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第117話 強行BBQプロトコル☆

「ひ、ひぃっ……!? な、なんだこの小娘の目は……!?」


 私(アノマロちゃん)の絶対零度の複眼と目が合った瞬間、港湾統括代官ボルドーが汚い悲鳴を上げて後ずさった。

 だが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「ええい、たかが小娘のハッタリに怯むなッ! 全兵構えよ、無許可の魔物討伐および領地資源の略奪容疑で拘束するッ!」


 ガシャンッ!!

 百人の重装私兵隊が、一斉に大型クロスボウと長槍を構えた。


「そ、そんな……! 俺たちが死にかけた時は知らんぷりだったくせに、獲物だけ横取りかよッ!?」


 トム親方が拳を握りしめ、ロルフ隊長たち駐屯兵も悔しさに歯噛みする。

 私は震えるクロエの肩を抱き寄せたまま、冷え切った声で呟いた。


「……お前ら、この期に及んでまだ武器を向けるわけ? いいわ、まずはその物騒なオモチャを構える三半規管からバグらせてあげる」


 喉元の生体発音器官をわずかに震わせ、指向性の『超低周波(インフラサウンド)』を一瞬だけパルス照射する。


 ブォン……ッ!


「ぐ、ぐあああっ!?」

「な、なんだ!? 急にめまいがして、狙いが定まらん……ッ!?」


 内耳のリンパ液を共振させられた私兵隊たちが、一斉に膝をついて銃身を落とした。

 一滴の血も流さず包囲網を無力化した私は、隣でポロポロと涙をこぼすクロエへと向き直り、その頬を優しく拭ってあげる。


 ――その時。

 ギュルルルルゥ……ッ。


 静まり返った防波堤に、クロエの小さなお腹の虫が、とっても可愛らしく鳴り響いた。


「あ……っ、うぅ……」


 さっきまで凛々しく怒っていたクロエが、耳まで真っ赤にしてお腹を押さえる。


(……ぷっ! うわあぁぁ、ちょっと待って、怒りすぎてエネルギー消費して腹ペコになっちゃうクロエちゃん、尊すぎて全細胞のミトコンドリアがATPを過剰産生しちゃうんですけど!!)


 パチンッ! と私の中で冷徹な捕食者モードのスイッチが弾け飛び、いつもの『ハイテンション理系JK』の熱量がフルスロットルで戻ってきた。


(せっかく私が流体力学と巨大軸索ハックで活け締めにしてあげたのに、あんな政治バグどもの相手をしてたら、自己消化酵素が働きすぎて旨味が劣化しちゃうじゃない! 泣いてるクロエを今すぐ笑顔にするには、あれしかないわ!)


「ねぇ、アイリス、エルザ!」

「なんでしょうか、アノマロ様?」

「なによ、アノマロちゃん?」


 私は濡れたツインテールをバサッと振り払い、不敵に笑った。


「あの小太り代官、私の活け締め処理の価値をなにも分かってないわ。……ここで一気に『強行BBQプロトコル』に移行するわよ☆」


「はい、大賛成です! 不当な差し押さえに対しては、現場での『実効支配(胃袋への収容)』をもって対抗するのがギルドマニュアルの基本原則ですから!」


 アイリスが手袋をキュッと嵌め直し、銀縁メガネを光らせる。


「よく言ったわ! アタシの可愛い娘(クロエ)を泣かせた挙げ句、腹ペコのまま待たせるようなクソジジイには、目の前で全部食っちまうお仕置きが必要よね!」


 エルザが背中の大剣を地面にドスンと突き立て、獰猛な笑みを浮かべた。


「アノマロちゃん……ここで、イカさんを焼いちゃうの……?」


 クロエが涙の跡を残したまま、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて私を見上げる。


「任せなさいクロエ☆ 世界一美味しい海鮮BBQを見せてあげるわ!」


 私は即座に、頭上の本尊の前部付属肢を高速振動させた。


「【生体解体刃・高周波モード】起動! 浸透圧洗浄、および内臓の外科的除去シーケンス、スタートよーっ!」


 ズババババババッ!!

