第121話 鉄壁のダンゴムシ!? 磁石と水撃で違法ストロー粉砕よ☆
ガシャコンッ、ガシャガシャガシャッ!!
水深五千メートルの海底。
熱水噴出孔に絡みつく『白い根っこ』の隙間から、鈍い金属光を放つ群れがワラワラと這い出してきた。
デカい。体長二メートルは軽く超えている。
平べったい小判型の甲羅に、無数の脚。しかもその表面には、黒光りする『金属のウロコ』がびっしりと張り付いていた。
「ひゃあっ!? アノマロちゃん、岩が動いたのかと思ったら、鉄の鎧を着た虫さんだよ!?」
クロエが私の背中にピトッと隠れる。
私は管状眼のピントを合わせ、そいつらの構造をスキャンした。
(なによあのキメラ! 平べったい体節構造はどう見ても深海の掃除屋『ダイオウグソクムシ』……いや、ちょっと待って。表面のウロコの成分、これ『硫化鉄』じゃん!)
思わず水中でツッコミが出た。
「深海の巨大ダンゴムシに、熱水噴出孔の巻貝『スケーリーフット』の鉄ウロコを合体させた欲張りセットですって!? 異世界の進化ツリー、節操なさすぎでしょ!」
「だ、ダンゴムシ!? お庭の石の下にいるあの丸っこい虫さんが、お海の底で鉄の鎧を着てるのぉ!?」
クロエがキャノピーの中で目を白黒させる。
本来なら海底の死骸を食べるだけのおとなしい掃除屋のはずだけど、背甲の隙間に『白い根っこ』から伸びた極細の寄生根が食い込んでいて、違法ストローを守る『門番』へと狂わされているらしい。
『ギシャァァァァッ!!』
先頭の三匹が、玄武岩を砕きながら重戦車みたいに突っ込んできた。
私は右腕を軽く振り、牽制の水流弾を撃ち込む。
――ガキィィィンッ!!
衝撃による摩擦発光の閃光が散った。
金属ウロコの下にあるスポンジ状のキチン質が衝撃を吸収し、私のジャブをあっさり弾き返す。
「あ、アノマロちゃん! 硬くて弾かれちゃったよ! 後ろからあと二十匹くらい来てるよぉ!」
「へぇ、三層複合の防弾ウロコね。一匹ずつ殴ってたら日が暮れるわ」
私は足元の黒い岩盤に混じって転がる『磁鉄鉱の塊』を左手でひょいと拾い上げた。
(でもね、スケーリーフットと同じ『硫化鉄』を鎧にしてるなら、致命的な弱点があるのよ。……だってそれ、地球の生き物で唯一【磁石にガッツリくっつく鎧】なんだから!)
かつて下層で『古代放電ミミズ』からハックした発電器官を起動。
左腕のアバター組織の内部で、電撃の回路をグルグルとらせん状のコイルに編み上げていく。
「クロエ、ちょっと後ろに下がってて☆ ――右ねじの法則!【生体電磁石】、スイッチ・オン!」
バチバチバチィィッ!!
磁鉄鉱を握りしめた私の左腕に高圧電流が走り、周囲の海中に目に見えない強烈な磁界がぶわっと広がった。
その瞬間。
『ギ、ギシャッ!?』
突進してきていた鉄壁のダンゴムシたちが、海底をツルツルッと滑って一斉に私の前へと吸い寄せられた。
ガシャコンッ! ガチンッ! バチバチガシャァァンッ!!
一匹、五匹、十匹、二十匹!
自慢の『絶対に砕けない鉄の鎧』が完全に裏目に出て、強力な磁力で背中とお腹がピタッと吸着されていく。その衝撃で背中に食い込んでいた細い寄生根もプチプチと千切れ飛び、ものの数秒で直径五メートルの巨大な『鉄ダンゴムシ団子』が一丁上がった。
『ギ、ギギギギ……ッ!?』
「わぁぁ……っ! 鉄のダンゴムシさんたちが、ぜんぶピタッてくっついて大きなお団子になっちゃった! 悪い根っこも千切れて、足がパタパタしててなんだか可愛いね!」
「ふふん、物理で殴ってダメなら電磁気学よ☆ まとめてくっつけちゃえば、ただの重たい鉄ボールなんだから!」
ジタバタと短い脚を空回りさせる鉄団子を前に、私は視線を奥の本命――熱水噴出孔に突き刺さった『白い神樹の根』へと移した。
太さは十メートル近く。
表面には、王都の連中が使っていた神聖魔力の防御紋様がビッシリと浮かび上がり、側面に開いた無数の吸い込み口から、四百度の熱水と海の魔素をゴォォォッと猛スピードで吸い上げている。
「アノマロちゃん、あの白い根っこ、お魚さんたちのご飯をどんどん吸い込んでるよ……。でも、キラキラしたバリアが張ってあって、外から叩いても壊せそうにないよ?」
「ええ。外からの攻撃を防ぐことにかけては、あの神聖コーティングは本当に鬱陶しいわ」
私はすぐ横で浮いている五メートルの『鉄ダンゴムシ団子』をポンポンと叩き、ニヤリと笑った。
「でもね、外から殴って壊せないなら――【内側の圧力】で破裂させればいいのよ☆」
「内側の、圧力……?」
「お家の水道でもね、勢いよく流れてる水を蛇口で『ピタッ!』と急に止めると、行き場を失った水が配管の内側をゴンッてハンマーみたいに殴るの。流体力学でいう【水撃作用】よ!」
ここは水深五千メートル、五百気圧の超深海。
そんな極限の海底から地上まで、あの根っこは秒速数十メートルで熱水を吸い上げ続けているのだ。もしその最大の吸い込み口を、一瞬で完全に『栓』してしまったらどうなるか?
