結婚を約束した美少女たちが恥じらいを知らない
私立魁高校一年の学年主任に任命された俺――冴島朔は昔「大きくなったら結婚しようね」と約束した少女と相対していた。……五人と。
こうなってしまったのは俺の責任だ。子供のいう事だからと気軽に返事してしまっていたが、彼女たちからすれば勇気を振り絞った結果だ。
今では美少女として成長しており、そこらのアイドルと遜色ないと言っていい。
本来であれば、そんな彼女たちに求婚されるなんて嬉しいなんてもんじゃない。しかし俺と彼女たちはあくまで教師と生徒なのである。
いかなる理由があれど、教師と生徒がそのような関係になってしまえば俺は責任問題として公務員をやめざるを得なくなる。
それだけでなく彼女たちにも被害が及ぶので彼女たちに応えるわけにはいかないのだ。
「……ということで、俺はお前らには応えられない」
事情を説明した所、綺麗な亜麻色の長髪が特徴的な桜庭澪は代表するように口を開いた。
「つまり、まだあたしたちは先生からすれば子供って事ですね?」
「まぁ、簡単に言えばそういうことになるな」
だから諦めて青春を送って欲しい、と言葉を続けるよりも先に澪のはしゃいだ言葉が俺の耳に届いた。
「じゃあ、卒業したら結婚してくれる⁉」
「は?」
予想だにしていない言葉が出てきて思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
何かの間違いかと思って澪の事を二度見するか、素晴らしい程目を輝かせている。まるでそれが当然かのような雰囲気すら感じてしまう。
他の四人も同意見らしく、目を輝かせて俺の返事を待っていた。
当時俺が相手にしていたのは幼稚園児や小学生など恋愛対象とはかけ離れた彼女たちだった。だからこそあのような約束も軽く流すことが出来たのだろう。
だが今目の前に映る彼女たちは非常に魅力的だ。年の差はあるが、それでも求婚されて断るような男はいないように思う。
しかしあくまで俺は教師でこいつらは生徒なのだ。卒業後の事を考えるのはまだ早いしあまり気乗りしないのも事実だ。
「……卒業しても気持ちが変わってなかったらその時考える」
……俺は日和った。かつて俺に懐いてくれていた彼女たちを適当にあしらい嫌われることを恐れたのだ。
まだ彼女たちは入学したばかり。高校生活は三年間もあるのだから一人の男、それも十歳程年上の教師のお嫁さんになりたい気持ちなど簡単に折れてしまうだろう。
だが俺は彼女たちの気持ちを甘く見ていたのかもしれない。彼女たは既に十年間程ずっとあの時の約束を果たそうとしているのだ。
そんなことに気づかず返事をしてしまった俺に、五人はずいっと体を近寄せた。
「これからよろしくね?冴島せんせ♡」
「………………」
返事を間違えたかもしれないと反省するころには予鈴が鳴っており、澪以外の四人は教室に戻っていた。
時間を守るのは良いところなのだが、他クラスの担任と生徒の様子を話し合う事ができなかった。流石に初日で授業開始を遅らせるわけにはいかないし放課後か後日に話し合うことになるだろう。
「はぁ……お前も早く戻れ。クラスメイトとの時間を大切にするのも大事なんだからな」
「分かってるよ。でも戻る教室は先生と同じだから一緒に行きたいなって♪」
二ッと満面の笑みを浮かべた澪は、思いっきり俺の腕に抱きついてきた。
むにっと澪の成長した胸が俺の腕に押し付けられて咄嗟に肩をあげてしまった。
「ちょっ⁉お前何して……⁉」
生徒が教師の腕に抱きついている所など見られるわけにはいかない。最近の高校生はそういう所に敏感なのだ。いや、まったくもってそういう事実はないのだが。
振り切ろうとして澪の方に視線を向けると、澪の幸せそうな表情が映る。そんな表情を見せられては、ずっとこのままにさせても良いかもしれないと思ってしまう。
「にへへ……先生がいる♪ずっと頑張ってきたから嬉しい……♡」
「……頑張ったな、澪」
当時の澪を思い返して感慨深く思うと、気づけばぽんぽんと澪の頭を撫でていた。
当時幼稚園児だった澪は、髪色の影響か一人浮いていた。子供の純粋さというのは時に残酷なもので、直接澪に悪口を言う事だって厭わない。
中学生だった俺は地域のつながりで近所の幼稚園にお手伝いとして行くことになった。当時から先生という職業に憧れていた俺はお節介で澪の問題にもずかずかと踏み込んでいった。
