第109話 おじいちゃんに完全勝利☆……からのエビポロリで放送事故!?
「準備はよいか、クロエよ」
冒険者ギルドの地下修練場。
道着姿のギデオンが静かに一歩を踏み出し、チャキッ――と長刀と短刀、二振りの白鞘を抜き放った。
その瞬間、老枯れた肉体から爆発した殺気が、物理的な重圧となって空間を圧し潰した。
「ひっ……!」
「息が、できねえ……ッ!」
観覧席の荒くれ者たちが、ただの威圧感だけで次々と膝をつく。これが元Sランク、生ける伝説『剣鬼』の覇気だ。
だが――カツン、と右足の【ガラスの靴】を涼やかに響かせ、クロエは一歩も引かずに前へ出た。
「アノマロちゃん! ギデオンさんは私たちの力を確かめようとしてるだけです! 絶対に優しく、無力化だけして!」
「了解☆ 傷一つつけずに、完璧にお料理してあげるわ☆」
私が美少女アバターの唇を綻ばせた、次の瞬間――ドォンッ!! とギデオンの足元の石畳が爆砕した。
「いざ――『剣鬼』の理、受けてみよッ!!」
ギデオンの姿がブレる。初速マッハ1・2。右手の長刀が一閃し、下段の死角から短刀が斬り上がる回避不能の二重交差斬撃!
(キチンブレード形成、流体軌道で迎撃!)
ガキンッ!! と私の右腕から生えた生体刃が長刀を受け止める。
だが――パキィィィンッ!!
「ほう……受けるか。だが脆い!」
絶大なる闘気に耐えきれず、初弾のブレードが粉々に砕け散った。ギデオンは淀みない動作で手首を反転させ、左の短刀を私の頸動脈へと穿ち込んでくる。
「剣とは硬さのみにあらず! 力の流れを御せねば、いかに強固な刃も砕け散るぞ!」
(あら不合格! 力の流れ……なるほど、応力の分散と指向性のことね☆ なら、砕けた破片から応力データをフィードバック! 内部に衝撃吸収用の粘弾性流体層を形成――【超高密度・複合キチン装甲】へアップデートよ☆)
コンマ一秒。砕け散った右腕の刃が、黒光りする高靭性の刃へと爆速再生する。
同時に、ギデオンの筋収縮と運動神経の発火パターンを完全トレース。左手にも小刀の刃を形成し、全く同じ『古流二刀流・正眼の構え』をとった。
「な……なにぃッ!? 一太刀でわしの『型』を盗んだというのか!?」
「ええ、筋骨格の運動力学は完全にインプットしたわ☆」
驚愕に見開かれたギデオンの隻眼が、やがて歓喜に歪む。
「――面白い! ならばその型の深淵、見せてみよッ!」
放たれた神速の二刀連撃を、私は全く同じ型で迎え撃つ。しかも流体力学で空気抵抗を極限まで削ぎ落とし、腰椎への負担をゼロにした最適化版だ。
ガガガガガガッ!!
白い火花が修練場に吹き荒れる。一撃、二撃、十撃。超音速の剣戟に、私の生体演算が完璧に食らいついていた。
「ハッハッハ! 素晴らしい、極限まで研ぎ澄まされた理想の鏡じゃ! ――だが、鏡は所詮、鏡に過ぎんッ!!」
「えっ……!?」
上段からの長刀に刃を合わせた瞬間、ギデオンの剣筋が「ふっ」と陽炎のようにブレた。
計算通りの軌道をすり抜ける、変幻自在のフェイント。そのまま短刀が私の脇腹を掠め、キチン装甲を浅く削り飛ばす。
「剣には『呼吸』がある!『ゆらぎ』がある! 計算通りの剣など、実戦の泥濘ではわしに届かんぞ!!」
(くっ……! パターン学習にない直感的な『ゆらぎ』を混ぜてくるのね……! ギデオンさん、最高の師匠じゃない☆)
「アノマロちゃん、右から来るよ!!」
観覧席からクロエが必死に叫ぶ。だが――。
「甘いぞ、小娘!!」
右の踏み込みはフェイント。本命は左からの下段刈り!