「急ブレーキをかけられた熱水の運動エネルギーが、パイプの内側から何千気圧もの衝撃波になって暴れ回るわ! クロエ、最大出力でいくわよ!」
「うんっ! 私の元気、ぜんぶ持っていって!」
クロエが深く息を吸い込む。
瞬間、クロエの無抵抗生体変換炉『E0-#C::SYM』が黄金色に輝き、無尽蔵の温かいATPが私の全身へとドクンドクンと流れ込んできた。
(……っ! すごい、クロエの生命波長が濃すぎて、私の全能性幹細胞の奥底に、なにか温かくて小さな『未分化の命の核』みたいなのが、トクンって結晶化して溜まってきてる……!?)
胸の奥に芽生えた不思議な「小さな胎動」が、私にかつてないほどのパワーを漲らせる。
私はまず、熱水噴出孔の『超好熱菌』から合成した【休眠型・超濃縮分解酵素(バイオ時限爆弾)】のカプセルを、白い根っこの吸い込み口へポイッと放り込んだ。
(ふふっ、ストローの吸引力を利用して、王都にある『神樹の本体』までたっぷり吸い込ませておいたわ☆ あとで王都に乗り込んだ時のお楽しみね!)
そして間髪入れず、生体電磁石で固めた五メートルの『鉄ダンゴムシ団子』を、水流ジェットの推進力ごと豪快に蹴り飛ばした!
「お次は特大の『金属プラグ(栓)』よ! そこにハマりなさいッ!」
ズボォォォォンッ!!
鉄ダンゴムシ団子が、白い根っこの最大の吸い込み口へドンピシャで突き刺さる。さらに外からの五百気圧の水圧が、その団子を万力のようにギュウウッと奥まで押し込み、隙間を完全に密閉した!
直後。
ゴゴゴゴゴゴッ……!!
白い根っこの内部で、急停止した水流が真空の空洞を引き起こし、猛烈な水撃の振動が配管全体を駆け巡った。
さらに真下の火口からは、行き場を失った摂氏四百度の熱水が突き上げ、根っこの付け根が風船みたいにブクブクと膨れ上がる!
「内圧限界! 仕上げの共振トリガーよ――超音速・【キャビテーション・ウォーターハンマー】!!」
私は膨れ上がった根っこの付け根へ、右腕のシャコ・ハンマーの最大打撃をゼロ距離で叩き込んだ。
――カッ!! ズドォォォォォォォォォンッッ!!!!
外からの衝撃波と、内部の数千気圧の水撃波が完全に重なった瞬間。
表面の神聖バリアが「パキィィィンッ!」と内側からガラス細工みたいに砕け散り、直径十メートルの白い根っこが海溝の底で大爆発を起こして吹き飛んだ!
ブワァァァァァァァッ!!
栓に使われた鉄ダンゴムシ団子がポンッと遠くへ弾き飛ばされ、解放された火口から、黒いミネラルの煙と黄金色の自然魔素が海底火山の噴火みたいに噴き上がる。
磁力と寄生根から解放されたダイオウグソクムシたちも、目を白黒させながら一目散に海溝の岩陰へと逃げていった。
「わぁぁぁ……っ! すごいよアノマロちゃん! ダンゴムシさんたちも元に戻ったし、お海の底からキラキラの温かい光がいっぱい戻ってきたよぉ!」
「ふふん! どんな無敵のバリアだろうと、流体力学の圧力差の前にはただのホースよ☆ これにて違法ストローの撤去工事、完全完了ね!」
私は飛び散る黄金色の魔素の中でクロエとハイタッチを交わし、晴れやかに胸を張った。
***
――なお、まさにその同じ瞬間。
港塞都市パールから遠く離れた、南南東の内陸の荒野にて。
「ふふん、見なよ山”口ちゃん! 森を抜けて南南東へ歩いた結果、海側から王都へ向かう『極太のメインパイプライン』の合流地点に辿り着いたよ! やはり僕の推論通り、この先にこそ種田くんが――ん? なんか足元から凄い音がしてない?」
ヨレヨレの白衣を着た創造神・上野創(神先輩)が、黒縁メガネを押し上げて地面を見下ろした、その刹那。
はるか南の海底五千メートルで引き起こされた『数千気圧のウォーターハンマー(逆流衝撃波)』が、地下のパイプラインを音速で駆け上がってきて――。
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!!
「ぎゃあああああああああああっ!?!? なんで内陸のど真ん中で、海底熱水とイカ臭い海水が間欠泉みたいに逆流してくるんだよぉぉぉっ!! 山”口ちゃぁぁぁん!!」
超高圧の塩水ジェットに打ち上げられた引きこもり創造神の絶叫が、荒野の青空にいつまでも木霊していた。




