第22話 まさかの進化結果で草。絶望の泥底は『超発想』で駆け抜ける!
お、重い……!
重い!
重い!
重い!
オモイ!
おもいよーーー!
重すぎる!
自重の数十倍とか物理的に詰んでるんですけどぉぉォォォッッ!!!?
泥地の上に這いつくばったまま、私は心の中で悲鳴を上げていた。
体長十五センチのエルラシア形態(三葉虫型)の這行脚(脚)は、底なしの火山灰粘土粒子を掴みきれず、虚しく空回りするだけ。
それもそのはず。
私の背中にそびえ立つのは、十センチに急成長したピカちゃんを安全に格納するために急造した、水分と酸素がみっちり詰まったカタツムリ型の球体水槽――『生体バブル・キャリア』だ。
水の質量は一立方センチメートルあたり一グラム。
この容積を維持したゲルのドームは、中の水だけでも数キログラム。
つまり、私の現在の自重の【数十倍】という極悪な過負荷に達していた。
『( ・ ▼ ・ )きゅい?』
透明なバブルの中で、正面顔が最高におマヌケで可愛いサカバンバスピス形態のピカちゃんが、つぶらなおめめをパチパチさせながら呑気に尾鰭を振っている。
うぅ、可愛い、超可愛い。
ピカちゃんのその無垢な応援だけで、私は頑張れる!
だけど、物理力学の法則はいつだって冷酷だ。
一歩も前に進めない。
それどころか、背負った水の質量のせいで、泥の中へとズブズブと「垂直沈下」していっている。
その時だった。
泥水の奥底から、ゾワリと這い寄る『死の匂い』――そして急激な魔力圧の変動を感知した。
ドボォッ!!!
泥底が爆発したかのように弾け飛び、濁った泥水の中から、巨大な『鋼鉄の兜』が文字通り急浮上してきた。
それは、頭部から胸部にかけてが、まるで中世の騎士の兜のように頑強で幾何学的な『皮骨装甲』で覆われた、体長三十センチ級の原始的な甲皮魚。
――板皮類の魔物、ボトリオレピスだ!
『ジ、ジュゴォォォッッ!!!』
ボトリオレピスは、泥底から不意打ちの這行プレスを仕掛けてきた。
狙いは、身動きが取れず泥に沈没しかけている、最高に美味しそうなパステルカラーの三葉虫(私)と、その背中の極上ゼリー(ピカちゃん)。
鋭い骨格質の顎が、私の這行肢を噛み砕こうと、泥水を掻き分けて猛スピードで迫り来る。
ひゃいっ!?
泥底の出待ちアンチ、登場早すぎだし!
しかも体長三十センチとか、今の私の二倍サイズじゃんッ!!
このままでは、噛み砕かれる。
丸まって耐える『三葉虫ロール』を使えば、ピカちゃんは守れる。
だけど、背中のバブル・キャリアが衝撃で破裂し、水が失われれば、陸上這行能力ゼロのピカちゃんは干からびて死んでしまう。
動けない。守れない。戦えない。
そんな三重苦のデッドエンドの深淵で、私の理系JK脳が、怒涛の速度で『生存への青写真』を弾き出した。
――足りない。
今の私には、この水の質量を支え、敵を蹂躙するための【強靭な外骨格】と【サイズ】が、物理的に圧倒的に足りないッ!
だったら、やることは一つでしょ!
細胞内ATP、一斉点火!
進化の臨界エネルギー、強制突破アァァァッッ!!!
ヒドラから簒奪し、体内に蓄積していた不老不死の全能性幹細胞の『細胞記憶』を一気に解放する。
ドクン!と私の神経系が熱く脈動する。
エルラシアの十五センチの身体が、内側から溢れ出す圧倒的な生命エネルギーによってピキピキと割れ始めた。
脱皮だ。
まばゆい進化の光が泥水の暗闇を真っ白に染め上げ、私の身体は、光の中で急激にその質量を膨らませていく。
十五センチ。二十センチ。
そして、一気に対数スケールを飛び越え、体長【三十センチ】へと急成長を遂げる!
よーし、来た来た!
敵と同じ三十センチ級の超大型進化!
これで物理で殴り合える!!