私は間一髪で跳躍して躱したが、空中で大きく体勢を崩された。
***
(だめだ……!)
観覧席で、私はハッとして唇を噛んだ。
実戦経験ゼロの私が、達人の『戦術』を読めるわけがない。下手な指示を出して、逆にアノマロちゃんを混乱させてしまった。
(剣なんか見ちゃダメだ。オーラも、闘気も、魔力ゼロの私には分からない。……なら、私に分かるものは何?)
深く息を吐き、極限まで瞳を細める。
私にあるのは、毎日ギルドの解体場で魔物の骨格、筋肉の繊維、腱の繋がりをミリ単位で見つめ続けてきた、泥臭い『解体屋の目』だけだ。
(剣士としてじゃない。一つの『生体構造』としてギデオンさんを観察するの。筋肉の連動、重心の移動、骨格の負荷……!)
ガキンッ! ガインッ!
修練場では、アノマロちゃんが防戦一方で必死に凌いでいた。
「どうした魔人! 理論の限界か!? ならばこれで終わりじゃあッ!!」
ギデオンさんが闘気を爆発させ、全霊の必殺剣を放つために大きく腰を沈み込ませた。
その極端な前傾姿勢を見た瞬間――私の目が、ギデオンさんの肉体の「僅かな矛盾」を捉えた。
(ここだ……! この深い沈み込みから踏み出す瞬間、腰椎の関節でコンマ一秒だけ『力の伝達ラグ』が起きる!)
剣が振り下ろされるより一瞬早く、私は力の限り叫んだ。
「――アノマロちゃん!! 左後ろッ!!」
声と同時に従魔契約が発光し、私の頭の中の『座標データ』がアノマロちゃんへ光速で伝達される。
***
「――受信☆」
バシュンッ!!
私のアバターの背中と腰の皮膚が弾け飛んだ。
体内に折り畳んでいた四本の予備生体刃に高圧の体液を叩き込み、飛び出しナイフの如くコンマ一秒で瞬間展開! 両手両足と合わせた、計八本の立体機動陣!
「な、腕が八本だと……っ!?」
必殺剣が放たれるコンマ一秒のラグ。
クロエが射抜いた左後方の死角へ、私の八本の生体刃が滑り込む。そこには、今の斬り合いでギデオンから学んだ『力の流れ』と『呼吸』のすべてが宿っていた。
ガチィッ!!
ギデオンの長刀、短刀、そして両手首の関節を、ミリ単位の狂いもなく傷つけずに完全ロック!
「ぐ……ぬぅっ!? わしの動きが……完全に封じられた……!?」
身動き一つ取れなくなった剣鬼の額に、私は人差し指をチョンと当てて微笑んだ。
「近接二刀流と命のやり取り、とっても勉強になったわ、お師匠様☆ でもね――」
私はクロエの方へ振り返り、可憐に微笑んだ。
「私には、世界一のテイマー(指揮官)がついているの☆」
ギデオンは目を見開き、やがて憑き物が落ちたようにふっと息を吐いた。
カラン、と手から二振りの刀が滑り落ちる。
「……見事じゃ。わしの型を喰らい、教えを吸収し、最後には二人がかりで人間の限界すら易々と超えてみせたか。……参った! わしの完全な負けじゃ……ッ!!」
生ける伝説の、清々しい完敗宣言。
修練場全体が息を呑んだ、次の瞬間だった。
プシュゥゥゥ……ッ!
