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生徒たちから温かい目を向けられる

 スリーサイズの書かれた紙を他の教員の目もある職員室のゴミ箱に捨てるわけにもいかず仕方なく自室に持ち帰った翌日。校内探索ということで先日で来た友達と雑談している生徒もいればこれを機に話しかけている生徒もいた。

 これなら担任の俺が気にすることなくクラス団らんで一年間楽しむことが出来るだろうと思えたのかもしれない……俺の隣に張り付いてくるものがいなければ。


「おい、いい加減離れて他の生徒と仲良くしろ」


「え~?別にいいじゃん。あたしたちの仲の良さを見せつけていこうよ」


「変なことを言うなっ!良いからクラスメイトとは仲良くしとけよっ‼」


 ⅠーAで今最も注目されているのは間違いなく澪だ。周囲より数段階可愛く性格も明るいので中心に立つような人間だと思われているのだろう。

 しかしその本人は何故か俺にべったりくっついている。クラスメイトがどう思っているかが非常に気になるところだが、今気にしても仕方ない。

 それよりも澪がクラスで孤立しないために友達を作らせる必要がある。だが今の状況で俺たちに割って入る者はおらず、クラスの輪に入っていける雰囲気ではない。


「――ここが図書室だ。ちょっと時間取るからどんな本があるか見る時間にする」


 俺は澪から離れて学び途中だった経済学の本に手を出す。専行しているのは数学と物理だが、教師という立場上俺はすべての分野を学ぶことにしている。

 とはいえこれで澪と離れることが出来たし彼女も友達を作ることが出来るだろう。

 ふと気になって彼女の方をチラッと確認すると、男子生徒と会話していた。クラスで浮くなどという事態にならなそうで安心した。


「さ、桜庭さんって好きな物とかある?」


「え?うぅん……冴島先生かな」


「それは、その……先生として?」


「そりゃもちろん、異性としても先生としてもだよ♪」


 なんかとんでもない発言が聞こえてきた気がするが、澪が世間を知らないだけなのだ。高校で青春を謳歌(おうか)すればその考えもきっと変わる事だろう。

 俺の方にじっと視線が向けられたが、俺から話せることはない。焦って否定しても本当っぽくなってしまうからだ。


「えぇ、澪ちゃん冴島先生が好きなの⁉なんで⁉」


「えへへ、あたしが幼稚園の頃みんなから避けられていた所を助けてくれたんだ♪だからね、あたし言ったの。『大きくなったら先生のお嫁さんにしてください』って」


 澪の話を聞いて、周囲の生徒たちは静かに温かい目だけを俺に向けていた。俺の感覚がおかしいわけではない証明になっているのは間違いないが少し腹が立つ。


「でも先生ったら酷いんだよ⁉久しぶりに会ったのにあたしの事すぐ思い出してくれないし、他にも婚約者作っちゃってさ~‼」


「ちょっとさえさく先生~、それはないんじゃない~?」


 経済学の本を読んでいた俺に生徒は話しかけてくる。本をぱたりと閉じて棚に戻すと分かりやすくため息をつく。

 こうやって気軽に話してくれるのは嬉しいのだが話題が話題なので地味に答えづらい。


「……仕方ないっていうか、世の先生はみんなそう答えるだろ。それに何年前の話だと思ってる?もうとっくに時効だろ」


「先生……酷い……」


 うるうると瞳を潤しながら訴えてくる澪。

 周囲のクラスメイトも澪の味方のようで、俺を責めるような視線をビシビシ感じて居心地が悪い。


「いや……言い方は確かにちょっとあれだったけどさ。俺が責められる余地はないって話」


「でもさえさく先生、既に約束したのに他の事も同じ約束するのは駄目だよ」


「……え、これ俺が悪いってことで話(まと)めようとしてる?」


 こくりと頷く少女。いや、素直に答えればいいっていう問題じゃないんですが。


「あぁはいはい、もう図書室の見学は終わり。次行くから各自図書室を出て‼」


「……逃げたね、さえさく先生」


 たとえ何を言われようとこの話を広げるつもりはない。そもそも当時の問題は彼女からすればナイーブな話だし、わざわざ掘り返す必要もないだろう。

 その後澪がくっついて歩くことはなく、クラスの女子と楽しそうに会話していた。そうだ、そういうので良いのだ。

 少し寂しさを感じてしまったが、それが普通なのだからこれ以上気にしてもいけない。

 教室に戻ってくると、次の授業の時間まで休憩時間となる。校内探索の結果、休憩時間が長くなってしまうのは仕方ないだろう。

 次の時間に説明する委員会とクラス係を黒板に書き込む。去年は担任としてクラスを受け持つことはなかったので立候補しそうな委員会などは知らないが、最近の高校生はそもそもあまり立候補しないと聞く。