その結果、澪が懐いてきてあるあるな将来の約束をしてきたのだ。実は俺も幼少期にしたことがあるので、俺がされたように微笑んで返したのだ。
俺の場合は先生の事をすぐ諦めたわけだが、澪はそうでなかったらしい。十年に近い時を経てもまだ、澪は俺を思ってくれている。
純粋に気持ちを向けられて嬉しい気持ちはあるが、高校生活は今しか送れないのだ。俺なんかにうつつを抜かさずに青春を謳歌してほしい。その事を言ったら怒られそうなものだが。
「ほら、俺は職員室に取りに行くものがあるからお前は先に戻れ」
「むぅ……分かったよ。また後でね!せんせ」
腕から離れた澪はトトトっと教室に戻っていった。
澪がいなくなり、先ほどまで腕に当たっていた感触を思い出してしまい頬が熱くなる。
「いやいやいや!俺は教師俺は教師俺は教師……」
しっかり成長していて嬉しい反面距離を詰められると平静を装うのが大変だと察してしまう。
今後はボディタッチをしっかり注意しなければ……。
職員室に戻って出欠名簿を取ると、急いで教室に戻った。
教室に入ると同時にチャイムが鳴り響き、教室内の生徒が全員席につく。初日という事もあってしっかり時間厳守しているようだ。
まだ交友関係が広がっている感じはしないが、席付近のクラスメイトと話す生徒もぼちぼちという感じだ。
「それじゃ、次は健康診断だから廊下に男女で分かれて並んでくれ。健康診断後は教室に戻ってHRやって今日は終わりだ。しっかり道を覚えないと健康診断後迷うことになるから気を付けろよ~」
席はまだ出席番号順なので、廊下に並ぶのは比較的スムーズに済んだ。こういう所でしっかりしてくれると非常に助かる。
健康診断をする空き教室まで男女別で生徒たちを案内すると、その場にいた監督の先生に後の事を任せて先に教室に戻る。
明日までには最低でもクラスの顔と名前を一致させなければいけない。他の先生がどうかは知らないが、俺は出来るだけ生徒に家族と近い感覚で接したい。
そもそも今学年は百六十人で全四クラス。そのすべての数学と物理基礎を担当するので一年生全員の顔と名前を一致させなければいけない。
教室に次々戻ってくる生徒と軽く雑談して各々の距離感をはかっていく。
全員が教室に戻ってくるのを確認しHRを始めることで皆が荷物をまとめ始める。
「それじゃ、明日は校内を案内するからできるだけ休まないようにな。放課後もスマホは使えるからまだ連絡先交換してない奴らは可能な限り友達作れよ~」
号令をして解散すると、俺は教室を出て職員室に向かう。それぞれのクラスの雰囲気を教えあわなければいけない。
まだ他のクラスは終わっていないらしく、職員室の一年生教員用の部屋に入っても担任の先生は誰も戻ってきていなかった。
俺の席は部屋の角で、唯一の隣の席の副担任は諸事情でまだ着任していない。二か月ほどで来るとの事だが、それまで一人で作業するとなると寂しいものがある。
「1年B組の神木ですけど、冴島先生はいますか?」
職員室にやってきた美少女は、過去に俺と将来の約束をした者の一人である神木怜だった。
「ここにいるけど、どうした?早速何か問題でも……」
クラスで問題が起きているなら既に担任が対応しているだろうし、クラス外の事で何かあったのだろうか。
俺が対応できる問題ならありがたい、と考えていると神木はすっと一切れの紙切れを渡してきた。なにやらメモ書きもされている。
「……?」
書かれているのは数字で、俺には理解できず疑問符を浮かべているとニヤニヤと口角をあげている神木が俺の耳元でこそっと呟いた。
「それ、私のスリーサイズ」
「バッ……⁉なんてもん渡してんだ⁉」
「フフッ……可愛い♡」
小学生だった神木の塾講師だったが、教育を間違えたかもしれない。恥じらいというものがないのかと疑問に思ってしまう。
「「「「先生~!これあげる‼」」」」
後から来た四人も全員スリーサイズが書かれた紙きれを渡してきたので、きちんと教育しなければならないという覚悟を持つことにする。
それにしても……成長したな、こいつら。
昔のこいつらを知っている身としては、数字を改めて見せられるとその成長具合に感動してしまう。決してスリーサイズを見たくて見たわけではない、決して。