私のアバターの全身から、白い高熱蒸気が猛烈な勢いで噴き出した。
(あ、やば☆ 急激にATPを回して圧縮器官をパージしたから、排熱が追いつかずにオーバーヒートしたわ☆)
「あ、れ……? 身体が……溶け……っ☆」
どろり。
華奢な美少女アバターがゲル状に崩れ落ち、ペシャリと床に倒れ伏した。
「「「ギャァァァァァァッ!!?」」」
修練場が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「お、女の子が溶けたぁぁぁぁっ!?」
「人殺しーっ! ギデオンマスターが殺したぞーっ!!」
「ひ、ひぃぃぃっ!? わしは触れてもおらんぞぉぉっ!?」
顔面蒼白で取り乱す剣鬼と、大パニックのギャラリー。
だが、駆け寄ってきたクロエだけは全く焦っていなかった。
「アノマロちゃん、お疲れ様! ちょっと熱くなっちゃったね」
クロエが両手を差し出すと、ドロドロの頭の上から、体長三十センチのパステルカラーの私(本体)がポロリと落ちてきた。
『もっきゅ☆』
気門から愛らしい摩擦音を鳴らし、側葉をパタパタさせて空中を泳ぐと、クロエの頭の上の特等席へとチョコンと着地する。
「「「……へ?」」」
今日一番の静寂が落ちた。
「……エビ?」
「本体、そっちかぁぁぁぁぁぁっ!!?」
一斉にズッコケる冒険者たちをよそに、クロエはふんすっとドヤ顔を決めた。
「ふふん! これが私の一番大切な『アノマロちゃん』です!」
呆気にとられていたギデオンが、やがて腹を抱えて大声で笑い出した。
「カッカッカッ! わしの完全なる負けじゃ! クロエよ、お主は紛れもなく神話級の魔獣を統べる、真の【テイマー】じゃ! さあ、勝利の褒美に何でも望むがよい!」
私はクロエの頭の上で前部付属肢をピッと伸ばし、隅で真っ黒焦げになって震えている受付員のリックスを指差した。
『もっきゅ☆(じゃあ、あそこでイキってた受付の身柄をもらうわ! まずは手始めに私たちの雑用係として、骨の髄までこき使ってやるわよ☆)』
「通訳します!『あの受付の人を、私たちの荷物持ち兼雑用係にしてください!』って言ってます!」
「うむ、よかろう! クロエを陥れようとした罪滅ぼしとして、今日からお主らの専属雑用係として引き渡そう!」
「ひぃぃぃん! 皿洗いでも荷物持ちでも何でもしますから、食べないでぇぇぇっ!!」
リックスが床に額を擦りつけ、涙と鼻水まみれで盛大な土下座を打つ。
まさにその時――バァン!! と修練場の重い鉄扉が外側から叩き割られた。
「うちのクロエに何手を出してんのよ、クソジジイぃぃぃっ!!」
身の丈ほどもある大剣を担いだ赤髪の重戦士・エルザが飛び込んできたのだ。彼女はクロエの姿を認めるなり、大泣きしながら抱きしめた。
「クロエ! 無事だったのね! 悪徳パーティに連れ出されたって聞いて、心配で心臓が止まるかと思ったわよ!」
「エルザさん……! ええと、ママ! 私、アノマロちゃんと一緒にギデオンさんに勝てたんですよ!」
聞けばこの世界線のエルザは、スラムで独りぼっちだったクロエに前々から目をかけ、「今日からアタシがアンタのママよ!」と何かと世話を焼いてくれていたらしい。さらには別世界線で結んだ家族の絆も、魂の奥底で共鳴しているのだろう。
右足の【ガラスの靴】を見せ、胸を張るクロエ。エルザは涙を拭うと、ギデオンを睨みつけて不敵に笑った。
「流石はアタシの自慢の娘よ! ざまぁみなさい!」
ギデオンは豪快に破顔し、懐から最高位の黄金のギルドプレートを取り出して高らかに掲げた。
「総員、傾聴せい! このわしを打ち破った圧倒的実力を認め――本日よりクロエを『特命Sランクテイマー』として正式登録する!!」
「えっ……!? わ、私が、一気にSランク……!?」
修練場が割れんばかりの大歓声に包まれる。
『もっきゅ♪(ふふん、前世でも前の世界線でも舐め腐ってくれた連中を、今度こそ最上位の特等席から完膚なきまでに蹂躙してやるわよ☆)』




