第21話 推しが大進化!……ってデカすぎて運べないんですけど!?
か、痒いっ!
関節がめちゃくちゃ痒いんですけどぉぉ!!
泥水をパシャパシャと跳ね上げながら、私は十五センチの身体をジタバタと悶えさせていた。
いや、聞いて。
言い訳させて。
三葉虫ってね、地球の古代の海で最も繁栄した完璧なキチン質のマルチシールド装甲を持っているの。
規則正しく並んだ美しいセグメント(節)は、丸まるだけであらゆる物理衝撃をいなす最強の物理障壁になる。
それはいい。
そこまでは大勝利。
だけど、その多重構造の鎧には、致命的な「生活上のバグ」が存在しているの。
それは――隙間にゴミがまーじで詰まりやすいこと!!
ここは汽水域の泥地。
ドロドロとした火山灰の粘土粒子や、細かなデトリタス(有機物の泥ゴミ)。
さらには「泥フジツボ」みたいな寄生汚れが、私の自慢の装甲の節と節のわずかな隙間に、這いずるたびに『みっちり』と挟まり込んでくるの!
人間で言えば、お気に入りの靴の中に砂利が大量に入り込んだ状態で、ずーーーっとフルマラソンをさせられているようなもの。
しかもキチン質だから、自分でそこをポリポリ掻く手足(大腕)がない!
関節の隙間が泥とフジツボの楔でロックされ、動くたびに「ひゃんっ!」って変なかゆみがニューロンを直撃する。
あー、もう!
爪楊枝!
誰か私の背中を爪楊枝でホジホジしてぇぇ!!
じたばたとのたうち回る私の頭部下――お腹側のひんやりと冷たいスライムゲルのコックピットの中。
パステルブルーの愛らしき相棒、ピカちゃんが、ぷにぷにと身をくねらせてお口をカポカポさせていた。
『きゅ、きゅぃ……』
あ、可愛い。
尊い。
そうだった。
いくら私の特製アミノ酸ゲルスープが栄養満点でも、やっぱりピカちゃんにはちゃんとした「ご飯」を食べさせてあげなきゃ、せっかくの進化の系統樹がストップしてしまう。
よしよし、ピカちゃん!
お姉さまが今、極上のビュッフェ(エサ場)を見つけてあげるからね!
私は痒みを必死に堪えながら、複眼をぎらりと明滅させ、周囲の泥底をスキャンした。
濁った泥水の中、魔力感知の網が、すぐ近くの玄武岩の岩肌に「パチパチ」と輝く高濃度のアミノ酸&光合成色素の反応を捉える。
――いたッ!
泥底にびっしりと自生する、エメラルドグリーンに発光する極小の単細胞藻類。
この汽水域に特有の、栄養と魔力をたっぷり含んだ『魔力珪藻』の群生地だ!
地球でも珪藻は「ガラスの殻(被殻)」を纏った美しきミクロの宝石だけど、この異世界の珪藻は、殻の内部にアミノ酸とカルシウム、そして魔力をこれでもかと蓄積している。
これ、まーじで珪藻おかわりビュッフェじゃん!
ピカちゃん、お食事の時間だよ!
私はセグメントを器用に緩め、保水ゲルのクッションと一緒に、ピカちゃんを玄武岩の珪藻畑の上にそっと降ろしてあげた。
おんぶベッドから転がり出たちびピカちゃんは、初めて見るエメラルドグリーンの光の畑に、つぶらなおめめをパチパチと輝かせている。
私はエルラシアの無数にある這行肢(脚)の先端をスコップのように使い、岩肌から珪藻の群生を優しく「削り取って」あげた。
削られた珪藻が、泥水の中にキラキラとグリーンの魔力粒子となって舞い散る。
はい、ピカちゃん!
この舞い散るアミノ酸の結晶を、ジュウジュウとバキューム(濾過摂食)しちゃって!
