第19話 お口カポカポで肉が食えない!?じゃあ特製スープで♡
キャビテーション・バブルの衝撃波によって、泥底に潜んでいたマッド・サンクタカリスは見事に粉砕された。バラバラに砕け散った甲殻の破片と、魔力をたっぷり含んだむき身の肉が、泥水の中にゆっくりと沈殿していく。
ふぅ……。やっぱり、ブラインドでのシャコ・パンチは腰(腹節)の安定感が命だね!
エルラシアの幾何学的なマルチシールド装甲は、超高速パンチを繰り出した強烈な反動すら完全にいなしてくれている。
「きゅぃ! きゅぃきゅー!」
背甲の溝に満たした『生体ウォーターベッド(親水ゲル)』の中で、体長2.5センチのピカちゃん(ハイコウイクティス形態)が、パステルブルーの身体をスイスイと嬉しそうにくねらせていた。中央を走る青白い「脊索」が、勝利の喜びに呼応するように美しく明滅している。
えへへ、ピカちゃんの高精度ソナーナビのおかげだよ! 二人で勝ち取った最初の勝利だねっ☆
私はデレデレと相好を崩しながら、泥底に転がっているマッド・サンクタカリスの肉の破片をつまみ上げた。
衝撃波でいい感じに繊維がほぐれ、殻からずるんと剥けた、実に美味しそうな高タンパクのエビ風味のむき身だ。アミノ酸スコアも満点間違いなしで、漂う匂いだけで私の化学受容器が「ごちそう!」とアラートを鳴らしている。
よしよし、ピカちゃんもお腹空いたでしょ? これ、すごく美味しそうだから食べなさいな。
私はエルラシアの歩脚を器用に使い、ピカちゃんのお口にちょうどいい極小サイズにお肉を千切った。
はい、あーん☆
……が! 最高のごちそうを、背中のおんぶベッドまで届けることができない……っ!
よく考えたら、三葉虫の歩脚はぜんぶ「お腹側」に生えてるし、関節の可動域的に「自分の真上の背中」には手が回らない物理的バグ仕様じゃん!
仕方なく私が身体を傾け、水流に乗せてお肉の欠片を背中のゲルへと流し込んでみたのだが――おんぶベッドの中で、ピカちゃんはその丸いお口をカポカポと開け閉めするだけだった。
カポカポ。カプ、カプ。
「きゅ、きゅぅぅ……?」
ピカちゃんは小さなヒレをバタバタと動かし、お肉にお口を押し当てて一生懸命食べようとしている。
だが、ピカちゃんはそれを「噛みちぎる」ことも「咀嚼する」こともできない。ただお肉の表面をハムハムと吸い込むことしかできないのだ。
だって、アゴがないんだもの……。
「きゅいぃぃ……」
しょんぼりとした、今にも泣き出しそうな切ない感情がエンパシー回線から流れ込んでくる。
あ――っ! ごめんごめん、完全に私のミスだわ!
そりゃそうだよ、ハイコウイクティスだもん!
私は自分の頭部シールドを前肢でペチッと叩いた。生物部JKとしての知識が、ノータイムで目の前の事象を解説する。
ハイコウイクティスは、地球の生命史において「世界最古の魚類」とされているが、彼らには決定的な特徴がある。それは、まだ『顎』が進化していないということ。
生物分類学において、彼らは『無顎類』に属する。現生のヤツメウナギやヌタウナギの仲間と同じで、骨格としての顎を持っておらず、お口は泥水と一緒に微小なプランクトンを吸い込むための「単純な丸い穴」に過ぎないのだ。
いくら柔らかいサンクタカリスのむき身でも、顎がなければ噛みちぎることも、すり潰すこともできない。
うぅ、ごめんねピカちゃん。お姉さまがもっと配慮してあげるべきだったわ。
でも、お任せあれ! 顎がないなら、噛む必要のない状態にして、ダイレクトに吸収させてあげるからね!
私は生物部JKのサバイバル脳をフルスロットルで回し、即座に「お食事システム」をハックし始めた。
そもそも、ピカちゃんが今泳いでいる親水ゲルは、私の外分泌腺と直結した身体の一部なのだ。
私は歩脚で掴んだマッド・サンクタカリスの極上肉と砕けた甲殻を、自身のお腹側にある口器『ハイポストーマ(上唇板)』へと放り込んだ。
うまっ! うまっ!
