第107話 さぁて!クロエをおんぶして、いっちょギルドへ行きますか!
「くっ……う、ぅ……っ」
再会の涙が引いたあと、這い寄る夜の冷気とともに、折れた右足から脳髄を直接突き刺すような激痛がぶり返してきた。
ザックに踏み砕かれ、脛骨と腓骨が圧し折られた重度骨折の熱と痺れ。それでもクロエは、私に心配をかけまいと青ざめた唇を噛みしめて声を殺している。
「あ、アノマロちゃん……私、平気……平気だから……っ」
「無理しなくていいから、クロエ! 今、特製の鎮痛ペプチドを皮膚から直接浸透させるね。ちょっとひんやりするよー」
パステルピンクと水色のツインテールを揺らし、私は白磁のように滑らかなアバターの掌を、泥にまみれたクロエの足へと優しく重ねた。
(アバターの表皮組織から鎮痛ペプチドを局所分泌! ナトリウムチャネルを阻害して、脳への痛覚伝導路を即座に完全ブロックよ☆)
「……えっ? 痛み、が……消えた……? 嘘……全然、痛くないよ……!」
クロエが琥珀色の瞳を大きく見開く。魔法陣も詠唱もないのに、燃え盛る火かき棒で抉られるようだった激痛が、冷たい清流に洗われるようにスッと引いていったのだ。
「ふふっ、痛みを麻痺させただけじゃないからね。ここから解剖学的な骨整復と、爆速再生のプロセスに入るよ。……ちょっと荒療治になるけれど、驚かないでね?」
言いながら、私はアバター自身の右脚へと手を伸ばし――。
ぱきんっ。
硝子細工を外すような軽快な音とともに、自らの右脚外殻を膝下から躊躇いなく『自切』した。
「ひぁっ!? ア、アノマロちゃん……脚が……っ!?」
「大丈夫。アバターの痛覚はオフってるし、こんなの私にとってはトカゲの尻尾切りみたいなものよ☆ ――しかもねっ! 今回はただ固めるだけのギプスじゃないんだから!」
私は得意げに胸を張りながら、切り離した自分の右脚組織をクロエの足へと添えた。
「この組織には、フクロムシや寄生バチのDNAから抽出した【免疫逃避機能】と【微細寄生根ネットワーク】が組み込んであるの! 私の生体組織がクロエの血管や神経へ『優しく寄生』して、そこへプラナリア由来の全能性幹細胞と骨形成因子を絶え間なく送り込み続ける……固定・防護・爆速再生を同時に行う【生体義甲】よ☆」
ジュウ、と神秘的な脈動音が響き、半透明の生体組織がクロエの折れた右足へとスライムのように絡みついた。
内部で破砕された骨片の爆速癒合プロセスを起動すると同時に、外層の多糖類が空気に触れてナノ秒単位の架橋反応を起こし――シャラァン、と涼やかな音を立てて瞬間硬化する。
夕闇のわずかな光を吸い込んで煌めくそれは、まるで童話の挿絵から抜け出してきたかのような、美しく強靭な【ガラスの靴】だった。
「すごい……! 結晶みたいにキラキラしてて、まるでアノマロちゃんの温もりがずっと足を撫でてくれてるみたい……! で、でも、アノマロちゃんの足が……」
「ん? 私の足? ほら、もう元通りよ☆」
クロエの視線の先で、パージしたはずの私の右脚が、爆速の細胞分裂を経てわずか数秒でニョキニョキッと真新しい白肌を形作っていく。
「は、生えたぁぁぁっ!?」
「ふふん、プラナリアと両生類の再生力学を舐めないでほしいわね☆」
頭の上で誇らしげに複眼を揺らしている私(本尊)へ、クロエは感涙を浮かべながら手を伸ばし、滑らかな背甲を優しく撫でた。
「ありがとう、アノマロちゃん……! 本当に、私のお医者様で、私のお守り様だね」
「ふふっ、頭の上の本尊も喜んでるわ。……さて、骨の完全癒合が完了する明日までは自力歩行は厳禁よ。だから――」
私はクロエに華奢な背中を向け、すっと膝を落とした。
「おんぶしていくわ。しっかり掴まって」
「えっ!? で、でも、アノマロちゃんを疲れさせちゃうんじゃ……」
「私のアバターの筋出力スペック、なめないでよねっ。クロエの体重なんて、私からしたら羽毛に等しいんだから☆」
クロエは少し照れながらも、私の背中へとそっとしがみついた。首元に細い腕を回されると、ふわりと甘くて懐かしい匂いがした。
「さあ、冒険都市リグへ帰還よ」
私はクロエを背負ったまま、軽やかに立ち上がった。
足元は木の根や岩が転がる悪路だというのに、私の歩行には一切の上下動も、泥を跳ね上げる振動も存在しない。
(二足歩行の運動力学を完全ハック! 重心の揺動を体幹の微小筋群で相殺し、患部に一ミクロンの振動も与えない『無振動・生体ウォーターベッドおんぶ』よ☆)
「すごぉい……! 全然揺れない……まるで空を飛んでるみたい……!」
「ふふ、地球四十六億年の進化史における足取りの計算に比べれば造作もないわ」
一番星が瞬き始めた空の下を、二人で進んでいく。
クロエは私の肩にちょこんと顎を乗せ、背中の温もりを噛み締めるように呟いた。
「アノマロちゃん……私ね、今すっごく幸せ!」
「えっ? あ……そ、そう。私もよ……っ!」
「夢の中の存在だと思ってた! でも違った! アノマロちゃんと出会えて本当に良かった! それに、こうしておんぶしてくれてることが、何より一番嬉しい!」
クロエが私の首元に、ギュッとしがみついてくる。
「……もう、まったく。甘えん坊さんね」




