第104話 異形変幻!カンブリア・JK・アノマロちゃん参上☆
「足手まといのゴミが。そのままゴブリンの餌にでも――」
雨のそぼ降る、辺境の大森林。
泥水の中に倒れ伏すクロエを見下ろし、ザックは愉悦に歪んだ笑みを浮かべて、彼女の折れた右足へ分厚いブーツの底を振り下ろそうとした。
――その、刹那。
ズドォォォォンッッ!!!!
落雷のような爆音と衝撃波が、数十メートル離れた木々をまとめて薙ぎ倒した。
ザックのブーツが空中で止まる。分厚い雨雲を突き破って飛来した『何か』が、少し離れた泥濘へ隕石のように激突し、巨大なクレーターを穿ったのだ。
「な、なんだ……!? 魔物の襲撃か!?」
ザックが土煙の上がるクレーターへと視線を向けた、コンマ一秒後。
濛々と立ち込める高熱の蒸気を切り裂き、パステルカラーの残像がフッと『消失』した。
彼がクロエへと視線を戻そうとした瞬間――目の前にはすでに、音速を超えて間合いを詰めた少女が、軽やかに右足を振り抜いていた。
「――が、ァ、ビュッ!?」
ベクトルを精密にコントロールされた一撃。
直撃した蹴りがザックの防御障壁を紙切れのように砕き割り、肋骨をへし折りながら、その身体を大断崖の岩肌へと砲弾のように吹き飛ばした。
ズドォォォン!!
背中を岩肌に深く叩きつけられ、ザックは地面に落ちてカエルのように潰れた。
即死しなかったのは奇跡ではない。生かしたまま最大の苦痛を与えるため、内臓の急所だけを外して骨を砕くよう威力が計算されていたのだ。
霞む視界の中、クロエを庇うように立つ『それ』が振り向いた。
パステルピンクと水色のツインテールを揺らす、華奢な少女。だがその頭上には、パステルカラーの『アノマロカリス』が帽子のように鎮座し、太い神経索で少女の脳天と直結していた。
「ひ、ひゅ……な、なんだこのガキ……囲んで、殺、せ……」
ボラ、ゲイル、そして血の匂いを嗅ぎつけたゴブリンの群れが、四方八方から少女へ襲い掛かる。
だが、私は泥濘を滑るように刃を躱し、小さく呟いた。
「――『ヨホイア』」
少女の右腕が爆発的に膨張し、無数の棘を生やした巨大な捕食鞭へと変貌する。そのまま一閃し、先陣を切って飛び込んできたゴブリンの錆びた剣ごと、その腕を粉々に砕き折った。
『ヒィィッ!?』
「死角だぜ化け物ォッ!」
背後から短剣で迫るボラには、振り返りもせず「ハルキゲニア」と告げる。
少女の背中を突き破り、漆黒の長棘が放射状に射出された。高圧の蒸気とともに伸長した棘が、ボラの四肢を岩壁に縫い付ける。
「ふざけるなァッ!!『ファイヤーアロー』!!」
発狂したゲイルが放つ炎の矢。私は右手を突き出し、冷酷な声で告げた。
「――【局所熱暴走】」
掌から放たれた超高熱の陽炎が、ゲイルの炎の矢を「プツンッ」と上昇気流ごと掻き消した。
「あ……え? 俺の、魔法が……っ!?」
ものの数秒で、悪党たちもゴブリンも手足や武器を破壊された肉塊と化す。
私は優雅にステップを踏んで、岩肌の根元で這いつくばるザックの目の前へと歩み寄った。奥底に幾何学的な複眼を沈めたアンバーゴールドの瞳と視線が絡んだ瞬間、ザックは失禁して絶叫した。
「ヒッ……! 来るな、バ、バケモノ……!!」
「人体の構造力学も分からない三流が、イキらないでくれる?」
恐怖に引き攣るザックを見下ろし、私は両腕を漆黒の大バサミへと変貌させた。
「最初の一撃で即死させなかったのは、これのためよ。クロエの右足、よくも折ってくれたわね。同じ痛みを脳髄に刻んであげる」
「や、やめっ――ギャアアアッ!?」
大バサミが空気を裂き、ザックの両手両足の関節だけをピンポイントで断ち切って泥水に転がした。
