第108話「食べたわ☆」でギルド騒然!? 鑑定バグるし、おじいちゃん激おこなんですけど!
「――まったく、ザックの奴ら、また新人を囮にするらしいぞ」
「ケッ、いつものことだろ。あいつら『黒狼の牙』の常套手段じゃねえか。Fランクの荷物持ちを生き餌にして、自分たちだけ美味い思いをするんだ」
「哀れなもんだな。確か今回はあの『魔力ゼロ』の不吉な小娘だったろ? 今頃は大森林のどこかで魔物の胃袋の中だろうぜ」
むせ返るような安酒のアルコール臭と、獣の脂が焦げる匂い。
冒険都市『リグ』のギルドに併設された酒場は、今日も荒くれ者たちの下品な嘲笑で沸き返っていた。
受付カウンターの奥では、胸章をつけた受付員のリックスが、薄暗いランプの下で羽ペンを走らせている。
「ハハッ、全くです! あの欠陥品め、自分の身の程も知らずに冒険者なんて目指すから自業自得ですよ! 無能のくせに背伸びするから、ザックさんたちの足手まといになるのです」
カリカリ、と羊皮紙を引っ掻く乾いた音が響く。
リックスは口の端を歪め、名簿に記された『クロエ』の名前を黒インクで塗り潰そうとペン先を振り下ろした。
――ズドォォォォンッ!!
落雷と錯覚するほどの爆音が鼓膜を叩き、分厚いオーク材の二重扉が蝶番をへし折りながら豪快に弾け飛んだ。
「ひぁっ!?」
悲鳴を上げて椅子から転げ落ちるリックス。酒場中の荒くれ者たちが一斉に会話を止め、ジョッキを固まらせて入口へと視線を向けた。
舞い上がる土埃の中、長く伸びる茜色の夕光がギルドの石畳を赤く染め上げている。
――そこには、誰もいなかった。
だが次の瞬間、開け放たれた入り口の空間が陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。
【光学迷彩】が解除され、背景が剥がれ落ちるようにして一筋の影が実体化する。
パステルピンクと水色が溶け合うツインテールに、アンバーゴールドの美しい瞳。
その頭上には、帽子のようにちょこんと乗ったパステルカラーの本尊が、愛らしく二本の前部付属肢を揺らしている。
「なっ……!?」
「な、なんだあの不気味な歩き方は……足音がまったくしねえぞ……!」
「空間から湧いて出やがった……!? なんなんだあいつは……!?」
しかも、その華奢な少女の背中に背負われ、首にしっかりと腕を回しているのは、栗色おさげのクロエ――誰もがすでに『死んだ』と思っていた少女だったのだ。
ざわめきが恐怖へと変わりかけたその時、ギルド奥の重厚な扉が開き、空気を軋ませるほどの凄まじい覇気が酒場になだれ込んできた。
「何事じゃ!! ギルド内で騒ぎを起こす阿呆は――っ!?」
簡素な道着姿に白鞘の刀を帯びた老人。ギルドマスターであり、かつて『剣鬼』と謳われたSランク冒険者・ギデオンだ。
その鋭利な隻眼は、中央通路に立つふたりの少女を見るや否や、驚愕に見開かれた。
「クロエか! 一体何があった……!? ザックの奴らはどうした!?」
ギデオンの問いかけに、私はすっと立ち止まった。
そして、背中のクロエを優しく支え直すと、鈴を転がすような可憐なロリボイスであっけらかんと言い放った。
「あんなクズたち? 食べたわ☆」
(正確には、加水分解でアミノ酸とATPに完全還元いたしました☆)
「「「………………は?」」」
『……もっきゅ☆』
頭上の本尊が愛らしく鳴いた瞬間、ギルド内のすべての時が止まった。
直後、受付のリックスが顔を真っ青にしてひっくり返る。
「た、た、た、食べたぁぁぁぁぁぁっ!? 人間を喰ったと言いましたよ今ぁぁぁっ!?」
静寂は、一気に凄惨な殺気へと反転した。
チャキッ――と鯉口が切られ、ギデオンが神速の抜刀の構えをとる。
「――総員、武器を構えいッ!!」
