第112話 そうだ!王都へ行こう!
「クロエ様。今朝お渡しした『純金貨五百枚』と『禁書庫の閲覧権』の他にも、マスター・ギデオンより預かりました特命Sランクの特権がございます。改めてご説明いたしますね」
王都へ向かう街道を、車輪の『風魔導サスペンション』が路面の凹凸を相殺しながら滑るように進む特注馬車の中。
向かいの席で銀縁メガネをくいっと押し上げたアイリスが、羊皮紙を読み上げた。
「王国全域における『治外法権的優先保護』および『各施設への最優先VIPアクセス権』。専属補佐たる私による全事務処理の代行。さらに、今後の素材買取一・五倍レートと、永続的な固定給の保証――以上となります。もうクロエ様が生活のために無理をなさる必要は、一切ございません」
アイリスの言葉に、クロエは膝の上の重い革袋を見つめた。
泥水を啜るようにして生き、明日食べるパンの欠片すら手に入るか分からなかった暗い過去が脳裏をよぎる。クロエの琥珀色の瞳に、ジワリと涙が浮かんだ。
「クロエ……もう、一人で泣かなくていいのよ」
隣に座るエルザが優しく肩を抱こうとした、その時だった。
「……よし、計算合いました!」
「えっ?」
クロエは涙をスッと拭うと、スラムを生き抜いてきた『超・サバイバー』の真剣な顔つきでバッと顔を上げた。
「純金貨五百枚と固定給……これなら、アノマロちゃんが欲しがってた『実験用触媒』を山ほど買えます! それに、エルザママの大剣と防具のオーバーホール費用も、アイリスさんの研究用魔導具の資金も出せますよね! 余った分でみんなで美味しい焼肉をお腹いっぱい食べて……あ、ギデオンさんにも最高のお酒でお礼をしなきゃ!」
自分の贅沢など微塵も考えていない。手に入れた莫大な特権と財産を、ノータイムで『仲間への投資』に変換し始める器のデカさに、エルザとアイリスは目を丸くした。
「クロエ、アンタって子は……っ」
「……ふふっ。血中コルチゾール値が低下して、オキシトシンとセロトニンが急上昇してるね」
再構築した美少女アバターでクロエの隣に座っていた私は、満足げに頭上の本尊の前部付属肢をシャカシャカと揺らした。
「今のクロエの環境、ATP生成効率が過去最高値じゃんよ☆ つまり供給パイプラインが完璧にメンテされてるってこと! エルザにアイリス……良い仕事してますねぇ〜。褒めてつかわす☆」
「光栄の極みですわ、至高のアノマロ様」
「褒めてつかわす、って……アンタ、ほんと変な子ねぇ」
エルザが吹き出すと、クロエもつられて目元を緩める。
馬車の中に温かい空気が広がる中――窓の外では、全く別の「プロフェッショナル(?)」が必死に足を動かしていた。
「ひ、ひぇぇぇん……っ! じ、地獄ですぅ……! でも、ここで死んでたまるもんですかぁぁっ!」
馬車のすぐ横を並走して走る、ピンク色のフリルエプロンを着た元・悪徳受付員のリックスである。
巨大な荷物カゴを背負って泣き叫んでいた彼だったが、限界状態の中で持ち前の『小悪党の生存本能』がフル回転を始めていた。
「あっ、クロエ様! 前方に辺境領と中央領を隔てる『領境の関所』が見えてきました! あそこの守備兵は難癖をつけて賄賂を要求してくるクズ揃いですが、脇の密輸ルートなら私が顔を利かせられます! ここは私に任せて――」
リックスが裏社会の知識でアピールしようとした、その瞬間。
アイリスが馬車の窓をスッと開け、冷徹なギルド本部特使の顔で、銀色に輝く『特命Sランク紋章』を関所の守備兵たちへ向けて突きつけた。
「特命Sランク特権、第二項。我々の進路を不当に遮る行為は、全大陸冒険者ギルドが定める『治外法権的優先保護』に対する重大な条約違反とみなします。ギルド本部を敵に回す覚悟があるのなら――止めなさい」
「ひぃっ!? と、特命Sランク!? ば、馬鹿野郎、ただちに門を開けろォォォッ!!」
守備兵たちは紋章を見るや否や泡を吹いて平伏し、関所の巨大な門がゴゴゴゴッ! と音を立ててフルオープンした。賄賂も裏道も一切不要の、完全なる顔パスである。
「うそぉ……俺の裏ルート知識、完全に出番なし……」
「アイリス、やるじゃん☆」
絶望して走りながら膝から崩れ落ちそうになるリックスに、私は馬車の窓からひょいと顔を出して声をかけた。
「おっ、元・悪徳受付くんの割にはしぶとい生存本能じゃん☆ 環境に適応しようとしたその根性だけは評価してあげるわ! ほら、今日の積載上限、特別に五キロ減らしてあげるから爆速で走りなさい☆」
「ご、五キロ減……っ!? あ、ありがとうございますアノマロ様ぁぁっ! 一生ついていきますぅぅっ!!」