『きゅ、きゅいぃぃーっ!☆』
ピカちゃんは大喜びで尾鰭をくねらせ、舞い散る珪藻の魔力スープの中へと突っ込んだ。
顎のない丸いお口をカポカポと目にも留らぬ速さで開閉させ、珪藻を泥水ごとバキュームしていく。
ずずず、じゅるるるるるっ!!
そういえば、進化してハイコウイクティスになったから……ピカちゃんって呼ぶのは変?
でも、また進化するたびに名前変えるのもなー。
うん!
ピカちゃんはピカちゃんだよ!
『きゅいきゅーっ!』
うぅ、我が子が美味しそうに離乳食を啜っている姿、まじで聖母マリアの気分なんですけど……!
ピカちゃんが珪藻を吸い込むたび、半透明なパステルブルーの身体が、急速にエメラルドグリーンの魔力光を帯びて熱を帯びていく。
珪藻に含まれる高純度のカルシウムとシリカ、そして以前ボトリオレピスからハックしてストックしておいた「皮骨骨格の因子」。
それが彼女の脊索(背骨)と同調し、細胞分裂を爆発的に加速させていくのが、パスを通じてリアルタイムでスキャンできた。
キタキタキタァ!!
進化の臨界エネルギー、一気に突破じゃん!
まばゆいパステルブルーの光が、泥水の暗闇を美しく白く染め上げる。
光の中で、ピカちゃんの二・五センチの身体が、一気に【十センチ】へと急膨張を遂げた。
光が収まったとき、そこに現れたのは――。
ヒレが発達し、つぶらな二つの瞳が「正面」を向いた、ちょっとおマヌケで、信じられないほど愛くるしい最古の魚。
【サカバンバスピス形態(体長10cm)】
『( ・ ▼ ・ )きゅい?』
進化したピカちゃんは、そのおマヌケでキュートすぎる正面顔をカポカポと動かし、自分の新しくなった身体を不思議そうに見つめている。
ウロコはまだなく、お肌はぷにぷにのままで、顎も未完成なマスコット性を見事にキープしている。
ふ、ふえぇぇぇんっ!!
サカバンバスピス形態が、おマヌケ可愛すぎてのたうち回る私。
すると、ぷにぷにの十センチに大成長したピカちゃんは、私のただならぬ「関節の痒み(もだえ)」を、発達した側線ソナーとパスで察知したようだった。
え?
どしたの、ピカちゃっ――ひゃんっ!?
ピカちゃんは、私のエルラシア甲殻の、最も泥がみっちりと詰まっていた首元のセグメント(節)の隙間。
そこに、十センチのぷにぷにの頭から「ずるんっ」と器用に潜り込んできた。
そして、顎のない丸いお口をカポカポと動かし、隙間に挟まっていた火山灰の粘土ゴミや、くっついていた泥フジツボを、その柔らかいお口で優しく「ついばんで」吸い取り始めたのだ!
ちゅっ。じゅる。ちゅちゅっ。
あ、あはぁっ……!?
な、なにこれ、冷たくて、ぷにぷにしてて……っ、超きもちいい……っ!!
硬いキチン質の鎧の隙間を、ぷにぷに進化したピカちゃんが優しくお掃除してくれる。
まさに、極上の「生体ドクターフィッシュ・お掃除ハック」!!
関節に詰まっていたゴミが、ピカちゃんのお口の吸引力によって次々とスポンッ、スポンッと小気味よく吸い出される。
ガチガチだった私のエルラシア装甲の可動域が一気に解放されていく。
痒みが消え去り、極上の快感が全身のキチン質を駆け巡る。
ピカちゃん、ありがとね⭐︎
お肌ピカピカのフル可動仕様になったお姉さまに、もう一度おんぶされて!
次のエサ場へ……って、あれ?
お掃除を終えて満足げにカポカポしているピカちゃん(十センチ)を、再びおんぶしようとした、その瞬間。
私の理系JK脳が、極めて冷酷な「空間・質量の計算結果」を瞬時に弾き出した。
待って。
ピカちゃん、体長【十センチ】。
対する私のエルラシア(三葉虫)ボディ、体長【十五センチ】。
比率、ほぼ「一・五対一」。
え、デカない!?