だが、ここで節足動物の宿命が牙をむく。
脱皮直後の外骨格は、フニャフニャのソフトシェル(軟甲期)状態。通常なら、硬化するまで数時間はまともに動くことすらできない死の罠だ。
そんなの、在来種ののんびりした進化論のルールでしょ!
こちとら理系JKの超化学プラント搭載してるんだわ!
生化学ハック、起動!
【超高速『キノン架橋』】!!!
私は脱皮した瞬間に、外骨格の主成分であるキチン質とタンパク質に対して、硬化反応を極限まで加速させる酸化酵素を体表へ一斉に超高圧射出!
タンパク質同士をフェノール化合物で瞬時に結合させ、ナノ秒単位で強固な立体網目構造(キノン架橋)を分子レベルで完成させる。
キィィィィィンッッ!!!
脱皮の光の霧が晴れた瞬間、私の新しい外骨格は、すでにチタン並みの硬度を誇る『キチン質マルチシールド装甲』として急速硬化・完全武装を完了していた!
『( ・ ▼ ・ )きゅいっ!?☆』
バブルの中で目を丸くするピカちゃん。
光の奥から姿を現したのは、頭部から信じられないほど長く、しなやかに突き出した左右一対の鞭状の大付属肢。
そして頭部の前方に上向きにちょこんと飛び出した、愛らしい一対の複眼を持つ、奇妙な節足動物――。
【第4次進化:レアンコイリア形態(体長5cm)】!!
……って、ええええええええええええッッ!?!?!?!?!?!
ホントに縮んで五センチになっちゃったんですけどォォォォッッ!!!!
まさかのダウンサイズ進化!
驚愕する私。
いやたしかに、さっきは「五センチに縮んで逆おんぶ」って言ったよ!?
でも三十センチのバケモノ出てきたから、さっき三十センチ級にアップサイズしようと方針転換したじゃん!
なんで巨大化の激アツ演出が入ったのに、結局最初の注文通りのサイズ(五センチ)が出てくんのよ!!
クソゲーのすり抜けガチャか!!
しかし、自重制限オーバーで泥に沈没しかけていた私の身体は、五センチに軽量化した瞬間に過負荷から完全に解放された!
そう、数キログラムあった生体バブルドームは消えていない。
私自身が五センチに縮み、ピカちゃんを包むバブルの中に『コロンッ』と入り込んでしまったことで、質量を背負う必要がなくなったのだ!
そして――!
『( ・ ▼ ・ )きゅいーっ!?☆』
バブルの中で、十センチのぷにぷにサカバンバスピスのピカちゃんが、発達した尾鰭をパタパタさせながら、そのおマヌケ正面顔を輝かせる。
そして私の五センチのレアンコイリアボディを、その背中に「ずるんっ」と乗せた!
私は、すかさず左右一対のしなやかな大付属肢を駆動!
左アーム、ホールド・オン!
ピカちゃん専用シートベルトォォッ!!
左側の大付属肢を、十センチのピカちゃんの丸いボディにぐるりと回してがっちりとホールド(抱きつき)。
お姉さま(五センチ)が、大きくなったピカちゃん(十センチ)にギュッとしがみついて守られる!
悶絶必至の『アーリー立場逆転おんぶ』がバブルの内部で完璧に起動した!
『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅーっ!☆』
ピカちゃんは大喜びで、十センチのサカバンバスピスボディをスイスイと水槽の中でくねらせる。
すると、内側からの強力な推進力によって、外側が超低摩擦の生体バブルごと、泥の上を『ハムスターボール』のように爆走し始めたのだ!
おんぶされる側とする側が完全に逆転した、完璧なロジック!
ワンチャン逃げる!?
いやダメだ。ハムスターボールの推進力じゃ、三十センチの大型魚の巡航速度には絶対に勝てない。
背後を見せたら一瞬でバブルごと丸呑みにされる!
よーし、お姉さまの無双ライブ、最前列(ピカちゃんの頭の上)でじっくり見ててね!
右アーム、迎撃態勢!
