表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

将来の夢

 翌日、校外遊戯部として活動を始めることになったのだがその前に……数学や物理基礎といった通常授業が始まることになる。

 B組に数学Ⅰの担当として訪れると、A組とはまた違った雰囲気を味わうことができた。

 A組は澪やその友達が中心となって盛り上がっているいかにも高校生らしい仲の良いクラスなのだが、B組は特に中心で騒ぐタイプの生徒はいないように見える。しかしよくよく見てみると男子も女子も頼る相手は神木でB組の中心人物と言っていいだろう。

 つやのある銀髪は短く切りそろえられており、横髪は三つ編みでまとめている。柔和な肌にクールな(あお)い瞳。まるで王子様のような(たたず)まいに心惹かれるのは男子も女子も関係ないらしい。


「それじゃ、チャイムなったから授業始めるぞー。席につけ~」


 チャイムが鳴って授業開始の合図がなされると、生徒たちはみな席に座る。隣の席のこと会話しているのは大目に見ておこう。

 本日は授業を進める気はなく、オリエンテーションにする予定だ。神木の存在で勘違いしそうになるが、俺とB組の生徒はまったく面識がない。一応、授業が始まるまでの時間で顔と名前は一致させたのだが……。


「じゃ、とりあえず自己紹介。冴島朔(さえじまさく)と申します。担当科目は数学と物理基礎だから、数学Ⅰと数学Aを合わせると週6で授業することになるな。趣味は……勉強、になるのかなぁ」


 高校数学は二種類ある。私立(さきがけ)高校は教員の数も生徒の数もそこまで多いわけではないので、教員一人ひとりが任せられる仕事は意外と多かったりする。

 追加で俺はほかの科目も専行していたので、ほかの先生が休みの場合は臨時で俺が進める時もあるのだ。そこで他学年の生徒とも関わることができる。

 いまだ席は出席番号順なので、一番の生徒から順番に自己紹介が進行していく。最近の子の趣味は似通っているんだなと感じながら聞いていると……。


神木怜(かみきれい)です。勉強全般が得意なので分からなかったら聞いて下さい。特に女子、冴島先生に聞きにいかずに私のほうにきて下さい。趣味は先生のことを考えることです」


 ……あかん、なんかデジャヴを感じる。というか神木ってこんな生徒だったか。クールでしっかり者の印象があったので、神木のまさかの自己紹介に困惑してしまう。

 しかも事情を知らない女子はざわざわと騒いでいて男子は絶望し、一部の者は未だ状況を受け入れられず天を仰いでいる。澪の時と完全に一致していた。

 (みお)の時と同じようにクラスに事情を説明し、昔交流があったと伝えておく。


「神木は昔、俺のバイト先の塾の生徒だったんだよ。その時に色々仲良くなったってだけだから……女子は騒がず男子は絶望するな」


「えぇ~?神木さんの様子を見る限り塾の先生と生徒の関係じゃなさそうだけど?」


「そりゃ、私と先生は将来を誓い合った仲だからね」


 神木のカミングアウトに、女子はさらにきゃーきゃー騒ぐ。男子の絶望は……もう触れないでおこう。


「あの時お前小一だっただろ!よくある微笑ましい話を五年越しに持ってくるな‼」


「え~?せんせー責任はちゃんと取らないとダメなんだよ?」


「そうだよ、ほかの女にうつつを抜かしてるようだけど、先生は私と結婚しないと駄目だからね」


 神木の言う他の子……というのは澪たち四人のことなのだろう。うつつを抜かしている気は全くないが、気に障らない部分があったらしい。

 というか、神木はもともと先生、いや大人という存在を嫌っていた。俺も最初に塾生徒として神木に接したときは苦労したものだ。

 その後は紆余曲折(うよきょくせつ)ありながらも神木は俺を認めてくれたのだが、大人を嫌っている彼女がどうしてここまで固執するのだろうか。というか大人嫌いはもう治ったのだろうか。


「はいはい、馬鹿なこと言ってないで次ん生徒の番だから」


「あー逃げたー」


 澪の時と全く一緒の反応をされて些か不快ではあるが、まだ自己紹介は半分も終わっていない。こんなものの後で非常にやりづらいだろうが、次の生徒に振って強制的に進めることにした。

 その後の男子は八割がた()えていたが、男という生き物は単純なものなので明日になれば元気に登校してくれるだろう。


「それじゃ、自己紹介も終わったところで……オリエンテーション用のプリントを配る」


 初回の授業は教科書を進めたり流し見るなど教師によって多種多様だと思うが、俺は毎回プリントを配り生徒たちにあることを書かせている。


「プリントにはまず将来の夢を書いてもらう。職業でもこんな大人になりたいでも構わない。書けたらその夢を叶えるために必要なことをその下に書く。進学してとか資格取ってとか、ダイエットとかそういうのでも構わない。それを見て必要なことを数学的に表せないか考えるのが今日のやることだ」


 高校に進学してきた生徒の大半が数学を受けていて言うことがある。どうせ社会に出たら使わない、学ぶ意味ないじゃんといった言葉である。

 俺は当時から教師を目指していたので常に全力で学びに行っていたが、全生徒が教師になりたいわけではないし数学者を目指しているわけでもない。

 将来の夢と数学は結び付かない。そう思っている生徒が非常に多いのだ。しかし、細かく細分化していけば全ては数学に置き換えることができる。

 例として、俺の場合を挙げよう。

 まず教師になるのはそれに見合う知識が必要だ。教員免許を取るためにも必要だし、生徒からの質問に答えられるようにするためにも必要だ。

 次に優れた教師には信頼が必要になる。信頼される教師になることで、生徒にとって心地よい場所づくりができるというものだ。

 最後に情熱が欠かせない。教師というのは時に問題児とも対峙する。どんな問題を抱えていてもその問題を解決してあげたい、生徒に寄り添いたいという情熱が必要なのだ。

 知識、信頼、情熱。これらをすべて文字に置いて関数を作ることだって可能であり、計算結果を高めるためには何が足りなくてどの数値を上げるのが優れた教師になれるのかを可視化してくれる。

 プリントの例を生徒たちに示し、書きやすいようにする。まだ戸惑っている生徒もいるが、多くの生徒の筆が進んでいる。

 プリントの回収をするつもりはないが、気になってしまうのが事実だ。過去の俺も教師という夢を叶えるために工程を細分化して取り組んだものだ。少しでも優れた教師になっていれば、共に教師を目指した幼馴染にもいい顔ができることだろう。


「ねぇ、先生」


 幼馴染は今何をしているのだろう、とぼーっと考えていると気づけば近くに来ていた神木がプリントを見せてきた。

 どこか分からないところでもあったのだろうか、とプリントをのぞき込むと……将来の夢の欄に『冴島先生のお嫁さん』と書かれているのを発見して思わず咳き込んだ。


「なっ⁉おまっ——」


「家族になるための手順、一緒に考えよっか♡」


 耳元で囁く神木の言葉に過去の大人嫌いだった生徒の面影はなく、むしろ懐きすぎなくらいなのでは……?と遠い目をしてしまう。

 神木の行動にクラス中の視線が突き刺さり、いたたまれなくなった俺は神木をどけると廊下に空気を吸いに行った。

 このままでは、一年生の授業がまともにできないのではないかと一抹の不安を覚えながら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