ピカちゃん、急成長期すぎて、物理的に収まらないんですけどォォ!!
そう、これまでは二・五センチの極小サイズだったから隙間にスポッと収まっていたのだ。
しかし、十センチの丸っこいサカバンバスピスは収納不可能。
しかも、ピカちゃんは無顎類の魚。
まだ手足(四肢)もなければ陸上の這行能力もゼロなので、泥の上にそのまま降ろせば一瞬で泥まみれになり、呼吸孔を詰まらせて窒息してしまう。
どうしよう!
このままじゃピカちゃんを安全に運べない!
でも、泥地に置いたら干からびちゃう!
何か……水分を完璧に維持しつつ、デカくなったピカちゃんを快適に格納するハッキングはないの!?
必死で思考を回す。
そして、私は自身の内なる遺伝子データベースから、スライムの「衝撃吸収保水ゲル」の設計図を再び起動した。
水分と酸素を完全に閉じ込める、頑強なアクア・シェルターを背中の上に構築する!
私は体内の保水ゲル分泌腺をフル稼働。
体表から半透膜性質を持つ強固な中性ゲルを大量に噴出させ、それをエルラシアの背部セグメントの上で、中が中空になった球体ドーム状に編み上げていった。
ドームの内部には、酸素と魔力がたっぷり溶け込んだ透き通った水を一瞬で充填。
――できたッ!
私の背中の上に、ポータブルで頑強な透明の球体水槽。
【生体バブル・キャリア(カタツムリ型モバイルアクアリウム)】が完成した!
これなら、十センチに成長したピカちゃんも、バブルの中で泥から完全に保護され、スイスイと気持ちよく過ごせるはずだ。
『( ・ ▼ ・ )きゅいきゅーっ!☆』
バブルの中で目を丸くして楽しそうに泳ぐサカバンバスピス。
そのビジュアルは、まるでメルヘンチックなファンタジー古代生物。
文句なしに最高に可愛い。
――が。
物理力学の法則は、いつだって非情だった。
って、重ォォォォォイッ!!!?!?!
泥地に這いつくばった瞬間、私の全身のキチン質関節に、これまで経験したことのない超弩級の「過負荷」がのしかかった。
水の質量を、なめるなよ。
水は、一立方センチメートルで一グラム。
十センチのピカちゃんが余裕で収納できる容積を確保したこの生体バブル・キャリア。
中の水の重さだけで優に数キログラム――つまり、十五センチの私の本体質量の【数十倍】に達しているのだ!
お、重い……!
自重制限オーバーなんて生やさしいレベルじゃない!
這行脚が『みしみし、ビキビキ、メリメリ』ってバカみたいな軋み音を立ててるんですけどォォォォ!!!
這おうとして這行肢を必死に動かすが、水の絶対質量の前に、私の小さな這行肢は泥を空回りさせるだけ。
進むスピード、「時速一ミリメートル」。
カタツムリ以下じゃん!
動け……!
動いてよ私の脚!
このままじゃ泥の中に二人して沈没するうぅ……
ピカちゃんを泥の中に落とすわけにはいかない……!
でも、今の十五センチのエルラシアのパワーじゃ、この水の質量を引っ張って這うなんて、ハナから不可能なの!
汗(粘液)をダラダラと流しながら、泥の中で過負荷に四苦八苦する私。
その時、私の超高速処理を開始した脳内PDCA――進化の青写真データベースが、このピンチを打開するための「理想的な解決策」を弾き出した。
『適合データ検索……ヒット。次なる進化形態候補:【レアンコイリア】』
その体長は――え?
【五センチ】!?
えええっ!?
ダウンサイズ(五センチ)!?
