第102話 特定外来生物、始まりました☆
『――ねえ! ◼️◼️◼️ちゃん。◼️◼️て!』
暗闇の向こうから、誰かの必死な叫び声が響いている。
お母さんの声……。先輩の声……。それから、命よりも大切な「誰か」の震える声。
私の冷たい身体に触れていた甘くて温かい感触が、指先からサラサラとすり抜けていき――私の魂は、光の届かない深淵へと真っ逆さまに堕ちていった。
***
「あらら〜、やっちゃいました〜♡」
「……あれ……? 私、死んだ……んだよね……?」
気がつくと、私は真っ白な空間に浮いていた。
目の前では、おっとりとした女神様が温かいお茶をすすりながら頬に手を当てている。
全身の骨が砕けた激痛も、喉の奥にへばりついていた鉄の味も、嘘みたいに消え去っていた。それどころか、ショックのせいか、記憶のあちこちにザーザーと白いノイズがかかっている。
「本当はそちらの、【本命の勇者様】だけを異世界に転生させる予定だったんですけどぉ……私、おっちょこちょいなので、近くにいた【あなた】も一緒に巻き込んで送っちゃうことになりましたぁ。うっかりです〜♡ てへぺろっ♡」
イラッとする女神様がのほほんと指し示した隣には、神々しい後光を背負った金髪混じりのイケメンが、俺こそが主人公と言わんばかりのドヤ顔で立っていた。
……誰だっけ、コイツ。
頭の中のモヤのせいで、そいつの名前も、自分の名前すらも思い出せない。
だけど、私の中に刻まれている確かな記憶が一つだけある。チャールズ・ダーウィン先生を「唯一無二の推し」と崇め奉った、筋金入りの生物オタクの記憶だ!
推し生物は『アノマロカリス』!
え? 推しポイント? 聞いてくれます?
そりゃあ、三葉虫の殻をバリバリに砕くあの前部付属肢の機能美がガチで尊くて〜、カンブリア紀の頂点に君臨する捕食者としての完成されたボディプランが――って、そうじゃなくって!
「あぁ? なんだよお前、ブツブツ気持ち悪いんだよ。……なあ女神様ァ、この陰キャ、さっさと追い払ってもらっていいッスか?」
金髪イケメンが、私を露骨に見下して鼻で嗤う。
――は?????
理由はわからないけれど、そいつの声を聞いた瞬間、私の魂の奥底からどす黒い殺意の炎が跳ね上がった。
「さあさあ! 細かいことは置いといてぇ! 本命の勇者様には、異世界で無双できる【最強チート魔法】と【聖剣】をプレゼントしちゃいますねっ! 顔もカッコいいし、まさに主人公って感じで超ステキです〜♡」
「ヘッ、当然だろ。俺こそが選ばれし主人公だからな!」
ちょっと待って。うっかりで巻き込んでいいレベルじゃないんですけど!?
てか、こんなクズな本性が顔に滲み出てるイキリ男に、見た目だけでチートあげちゃうとか、マジでどういうこと!?
私がツッコもうとした瞬間、女神様の後ろに巨大なステータスボードが浮かび上がり、不吉な赤色に点滅して警告音を鳴らし始めた。
『WARNING! WARNING! UNREGISTERED ENTITY DETECTED!』
「あ、でも困りましたねぇ……。この異世界のシステムってとっても厳しくってぇ〜」
あざとく眉を八の字に下げた女神様の口から、とんでもない言葉が飛び出した。
「事前に登録のない異物――いわゆる『特定外来生物』は、自動的に【排除すべきシステムエラー】として検知しちゃうんです。ですから、【あなた】は『特定外来生物』なんですぅ〜」
は? 私が? 在来種の生態系を脅かすからって、問答無用で駆除対象になるアレ!?
「それからぁ〜、『システムによる初期保護』……レベルとか、スキルボードとか、チート魔法なんかは、ぜ〜んぶエラーで適用されませ〜ん」
(え? 待って待って)
「転生先も自動的に、システムの光が及ばない最底辺の『カンブリア・ダンジョン最下層の水たまり』になっちゃいます」
(ちょっと、人の話聞いて!)
「生存確率は……うふふ♡ システム計算だと『0%』ですねぇ」
(0%って、ガチで詰んでるじゃん!)
「ギャハハハ! なんだよそれ! 転生してまでバグの欠陥品って、マジウケるんだけど!」
「システムは及びませんが、速やかに自然淘汰されちゃいます〜。本当にごめんなさいね〜♡」
金髪イケメンが大爆笑する横で、おっとりした声のまま死刑宣告をぶちかましてくるポンコツ女神。
直後、私の魂の前に、ガシャンッ! とド派手な音を立てて謎のジェットコースターが出現した。
「ええじゃないか♪ ええじゃないか♪」
ポンコツ女神が私の魂をぐわしっ! と掴むと、強引にコースターの座席へと押し込んだ。
(ちょっと! 嘘、待って! 私、体育の成績ずっと2だし絶叫系とかホント無理ゲーで……っ!)
「バイバイ、バグちゃん♡ 生存確率ゼロだけど頑張ってね〜♡」
「せいぜい泥水すすってくたばれよ! 俺は地上で無双してハーレム作るからよー!」
ガコンッ! と安全バーが下り、ジェットコースターが垂直に急発進する。
体感10G。真っ暗な奈落の深淵へと、猛スピードで急落下していく。
(内臓ふわってなるやつ! 無理無理むりむりむりいィィィィィ!!!!)
落下していく暗闇の中。
私の中のダーウィン先生が――そして、名前も思い出せない『大切な誰か』と語り合った魂の記憶が、バチッと音を立ててスパークした。
――『過酷な環境こそが、進むべき進化を促すんだ』
(……レベル? スキル? そんな神様のシステムなんて知らんし! 生物オタクの執念、なめんなよ!)
迫りくる最下層の冷たい泥水を見据え、私は魂の咆哮を叩きつけた。
(自然淘汰、上等じゃない!! 私は私の『進化論(ガチ生物学)』で、あんたらの作った甘ったれた生態系ごと、バッキバキに喰らい尽くして上書き(アップデート)してやるんだからァァァ!!)