 海面に浮かぶ『鎧大烏賊』と親個体『深海王烏賊』の中から、最も肉質の良い極太の触手とエンペラ(耳)、そして分厚い外套膜を、高周波ブレードで一瞬にして切り出す。

 高濃度の海水浸透圧で余分な粘液を洗い流し、肉の表面にミリ単位の精密な『隠し包丁(飾り切り)』を入れていく。


「な、なんだ!? めまいが治まったと思ったら、何を勝手に解体している!? やめろ、それは領主様の財産だぞッ!」


 ボルドー代官と徴税官ギルバートが顔を真っ赤にして叫ぶが、完全に無視よ無視!


「トム親方! ロルフ隊長! 空っぽの陳列台と壊れた木箱を全部集めなさい! 薪にして巨大鉄板をセットするわよ!」

「お、おうっ!? なんだか知らねぇが盛り上がってきたじゃねぇか! 野郎ども、木箱を叩き割って火を起こせぇぇッ!」

「駐屯隊も手伝え! 街の恩人様の料理を援護しろぉっ!」


 絶望していた漁師たちと駐屯兵が、私の指示一発で一気に息を吹き返す。広場に巨大な鉄板が運び込まれ、ゴーッと猛烈な炎が上がった。


「あぁぁ……っ! 超振動で繊維を断ち切り、熱の通りを最大化するための幾何学的な切れ込み(隠し包丁)を入れていくその手捌き……ッ! 解体作業すらも芸術の域に高めるなんという機能美ですか……ッ! ハァ、ハァ……ッ!」


 横で悶絶する限界構造オタク(アイリス)を放置し、私は切り出したばかりの透き通った極上イカステーキ肉を、熱々の鉄板の上に叩きつけた。


 ジューーーーーーッッ!!


「さあ、ここからがガチ生化学の真骨頂よ!」


 私は焼けていくイカ肉の細胞膜を複眼でズームスキャンした。


(神経を即座に遮断したことで、筋肉内のATPがほぼ100%温存されているわ! 軟体動物であるイカの筋肉では、このATPが自己消化酵素の働きで分解されると、濃厚な旨味成分『アデニル酸(AMP)』へと劇的に変化するの! そこに豊富なタウリンやグリシン、ベタインといった遊離アミノ酸の甘みが重なることで、旨味の相乗効果が爆発するってわけ!)


 さらに私は、自らの生体器官から精製した純度100%の『高濃度還元糖シロップ』と、漁師たちが持っていたわずかな海塩・魚醤を黄金比でブレンドし、鉄板の上から均一に散布した。


(イカの豊富なアミノ酸と還元糖が鉄板の高温によって結合し――人類が本能で抗えない最強の化学反応、『メイラード反応』開始よーっ☆)


 ジワァァァァァ……ッ!!

 次の瞬間。香ばしい焦がし醤油と、甘く芳醇な海鮮ローストの香り物質(ピラジン類)が、白い湯気とともに港全体へと爆風のように広がった!


「〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」


 再び槍を構え直そうとしていた百人の私兵隊の足が、ガクガクと震え出した。武器を握る手が緩み、ゴクリ、と全員の喉が同時に鳴る。


「な、なんだこの香りは……っ!? 胃袋が……胃袋が引きちぎれそうだぞ……!」

「ア、アニキ……見ろよあれ……! 透き通ってたイカの身がぷっくりと白く膨らんで、格子状の切れ目に黄金色の焦げ目がついて……中から甘い汁が溢れ出てやがる……!」

「ダメよ、お預け☆ 泣いてる女の子からご飯を取り上げようとしたバグ兵隊さんには、ゲソ一本たりともあげないんだから!」


 私がフライ返しを片手にニヤッと笑うと、私兵たちが「くうぅぅッ……!」と涙目でへたり込んだ。


「さあ、焼き上がりよ! クロエ、トム親方、みんな熱いうちに召し上がれ☆」

「わぁぁ……! いい匂い……っ! いただきますっ!」


 クロエが、黄金色の照りが輝く分厚いイカステーキを、小さな両手で串ごと抱えてパクッと頬張った。

 瞬間――クロエの琥珀色の瞳が、ぽかんと大きく見開かれる。


「……っ!! んんっ……! おいしい……っ! アノマロちゃん、これ、すごく柔らかくて、甘くて……お口の中でとろけちゃうよぉ……っ!」


 パリッと香ばしい表面の歯ごたえの直後、驚くほど柔らかくプリプリに弾ける肉身から、熱々の旨味汁(アデニル酸とアミノ酸)が口いっぱいに溢れ出す。

 クロエの顔に、太陽のような最高に幸せな笑顔が弾けた。


(はい勝ちー! この尊い笑顔が見られた時点で、今日のデバッグは一億点満点よ☆)


「う、美味い……! 美味すぎる……ッ!!」


 トム親方も極太のイカステーキを豪快に噛みちぎり、太い腕でボロボロと大粒の涙を拭った。


「噛むたびに甘い汁が溢れてきやがる……! 俺たちは……こんな凄ぇ美味い海の宝を前にして、塩がねぇってだけで飢えて死ぬのを待ってたってのか……ッ! ぐっ……うおぁぁぁんッ!!」


 漁師たちや駐屯兵たちも次々と鉄板に群がり、涙と笑顔で港が大宴会場へと変貌する。死んでいた市場の空気が、一瞬にして歓喜と熱気で満たされた。


「き、貴様らぁぁぁッ!! 領主様の許可なく勝手に食べるなッ! おい私兵ども、突撃してその肉を奪い取れぇぇッ!」


 ボルドー代官とギルバートが血管を浮き出させて叫ぶが、私兵隊はメイラード反応の香りの拷問に胃袋を掴まれ、ヨダレを垂らして誰一人動けない。

 そこへ、アイリスが静かに一歩前へと踏み出した。光るメガネの奥から、絶対零度の視線をボルドー代官へと向ける。


「……見苦しいですよ、ボルドー代官! 街の危機を放置して市民の生存権を脅かした上、討伐者が調理した食料まで強奪しようとするなんて! 私が新人研修で丸暗記したギルド通商条約第十四項『緊急時における生存食料の優先取得権』に基づき、この場で調理された食材はすべて市民へ無償還元されます!」


「な、なんだと!? いいだろう、今日焼いた分だけはくれてやる! だがな、海に残っている数百頭のイカはどうする気だ!?『塩の専売権』を持つ我々が塩を一粒も売らなければ、その大量の肉は今夜のうちにすべて腐り果てるのだぞ!」


 唾を飛ばして嘲笑うボルドー代官。

 しかし、アイリスは氷のように冷ややかな笑みを浮かべ、ゆっくりと人差し指を立てた。


「『塩の専売権』、ですか。魚介類の保存のために高価な塩を必要とする時代は、本日をもって終わりました!」


「なに……?」


「塩に頼らず、活け締めされた新鮮な魚介類を『氷の魔石と特殊断熱容器』によって極低温で保冷し、ギルドの独自ルートで全大陸へ輸送する――【広域低温流通網】。アノマロ様の技術提供のもと、本日より我がギルドが全面運用を開始いたします」


(ふふん! それすなわち、現代物流の覇権――『コールドチェーン革命』の始まりってわけよ☆)


 隣でドヤ顔で頷く私。

 アイリスは立ち尽くすボルドー代官とギルバートを見下ろし、慈悲のない宣告を突きつけた。


「明日の朝、貴方方が誇る『塩の専売権』と買い占めた塩の山は、ただの古くさい紙屑(無価値)へと大暴落します! ……どうぞ覚悟しておいてください!」


「な……ッ!? し、塩が無価値になるだと……!? ば、馬鹿な、そんな出任せが通るものかぁぁぁッ!!」


 蒼白になって喚き散らすボルドー代官を鼻で笑い飛ばし、私は焼きたてのイカ串をもう一本、クロエの皿へと乗せてあげた。


(フフ……政治バグの代官さん。せいぜい一晩じっくり、自分の権力が崩壊する恐怖に震えて夜を明かすといいわ☆)

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