サカバンバスピスのピカちゃんは十センチに大きくなったのに、私が五センチに縮んだら、おんぶして這うどころか、私がお姉さまごとぺしゃんこに押し潰されちゃうじゃんッッ!!?
いや、絶望的なサイズ差なんですけど。
待って、落ち着け私。
何か方法があるはず。
質量が重いなら、水を減らせばいい。
そうだ、ピカちゃんの頭だけを覆う『バブルヘルメット』にすればいいんだ!
宇宙飛行士みたいで超カワイイし、水の重さも十分の一以下になる!
私のパワーでも運べる!
……いや待て! 却下、即却下!!
サカバンバスピスはウロコを持たない『むき出しのぷにぷにお肌』!
頭だけ守っても、ボディが直接火山灰の泥に擦れたら、摩擦でお肌がズタボロになっちゃう!
それに、魚は全身の筋肉を水中でしならせて進む生き物。
ムツゴロウみたいに発達したヒレもないピカちゃんが、泥の上でビチビチ跳ねたら自傷行為にしかならない!
ダメだ、ピカちゃんの柔らかい全身を『水』で包んであげることは絶対条件!
水の絶対質量からは逃げられない……!
絶望が泥のようにまとわりつく。
だが、その詳細図面をじっと見つめた瞬間、私の脳内マルチコアプロセッサが、あまりにもエグい逆転の「百合力学」を弾き出した。
……待って。
逆よ。逆でしょ!
私が重い水槽を背負うから動けないの。
じゃあ、巨大な水槽バブルの中に私も入って、ピカちゃんにおんぶしてもらえばいいのよ!!
スライム由来のゲルバブルは、外側が超ヌルヌルの低摩擦(摩擦係数ほぼゼロ)!
ピカちゃんがバブルの内部でたっぷりとした水を使って尾ビレを振れば、その強力な推進力でバブルごと泥の上を『ハムスターボール』みたいに滑走できるはず!
そう!
レアンコイリアの頭部から伸びる、あの特徴的な『左右一対の、長くてしなやかな鞭状大付属肢』。
この強靭なアーム(シートベルト)を、バブルの中でピカちゃん(サカバンバスピス十センチ)のぷにぷにボディにがっちりと巻きつけて固定すれば。
・【左アーム(シートベルト)】でピカちゃんのがっしりした背中にしっかりと抱きつき(逆おんぶ)。
・【右アーム(高周波振動鞭)】は、半透膜のバブルの外へと突き出し、敵をスライス、あるいは泥粘土ゲルを射出する!
・【移動(推進力)】は、ピカちゃんの『バブル内スイミング(生体ホバー・ドライブ)』に全て丸投げ(キャリー)してもらう!
おマヌケ正面顔の大きなサカバンバスピス(十センチ)に、五センチのちっちゃいレアンコイリアお姉さまが乗っかって、アームでぎゅーっとしがみつきながらナビゲートする『全天候型スライムバブル・立場逆転おんぶ』……!!
これ、控えめに言ってビジュアルの破壊力も生体力学的にも、まーじで尊さ限界突破なんですけどォォォォ!!!
最高……っ!
逆おんぶ抱っこしがみつきハック、これ以上のエモい解決策ないわっ!
お願い、進化臨界エネルギーをもっとちょうだい!
私をちっちゃくて最強に愛らしい、ピカちゃんの背中にしがみつく【レアンコイリア】に脱皮させてぇぇぇ!!!
最愛のピカちゃんを守り抜くために、あえてダウンサイズし、ピカちゃんの背中にその身を預けながら共闘したいという、これ以上なくエモくて論理的な【生物学的・進化的衝動】が、泥の底で激しく熱く覚醒した。
――しかし、非情にも、自重で身動きの取れない泥の沈没エリアに、待ち伏せ者の邪悪な気配がじわりと忍び寄る。
泥底の濁った視界の向こうから、頭部を「最古の鋼鉄兜」で武装した不穏な影が、過負荷に苦しむ私たちを確実にロックオンしていた。