ピカちゃんの頭の上から、フリーになった私の右側の大付属肢を、バブルの膜を透過して前方のボトリオレピス(三十センチ)に向けてピシィッと構える。
ボトリオレピスは、獲物がただ者ではないと察知し、再び周囲の火山灰粘土の泥の中へと潜り込んで姿を消した。
泥水の濁度は限界突破、肉眼(複眼)での視界は完全にゼロだ。
泥に隠れれば逃げられると思った?
私とピカちゃんは、繋がってるんだから!
感覚共有、起動ォォォッッ!!!
バブルの中のピカちゃんが放つ、最古の超感覚器官『側線ソナー』が捉えた周囲の水流の動きが、パスを介して私の脳へダイレクトに流れ込む。
それが私のレアンコイリアのアーム先端に生えた超高感度センサー剛毛が拾う泥の微細振動と、私の脳内で完全に統合される。
私の複眼の視界に、泥水を完璧に透過した、立体的で美しい三次元の生体マッピングが浮かび上がった。
視界不良の泥底が、サーモグラフィーのように丸見えだ。
ボトリオレピスの骨格、移動ベクトル。
そして頭部のすぐ側面でひくひくと動いている、泥まみれの「エラ呼吸用呼吸孔」の位置が、明確な『急所』として私の脳内で赤くハイライトされる。
そこね。
泥底の待ち伏せアサシンさん。
……お食事の時間だよっ☆
私は背中のセグメントから、アシッドスライムから奪った「高効率保水ゲル」に、周囲の玄武岩火山灰粘土を極限配合した、超密着性・速乾性の『泥粘土ゲルペースト』を体内で瞬間調合。
だけど、水中では水の抵抗(抗力)が空気の八百倍。遠くから撃っても水圧で威力が殺されてしまう。
だから、限界まで引きつける!
ボトリオレピスが泥底を割り、強靭な顎を大きく開けて私たちのバブルに丸ごと噛み付こうと迫る。
今ッ!
私は右アームをギリギリまで突き出し、相手の頭の側面に急接近。
エラ呼吸のために呼吸孔がパカッと開いたその瞬間に、ゼロ距離でペーストをシューーーッと高圧射出!
水流の抵抗を無視した至近距離の粘土ゲルは、ボトリオレピスのエラ呼吸用呼吸孔に触れた瞬間、水分を吸収して一瞬でカチカチのバイオセメントとなって呼吸孔を完全にコーティング・目潰しロックした!
『ジ、ジュ、ゴッ!?!?(息が……息ができない!?)』
呼吸孔を完全にセメントで塞がれたボトリオレピスは、激しい呼吸困難に陥り、泥の中で暴れ狂う。
しかし、もがけばもがくほど泥粘土は強固に固まり、一切の溶存酸素を取り込めなくなった原始魚類は、血を流すこともなく、ただ静かに、大人しく泥底へと沈黙(窒息気絶)していった。
完全勝利。
流体力学と生化学の前に、小細工の擬態なんて無駄無駄ァ!
私はバブルから這い出し、十対の歩行脚で泥を力強く掴むと、気絶したボトリオレピスの肉を右アームの先端のハサミで優しくえぐり取った。
そして、おんぶゲルのバブルの中にいる、お腹を空かせたピカちゃんへと分配する。
はい、ピカちゃん!
この『皮骨装甲』の美味しいカルシウムと骨格DNAを、私の特製ゲルスープ経由でたっぷり吸収してねっ♡
『きゅ、きゅいぃぃーっ!☆』
ピカちゃんは大喜びで、削り取られたボトリオレピスの肉と魔力カルシウムをバキューム。
ボトリオレピスの強靭な「最古の鋼鉄兜(皮骨)」の設計図は、ピカちゃんの白紙の遺伝子(DNAライブラリ)へとバッチリと組み込まれていった。
『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅー♪』
お腹いっぱいになり、バブルの中で私の大付属肢にすり寄ってくるピカちゃん。
私は、五センチに縮んだレアンコイリア形態で、十センチの最愛のピカちゃんの背中にがっちりと「しがみつき(逆おんぶ)」したまま、スイスイ泳ぐおマヌケ正面顔のナビゲーターとして、濁った汽水域のさらなる奥地へと爆走を進めるのだった。
――このバディ(運命共同体)、控えめに言って、地球四億年レベルで最強なんですけどっ☆




