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第23話 一寸先は闇とかマジ無理! 推しは『バイオケミストリー』で導くんですけど☆

 うっわ、まーじで一寸先が闇なんですけど……!


 板皮類の魔物ボトリオレピスとの泥底死闘を制し、ピカちゃんに極上のカルシウムと皮骨DNAを分け与えたのも束の間。

 干潟を抜けて再び水没エリアへと入った私たちの前に現れたのは、光の届かない玄武岩の巨大な海底クラック――『暗黒の水中洞窟』だった。上空からの微かな地熱の明かりすら完全に遮断され、周囲は水流の動きすら凍りつくような漆黒の闇に包まれている。


『( ・ ▼ ・ )……』


 水中に戻ったことで生体バブルを解除し、水底をお腹でスイスイと泳ぎ進む十センチのピカちゃん。その広い背中の上で、五センチの私は歩脚と左アームを器用に絡ませて、落っこちないようにがっちりとホールドしていた。

 すると突然、ピカちゃんが見たこともないほど怯えた様子でブルブルと身を震わせた。


『きゅ、きゅぅぅ……!』


 それと同時に、ピカちゃんは湿った玄武岩の床にペタッと体を伏せて動かなくなってしまった。


 あ、あかん……!

 ハイコウイクティスからサカバンバスピスに進化したピカちゃん。つぶらな二つの瞳が正面を向いて「おマヌケ正面顔」のアイドルフォルムになったのはいいけれど、その視覚システムは、地球の生命史の通りならまだ非常に原始的だ。

 基本的には「光の明暗」や「ぼんやりとした影」を感知する程度のセンサーであり、高度な脳内画像処理機能はまだ備わっていない。つまりピカちゃんにとって、一筋の光もないこの漆黒の洞窟は、「世界のすべてが消滅した、終わりのない虚無」に他ならないのだ。


 そりゃあ、生まれたての脊椎動物の赤ちゃんが、こんな密閉された暗黒空間に放り込まれたらパニックにもなるよね。


 よしよし、大丈夫だよピカちゃん。お姉さまがここにいるからね。


 私はレアンコイリアの頭部にある複眼をぎらりと明滅させた。

 確かにこの暗闇でも、ピカちゃんの発達した「側線ソナー」と私の「超高感度センサー剛毛」をリンクさせた生体HUDを起動すれば、周囲の地形はワイヤーフレームのホログラムとして私の脳内にバッチリ透過マッピングされている。だから、移動すること自体は一ミリも問題ない。


 だけど。

 ワイヤーフレームは私の脳内にしか見えないし、何より「ただ進める」だけじゃ、ピカちゃんの恐怖を拭ってあげることはできない。

 せっかくお掃除ハックで絆を深めたんだから、もっとこう、視覚的にも精神的にも「QOL(生活の質)とロマンチック」を爆上げして、ピカちゃんを安心させてあげたいじゃん!


 暗闇で前が見えないなら……私自身が、ピカちゃんの『ヘッドライト』になればいいじゃない!

 生体力学の次は、生化学(バイオケミストリー)ハックのお時間だよっ!


 私はピカちゃんの背中から、玄武岩の岩肌を右の鞭状アーム(大付属肢)で探り、そこに付着している、青白くかすかに明滅する有機物のコロニーをスキャンした。


 ――いたッ!

 洞窟の火山灰堆積物にひっそりと群生する、異世界の『海洋性発光バクテリア』だ!

 地球で言えば、深海魚の提灯(発光器)やホタルイカの体表に共生して光を放つ、発光バクテリアのファンタジー魔変異種。彼らは細胞の内部に、発光物質『ルシフェリン』と、それを酸化させて光を生み出す酵素『ルシフェラーゼ』をたっぷりと蓄えている。


 これ、天然の冷光LEDじゃん!

 ちょっとDNAと発光酵素、お持ち帰り(インストール)させてもらうねっ!