「あ、アアア……ッ! 悪かった、金なら払う! 見逃して――」
「冗談でしょう。クロエの折れた骨と細胞を完全再生させるには、私のATPだけじゃ足りないの。あなたたちはここで、クロエを治すための『栄養(血肉)』になるのよ」
私はクロエの視界を遮るように、排熱機構を全開にして周囲一帯に分厚い水蒸気の煙幕を発生させた。
シュゴオオオオッ!! と立ち込めた白い霧が、私とザックたちを完全に覆い隠す。
「ヒッ、な、なんだこの煙――あ、アアアア――!」
煙幕の中で右腕を捕食管へと変異させ、超高濃度の消化液を浴びせる。
悲鳴は一瞬で溶け落ち、ジュワッ……という音とともに、彼らは純粋な有機エネルギーとなって私の体内へと吸収されていった。
数秒後、風が白い霧を吹き払う。
泥水の上には、彼らが逃げ去る際に放り出したかのように、薄汚れた剣や装備だけが虚しく転がっていた。
シューゥゥゥ……。
私の両腕が、元の華奢で愛らしい少女の輪郭へと再構築されていく。降り注ぐ泥水や血飛沫も、皮膚の微細な凹凸構造――【ハス葉効果(ロータス効果)】によって一瞬で弾き落とされ、汚れの一滴すら残らない。
私は殺意のスイッチを完全に切り、泥水の中に倒れ込む、世界で一番大切な少女のもとへ駆け寄った。
「あなたは……だぁれ……?」
泥と涙に塗れた顔を上げ、クロエが激痛に耐えながら消え入りそうな声で呟いた。
彼女の魂の奥底から、何度も見たはずの「不思議な夢の記憶」が溢れ出していた。
冷たくて暗い場所で、いつもそばにいてくれた丸っこい妖精さん。
頭の中に直接響く、『せいかがく』や『えーてーぴー』という言葉。
折れた右足を痛くないように包んでくれたガラスのギプスと、凍えそうな夜に二人でふーふーしながら飲んだ、甘くて温かいスープの湯気。
私は、鈴を転がすような人間の声で優しく語りかけた。
「私は、クロエの騎士様だよ。――ねえ、また私に名前を付けてくれるかな?」
「名前……? 私が……?」
「そうだよ!」
戸惑うクロエ。けれど、少女の頭の上にちょこんと乗った『私』と、その奥にあるアンバーゴールドの瞳を見つめた瞬間――魂の奥底に眠っていた「あの温もり」が、目の前の存在とカチリとひとつに重なった。
クロエの琥珀色の瞳が大きく見開かれ、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「名前……。あなたの名前は……もしかして、アノマロちゃん……?」
「そうだよ、クロエ!」
「本当に……本当にアノマロちゃんなの……!? いつも夢に出てきた……私の、妖精さん……!?」
「うん! ただいま、クロエ!」
「アノマロちゃぁぁぁん!! うわぁぁぁぁぁん!!」
言葉が終わるより早く、クロエはすっかり痛みの引いた足で泥の中から跳ね起き、私の首元へ思い切りしがみついた。そして、子供のように声を上げて泣きじゃくる。
あの時、私のハサミの先から砂のようにすり抜けていってしまった、小さな手。
だけど今、私の胸の中に飛び込んできたのは――確かに生きている、柔らかくて、たまらなく温かいクロエの体温だ。
「痛かったよね、怖かったよね。……もう大丈夫。過去も、現在も、未来も、私はずっとクロエだけの騎士様だよ」
私はすがりつく彼女の小さな身体を、二度と離さないように強く抱きしめ返した。
そして、涙を拭って笑ったクロエの手をぎゅっと握り、立ち上がる。
「さあ、行こうクロエ。まずは温かいお肉とスープを食べて――今度こそ、約束の『海』までノンストップで駆け抜けるわよ!」
「……うんっ! 一緒に行こうね、アノマロちゃん!」




