第18話 敵のロックオン完了! って私、攻撃手段ゼロで草。えっ、これ完全に詰んでない!?
ロックオン、完了……っ!
私の脳内の視覚野に、あり得ないはずの『光』が、青白い線となって走りだしていた。
泥粒子が猛烈に舞い上がり、四方八方から差し込む地熱の光をグチャグチャに乱反射させている汽水域の泥地。
無数のレンズを誇る三葉虫の高度な複眼(ホロクロアル眼)ですら、ただの茶色い霞しか映し出せなかった暗闇の水中。
そこに、クモの巣のように精密で美しい、立体的な「三次元ワイヤーフレーム」が、スゥッと結像していったのだ。
視覚じゃない。
これは、水の微細な振動と、敵が動いたことで生じる魔力流の乱れ。
それらを全て捉えたピカちゃんの『側線ソナー』が、パスを介して私の脳へ直接もたらした、生体HUD映像だ!
パスを通じて、ピカちゃんの震える、けれど確かな決意に満ちたナビゲーションが頭の中に響く。
見える。
私の右斜め後方、泥の中に潜み、こちらを不意打ちしようと静かに大付属肢を研ぎ澄ませている、体長五十センチ級の肉食甲殻獣「マッド・サンクタカリス(変異種)」の、歪な骨格構造が。
そしてその中央、不気味に脈動する、生命エネルギーの塊である青い『魔石』の位置までもが、赤くマーキングされたようにハッキリと視認できた。
右下、距離三・二メートル。潜行深度十五センチ。這行速度、時速約四キロ。
完全に死角を突いたつもりなんだろうけど、私とピカちゃんの最強リンクの前じゃ、すっぽんぽんの丸見えなんだよ!
しかし、私は今、体長十五センチのエルラシア様(三葉虫)だ。
幾何学的なマルチシールド装甲は、ダンゴムシのように丸まるだけであらゆる攻撃を百パーセント無効化できる「最強の盾」。
だけど、この形態には敵を能動的に排除するための強力なハサミも、アームも、基本構造として備わっていない。
丸まって耐えるだけなら、ピカちゃんを守り抜くことはできる。
けれど、それはただの引き分けだ。
襲いかかってくる目の前のエサを喰らわなければ、私たちはこの地獄の底から這い上がることなんてできやしない。
全身を丸ごと進化(脱皮)させるには、カロリーの燃費が悪すぎる。なら――!
私は、三葉虫の下半身にある無数の歩行脚で、泥の底をがっちりと掴んで姿勢を安定させた。
そして、体内の設計図(DNAデータベース)から、かつて獲得した「ヨホイアの大腕」と、そのさらに奥に眠る「シャコ」の爆発的なスプリング式アクチュエータシステムを脳内で呼び出す。
シャコちゃんのパンチってさ〜、筋肉だけじゃ絶対あんな速度出ないのよ。
だからまず、外骨格のバネに力をためためする。
筋肉はゆっくりギュッて縮むだけなんだけど、その力をバネにチャージして、ラッチでガチ固定して……。
で、解除した瞬間に「バチーン!」って爆速パンチを繰り出すの。
筋肉の収縮速度には限界あるじゃん?
だから外骨格の弾性要素にエネルギー蓄えて、ラッチ解除で瞬間的に解放する「パワー増幅システム」なのよ。
ダーウィン先生的に言うと、これ「選択圧に最適化された高速捕食機構」ね☆
よっしゃ! 全身の装甲はエルラシア(三葉虫)のまま維持!
ピカちゃんを背中の隙間に守ったまま――最初の一対の『前肢(第1付属肢)』だけを、部分脱皮(局所進化)させる!!
バキィッ、と、エルラシア装甲の最前部、頭部シールドのすぐ下から、小規模な脱皮による破裂音が響いた。
泥を這うための弱々しい脚だった一対の前肢が、キチン質の脱皮殻を弾き飛ばしながら、驚異的な質量を伴って急速に膨張していく。
現れたのは、幾重にも重なった超高密度のキチン質プレートと、蛇腹状の『生体スプリング構造』を持つ、凶悪に折り畳まれた一対の「捕脚」だ。
――行くよ、ピカちゃん。バースト・ドライブッ!