にゃはは! 濃厚エビ肉ぅぅ〜♪
自分の顎基でバリバリとすり潰しながら、体内の消化腺から高濃度の酵素をドバドバと分泌する。お肉と甲殻を一瞬で分解し、遊離アミノ酸とカルシウムイオン、そして魔力因子が溶け込んだ「超濃厚な特製生体栄養スープ」へと体内で液化させた。
次に、私は背甲の体節の分泌孔から、その精製したアミノ酸と魔力カルシウムのスープを、ピカちゃんのおんぶゲルへとダイレクトに還流・充填させた。
シュゥゥゥ……と、私の背甲の隙間から、美しく輝くエメラルドグリーンの栄養因子がゲルの中に溶け込んでいく。透明だったゲルのベッドが、一瞬にして、酸素と魔力とアミノ酸が超高濃度で循環する『生体マイクロ・アクアプラント』へと変質した。
ほらピカちゃん、エラと丸いお口から、このゲルのなかの栄養スープを全部吸い取っちゃって!
ゲルの急激な変化に、ピカちゃんは驚いたようにつぶらな瞳をパチクリさせた。だがすぐに、丸いお口をカポカポと動かして栄養ゲルを吸い込み、半透明な表皮からも魔力とカルシウムをグングン吸収し始めた。
「きゅ……きゅぅぅうう……!」
パスを介して、全身の細胞が歓喜に震えるような、とてつもなく濃密で幸福な魔力フィードバックが私の脳内に逆流してきた。
ピカちゃんの身体の中央を走る脊索が、ゲルの中に溶け込んだ魔力カルシウムと同調するように、これまで以上に強く、青白く鼓動するように光り輝く。
「きゅいきゅーっ!」
おんぶゲルの中で、ピカちゃんはうっとりとした表情を浮かべ、ぷにぷにのパステルブルーの身体を私のキチン質装甲の溝に「ぴとっ」と擦り寄せて甘えてきた。そのふにふにとした柔らかな命の温もりが、硬い殻の奥にある私の神経系をダイレクトに刺激する。
あ、あかん……! 尊すぎて私の全セグメントが内側からデトネーション(爆轟)しそうなんですけどぉぉ!!
私は悶絶し、泥の上で歩脚をじたばたとバタつかせた。
言葉は通じなくても、ゲルのクッションを介して「アミノ酸と魔力の分け合いっこ(栄養授受と水平伝播)」を行っているこの状況。肉体的にも精神的にも、お互いの命の情報をこれ以上ないほど濃厚に循環させているという事実に、私の限界オタク脳は完全にオーバーヒート寸前だ!
よしよし! もっとカルシウムとリン酸をお出ししちゃうからね!
ついでに、私がサンクタカリスの魔石や外骨格から解析した『強靭な咬合(噛み合わせ)と硬組織の設計図データ』も、この魔力ゲルを通じてピカちゃんのゲノムにバフとして流し込んじゃうぞっ!
うへへ……と私は自身の魔力因子をさらに注ぎ込み、おんぶゲルの循環を活性化させた。
ピカちゃんは、私の注ぎ込んだ高濃度のカルシウムと骨格設計図データを、自身の未分化な幹細胞(神経堤細胞)を極限まで活性化させてグングンと全身に取り込んでいく。おんぶゲルの中で、ピカちゃんの小さな身体が心地よい熱を帯びて微細に脈打ち始めた。
そして。
十分に魔力カルシウムと設計図データを吸収したピカちゃんが、ゲルの中でカポカポと丸いお口を開け閉めした、その時だった。
ピリピリ、と。
ピカちゃんの小さな丸いお口の奥、半透明な頭部の先端に、ほんのわずかな魔力の火花が散った。
まだ顎のないはずの丸いスリット型のお口の縁に、カルシウムと骨格データに呼応する極小の、しかしキラリと硬く光る半透明の硬組織――『最古の顎と牙』の萌芽が、確かな熱と共に小さく芽生え始めていたのだ。
それは、いずれピカちゃんが脊椎動物の歴史を塗り替える大進化を遂げ、自らの顎で強敵をバリバリと噛み砕き、お姉さまと肩を並べて爆食いする、尊くも力強い第一歩だった。
(ゴハン、バリバリ、タベタイノ!)




