルブルーの光で満たされる。


 ヒール(生体輸液)――!!


 ピカちゃんの身体から、極限まで濃縮された温かい高エネルギー代謝液グルコースが、パスを逆流して私へとダイレクトに点滴されていく。


 じわぁぁぁぁぁっ……。


「……ん、んぅぅ……?」


 冷たかった私のキチン質繊維の隙間が、とんでもなくぽかぽかした優しいぬくもりで満たされていく。

 複眼を開くと、涙で顔をくしゃくしゃにしたピカちゃんがドアップで映り込んだ。


 めっちゃ可愛いんですけど。

 ……って、んん?!

 ピ、ピカちゃん……!? 泣かないで……って、あれ!? 私、動ける!? しかも魔力が満ち満ちて超元気なんですけどぉぉ!?


「きゅ、きゅいぃぃぃーーーーっっ!!!☆」


 ピカちゃんが嬉しさのあまり、私の頭部にぎゅぅぅっとしがみついてくる。


 待って……これ、私が注いだ命に反応して、ピカちゃんが自力で『他者治癒ヒール』の適性を目覚めさせて、私にエネルギーを逆流させてくれたってこと!? 天才かよ!!


 お互いがお互いに命を分け合って守り、癒やし合う。

 しばらく頬ずりし合い、お互いの完全復活を喜び合った私たち。

 なんかよく分からないけど、お互い無事で安心したー。


 ……と、感動に浸りかけたその時。


 ギュルルルルルルゥゥゥゥッッ!!


 私とピカちゃんのお腹の虫が、限界を訴えて大合唱を響かせた。

 超高速再生と魔力送電はとてつもないカロリーを消費するのだ。

 お腹減ったー。


 よし、ピカちゃん! 美味しいご飯にしよっか。

 とはいえ、今食べられるものはー。


 私は、隙間(大付属肢)にキープしておいた、オニイソメの「アゴ肉の破片」を引っ張り出した。

 これ、半分こしよっか☆


 だけど、無顎類のピカちゃんはこの硬い肉を噛みちぎれない。

 私は肉を自分の口器へ放り込み、体内でアミノ酸やカルシウム因子とブレンド。体外消化によって「超濃厚な特製生体栄養スープ」へと液化させた。


 さあ、ピカちゃん。お口あーんして。


 私はピカちゃんの丸いお口に、自分の口器ノズルをそっと近づけた。

 そのまま、チュッ、と優しく口づけするように密着させて、栄養たっぷりの特製スープを直接、口移しで流し込んでいく。


 って、ええええええ!?

 これ、完全に口移し(栄養交歓)じゃん!!

 鳥のヒナへの給餌とか、ミツバチのトロファラキシスとか、生物学的には立派な生存戦略の基本行動なんだけど……っ!

 でも、推しとゼロ距離で口移しとか、私の限界オタク精神が尊さで爆発しそうなんですけど!!


「きゅ、きゅぅぅうう……♪」


 ピカちゃんは嬉しそうにお口をカポカポさせながら、私の口器からダイレクトにエキスをグングンと飲み込んでいく。

 私も残った肉を高効率ドレイン捕食した。


 ピカちゃん、お腹いっぱいになった?


「( ‐ ▼ ‐ )きゅーっ♪」


 満腹になってご機嫌に尾鰭を揺らす推しを眺めながら、私は密室の中でひと息ついた。

 さーて、これからどうしよっかなー?

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