『きゅ、きゅぅぅーっ!!』
振り返る動作すら、必要ない。
背後から襲いかかろうと、泥の中から大付属肢を突き出してきたマッド・サンクタカリスの心臓部(魔石)に向けて、私は姿勢を固定したまま、右の油圧捕脚のロックを脳内で一気に解放した。
シュゴォッ!!
押し縮められていた生体ラッチが弾け、折り畳まれていた捕脚が、時速八十キロを超える超高速の世界で死角の泥底へと射出される。
水の抵抗を完全に置き去りにする衝撃。
殴りつけられた泥水は、分子レベルで極限まで圧縮され、一瞬にして超高熱を帯びた局所的な「真空の気泡」を発生させた。
これこそが、水の粘性を無視して放たれる、生体力学の暴力――『キャビテーション・バブル』だ。
射出された私の捕脚は、敵の肉体に物理的に触れてすらいない。
しかし、拳の先端で発生した真空の気泡が、マッド・サンクタカリスの目の前で激しく「崩壊」した瞬間。
気泡の消滅に伴って放たれた、数万気圧に達する超高圧の衝撃波とプラズマの熱が、泥を物質ごと完全に透過し、サンクタカリスの肉体を襲った。
ドズゥゥゥゥンッ!!!
くぐもった重低音が泥地を引き裂き、泥底から大量の砂と血が噴水のように沸き立った。
不意打ちを仕掛けたはずのマッド・サンクタカリスは、自慢の硬い鉄殻を、何が起きたのかさえ理解できないまま衝撃波によって内側からズタズタに粉砕され、中の中枢魔石ごと跡形もなく爆散していた。
泥煙の奥から、砕けた魔石の破片がキラキラと光を放ちながら水中に浮遊していく。
ふははは! どんなに隠れたって無駄無駄!
物理装甲には物理衝撃が一番効くんだからねっ!!
一撃、完全勝利。
激しい泥の舞い上がりがゆっくりと落ち着きを見せる中、私は部分脱皮した捕脚でガッツポーズした。
すると、私の背中の隙間――規則正しく並んだエルラシアの節装甲の奥、ひんやりとしたスライムゲルの中で、息を潜めていた小さな影が、ぷにぷにと震えながら這い出てきた。
「きゅ、きゅきゅ〜っ!」
体長わずか二・五センチの、半透明なパステルブルーのハイコウイクティス形態となったピカちゃんだ。
ピカちゃんは、まだ鱗のない柔らかい流線型の身体を、私の背中の硬いキチン質の装甲に「ぴとっ」と擦り寄せるようにして、懸命に甘えてくる。
半透明の体の中央を走る、生体光ファイバーのように輝く一本の「脊索」が、嬉しさと憧れの感情で青白く明滅していた。
「きゅきゅ〜」
ピカちゃんは、私のエルラシアの甲殻の縁に、のちの「人間の腕」のプロトタイプとなる、ふにふにとした肉質の胸鰭(肉鰭)をぺちっと乗せてがっしりとホールドしながら、丸いお口をカポカポと開閉させて、私を見上げてくる。
まだ顎がない、あの『(・吉・)』というおマヌケ正面顔のまま、一生懸命「お腹すきました!」「なでなでしてください!」と全身でアピールしているのだ。
あ、ア、アカン……!
なにこれ、尊すぎて外骨格が内側から自爆しそうなんですけどぉぉ!!
あまりの愛らしさに、デレデレのヨダレを出しながら、悶絶するのだった。
これが、私とピカちゃんが掴み取った、初めての完璧なバディとしての勝利の記録だ。
あーっ、早くピカちゃんに美味しいエサをたくさん食べさせて、一緒にこの泥地を攻略していきたいなぁ……!
私の背中で、パチパチと光るピカちゃんの脊索の温かさを感じながら、私は次のエサ場へと、ゆっくりと這い進み始めるのだった。