ギデオンの隻眼が鋭く光り、肌を刺すような殺気が直線状に私へと突きつけられた。
「その可憐な姿に騙されるな! 人間を喰ったと平然と笑う異常性……こいつは少女の皮を被った未知の『魔人』じゃ!!」
チャキチャキチャキッ! と、荒くれ者たちが一斉に武器を構える。
私が微小筋群を締め直し、神経毒でギルド全体を即座に無力化しようとした、その刹那。
「――やめてくださいッッ!!!!」
カツンッ、と硬質な音が石畳を叩いた。
私の背中から滑り降りたクロエが、【ガラスの靴】を響かせて前に躍り出たのだ。彼女は小さな両手を大きく広げ、ギデオンたちの前に真っ直ぐ立ちはだかった。
「クロエ!? 危険じゃ、下がっておれ!」
「違います! 私を殺そうとしたのは、ザックさんたちです!」
クロエは『剣鬼』の殺気を前にしても全く怯えることなく、琥珀色の瞳で真っ直ぐに見据えて訴えた。
「ザックさんたちは、ゴブリンの群れが来た途端に私の足を踏み折って、生き餌にしたんです! そこへアノマロちゃんが助けに来てくれました!『食べた』なんて、アノマロちゃんなりのジョークですっ! だって白い煙が晴れた時には、ザックさんたちは武器まで放り出して、とっくに逃げ出した後だったんですから!」
(いいえクロエちゃん、鉄剣は消化できないからペッと残しただけです☆)
「アノマロちゃんは魔人なんかじゃありません! 折られた足も一瞬で治して、こんな綺麗なガラスの靴だって作れちゃう、世界で一番優しくて強い、私の『騎士様』なんですっ!!」
ふんすっ、と胸を張るクロエ。
だが、カウンターの奥からリックスが這いずり出て、嘲笑を上げた。
「ハッ! 魔力ゼロの落ちこぼれが笑わせるな!『鑑定水晶』を通せば、お前が嘘をついていることなど一発で分かるわ!」
リックスは戸棚から高位魔道具『鑑定水晶』を取り出し、ずかずかと私へ向けて突きつけた。
「さあ、正体を現せバケモノ! 神の魔道具が、貴様の化けの皮を剥いでやる!」
鑑定水晶が青白い光を放ち、空間の魔素を走査する。
だが次の瞬間――。
『キィン……ピキッ、ガガガガッ……!』
水晶から浮かび上がった光の文字盤が、ひどく狼狽しているかのように激しく明滅し始めた。
『【宿主:クロエ】』
『【魔力:0】』
『【種族:……えっと、何だこいつは?(※該当データなし)】』
「なっ……なんだこのふざけた表示は!? なぜ契約者ではなく『宿主』なんだ!?」
リックスが焦って水晶を振るが、文字盤の暴走は止まらない。
『【筋力:分かりません】』
『【固有スキル:カスイブンカイ?(※魔法陣非検出)、リュウタイリキガク?(※未知の概念)、キャビテー――!?】』
バチバチバチッ!!
オゾンが焦げる異臭と共に、水晶の奥底から「ギィィィンッ!」と悲鳴のような軋みが鳴り響いた。地球四十六億年の情報量に耐えきれず、内部の魔力回路が限界を超えて発火したのだ。
「あ、あっ、熱っ!?」
パキィィィンッ!!
甲高い音を立てて、鑑定水晶はリックスの手の中で真っ二つに砕け散った。
「な、ななっ!? 水晶が砕けた!? 測定不能だと……!? それに魔人なのに『魔力ゼロ』!?」
手と顔を黒焦げにしたリックスが、腰を抜かして後ずさる。
「――ええい、騒ぐな!!」
そのパニックを、ギデオンの覇気を込めた一喝が断ち切った。
ギデオンは砕けた水晶を一瞥すると、白鞘の刀の柄を強く握りしめる。
「魔道具が砕け、測れぬというのなら……わしのこの眼と刀で直接測るまでじゃ!!」
ギデオンは鋭い隻眼でクロエと、その後ろでニコニコと首を傾げる私を射抜いた。
「クロエ! お主がそやつの真のテイマーとして心を通わせておるというのなら、ギルド奥の訓練場へ来い! その未知の従魔が本物かどうか、このギルドマスターであるわしの目の前で証明してみせい!!」