 私は岩肌に近づき、右アームの鞭でバクテリアのコロニーをこそぎ取ると、腹側の口器からチュルッと吸引・捕食した。

 私の体内化学プラントへと送り込まれたバクテリアのDNAが、瞬時に水平伝播ハックによってシステムに統合されていく。


『獲得DNA:発光バクテリアの「ルシフェリン・ルシフェラーゼ生体発光システム」を解析。発光器官の構築を承認』


 よーし、体内のATPと魔力を化学エネルギーに変換して、一気に過給(オーバードライブ)しちゃうよ!


 私は自身のキチン質装甲の表面にある微細な孔(ポア)から、合成したルシフェリンと酸化酵素ルシフェラーゼを一斉に分泌。そこに体内の豊富な魔力と酸素を触媒として流し込み、熱を持たない高効率な生化学発光(バイオルミネッセンス)を引き起こした。


 ジワァァァァァッッッ!!!


 次の瞬間。

 漆黒に包まれていた玄武岩の水中洞窟が、息を呑むほどに美しく幻想的な「パステルブルーの光」によって優しく照らし出された。

 私の【五センチのレアンコイリア】の全身、幾何学的な体節装甲の継ぎ目という継ぎ目から、まるでカスタムスポーツカーのアンダーネオンのような、澄み切ったシアンブルーの光がまばゆく溢れ出したのだ。


 光が玄武岩の壁に反射し、水流の揺らぎを写し取ってキラキラと揺らめいている。暗黒のデス・ダンジョンの洞窟が、一瞬にして幻想的な『ナイト・アクアリウム』のロマンチック・シアターへと変貌した瞬間だった。


『きゅ、きゅい……っ!?☆』


 ピカちゃんの背中の上にちょこんと乗った、五センチのお姉さま(ゲーミング・ルームライト仕様)。

 お姉さま自身がヘッドライトとなって発光したことで、ピカちゃんの頭上からパステルブルーの優しい光が降り注いだのだ。


 ピカちゃんが、ハッとつぶらなおめめを見開いた。

 自分の背中からネオンを放ち、暗闇の恐怖を優しく、そして圧倒的にカッコよく払いのける私(お姉さま)の光。


『きゅきゅう……っ!』


 ピカちゃんは嬉しそうに尾ビレをパタパタとくねらせ、岩盤の上でくるくると体を揺らしながら喜びを表現している。その半透明の身体の中央を走る一本の脊索が、私から放たれるシアンブルーの光に共鳴するように、同じ色で美しく「パチパチ」と明滅し始めた。


『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅーっ☆』


 あ、あかん……ピカちゃん、かわええのう。


 私はピカちゃんの広い背中の上で歩脚をわきわきと悶えさせる。

 そして、しがみついている左アームの鞭先を、ピカちゃんの丸くてぷにぷにした正面顔のほっぺたへとスルリと滑り込ませ、「つんつん、ぷにぷに」と優しく直接撫で回した。

 干潟を抜けて完全に水中へ戻り、生体バブルを解除したおかげで、このおモチみたいな柔らかさがダイレクトに伝わってくるんですけどぉぉ!!


 ふふん、お姉さまのネオンサイン、気に入ってくれたみたいで良かった♡

 この冷光システム、ATPと魔力を燃やしてるから燃費はちょっとアレだけど、ピカちゃんのその笑顔(バフ)があれば、お姉さま無限に発電できちゃうからねっ!


 これぞ、地球四億年の生化学が生んだ、最強に美しすぎる「道標」!

 甘ったれた暗闇の恐怖なんて、私たちの輝きの前じゃ、ただのライトアップの引き立て役にすぎないんだからねっ☆


 ――しかし、光あるところには、必ずその輝きに引き寄せられる『影』がいる。

 暗黒の洞窟で眩いネオンを灯すということが、生態系において何を意味するのか――この世界はいつだって、冷酷な自然淘汰を求めているのだった。

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