 俺の時も委員会や生徒会に進んで立候補する人は珍しかったので、更に希少になったのかもしれない。

 黒板に各種委員会を書き終え、しばらくすると授業開始のチャイムが鳴る。


「じゃ、次は委員会を決めるぞ。委員会はそれぞれ男女一人ずつやってもらう。クラス係はバランスが良ければ何でもいいらしいが……全員がクラス係を望んだら良くないからな。先に委員会を決める」


 黒板の上の方に書かれている委員会から順に説明していく。クラス係は置いておいて先に委員会の説明をしたが生徒の反応を見ていて立候補したがる生徒がいない事を察した。

 こういう時はじゃんけんで決めるのが多いが、できれば話し合いで納得の上決めたいのだ。委員会は一年間属すものだしなあなあで決めたくない。

 その後、悪戦苦闘しながら学級委員以外の委員は決めることが出来た。体育委員や図書委員など立候補者がいてくれたことが救いだろう。


「はぁ……やっぱ学級委員は余るよなぁ。どうしたものか」


「さえさく先生~、学級委員って具体的に何するんですか~?」


 確かに仕事内容を言わない学級委員など面倒くさいと思ってしまって当然だ。といっても、具体的な仕事内容を言ってしまえば更に面倒くさがりそうなものだが。


「あぁ、やることは大きく分けて三つ。一つ、学級日誌を書くこと。二つ、クラス内の問題などが生じた際に担任もしくは副担任と話し合い。三つ、学年集会の事を学年主任、つまり俺と話し合う。以上の面倒な仕事だがやってくれる奴は……」


「はい!あたしやります‼」


 おぉ、今の仕事内容でやりたいと思う人間がいるとは、と感心して黒板に名前を書くために挙手した生徒に視線を向けると……満面の笑みで手をあげている澪の姿があった。


「二人っきりで話し合い……それに学級日誌、これはもはや文通……♡」


「……いや、委員会は男女一人ずつだから、俺とお前二人っきりって訳じゃ」


 立候補してくれたのは嬉しいが、澪の言っていることを聞いているとどこか不安になってくる。真面目に仕事に励んでくれるのなら安心して任せられるのだが。


「じゃ、じゃあ男子は俺が!」


「いや俺が!」


「いやそこは俺だろ、何言ってんだお前ら‼」


 学級委員の女子が澪と分かった瞬間、我先にと男子諸君が挙手してある意味祭りになっていた。

 クラスの女子だけでなく、澪もそんな男子生徒たちに冷たい視線を向けていた。……これでは男子の学級委員が決まらないではないか。


「じゃあさ、幽霊部員みたいに名前だけ入れて仕事は澪ちゃんだけやればいいんじゃない?下心で立候補するような男子に学級委員は任せられないし」


「いや、それは……」


「あたしは大丈夫だよ先生!寧ろ二人きりの時間が増えて嬉しいし‼」


 澪に微笑みを向けられたが、一体どんな顔をして受け止めればいいというのか。クラスの半分ほどの男子は今にも涙を流しそうだったが、思春期男子は変に慰めるのではなく放っておくのが最適だ。


「……じゃあ桜庭が辛いと判断した場合、もしくは俺から見て桜庭が辛いと判断したら男子にも仕事を振る。それでいいな?」


「……やです」


「はぁ?」


「名前で呼んでくださいッ!今更桜庭なんて寂しいじゃないですか⁉それに昨日は澪って呼んでくれたのに……」


「お前、仮にも思春期なんだからもっと恥じらいをだなぁ……」


 澪が駄々をこねるせいで周囲の視線が痛い。男子の視線は理解できるとして女子は何故そこで責めるような視線を向けてくるのだ。

 とにかく、最近はコンプラが厳しいのだ。誰でもファーストネームで呼んでいて気づけばセクハラで訴えられていたとなっては笑えない。

 それに思春期の女子は名前で呼ばれるのを嫌がると聞いたことがあるのだが……。


「先生が名前で呼んでくれないと先生が男子に仕事割り振っても私が圧かけて私だけ仕事します!」


「……はぁ~、分かった分かった。じゃあ俺から澪が辛そうと判断したら男子に仕事振るから。それで良いだろ?」


「うんッ‼♡」


 女子から黄色い声が上がったが、もしかすると今年はとんでもないことになってしまうかもしれない。いち早く男子たちと仲良くならなければ……。

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