第37話
翌日、僕は隊長に命じられた通り、通信室でホリー軍曹と一緒に通信業務に従事することになった。
「今日はお手柔らかに頼むよ。ホリー軍曹」
「はい、ビシビシやらせて頂きますのでよろしくお願いします、ナオキ軍曹」
僕がそう言うと、ホリー軍曹はニコニコ笑いながら答えた。
「ビシビシやるって……WPの指導教官みたいなことを言うんだね」
「だって、ナオキ軍曹は通信業務初心者でしょう? 通信にも色々決まり事や作法みたいなものがあるんですから、まずそういうところから入ってもらわないと」
「うへぇ……」
僕は思わずうめいた。僕は昔からこういうような「見て習え」的なことが今一つ得意じゃなかったりする。WPの操縦訓練でも、教官の指導通りそっくりそのまま動かすというのが中々出来ず、最終的にこなせるようになるまでかなりの時間がかかったのは今でもはっきり思い出せる。
「なんですか、そのため息は。そんなんじゃ仕事になりませんよ」
露骨に僕がめげているのを見て取ったのか、ホリー軍曹は冗談めかした口調で注意した。
そして、実際に仕事が始まった。
通信の仕事というのは意外にやることが多く、毎時毎時の首都リヴェルナの中央幕僚本部への定時連絡から始まって、情報管理局からひっきりなしに届く業務連絡、各地の基地から届く自動音声による定期連絡……などなど、無数に届く連絡全てにとりあえず目を通し、それが重要ならば隊長の決済を仰がなければならないし、そうでなくても逐一こちらから応答を返す必要がある。
そして、それらを瞬時に判別し、集まってくる情報を的確に区分し、対応しなければならないのが通信業務の大変なところだと、僕は昼までの数時間で思い知ることになった。
「どうですか、通信業務というのも侮れないでしょう?」
昼の休憩時間。他の通信兵と交代で休憩ということになり、僕とホリー軍曹は揃って食堂で昼食を取っていた。
ホリー軍曹が意地の悪そうな笑みを浮かべてそう言うのを、僕は「全くだね」と素直に受け止めた。
「あんなにやることが多いとは思わなかったよ。あれならWPの整備でもしていた方が余程気楽だね。ホリー軍曹やサフィール准尉の大変さが身に染みて理解できたよ」
「大変さを分かってくれたみたいでわたしは嬉しいですよ、ナオキ軍曹」
ホリー軍曹は弾んだ声で話すと、僕の顔を覗き込んできた。
「ところで、どうですか。気分はすっきりしました?」
「えっ?」
「何か悩み事があったんじゃないんですか、軍曹?」
その指摘に僕は、ああ、と頷いた。
「そのことか。……うん、正直まだ悩みは抜け切れてないけど、大分気持ちは楽になったよ」
「それなら良かったとは思いますけど、よっぽど大変な悩みなんですね」
そう話すホリー軍曹に、僕はひとつの問いかけをぶつけてみようと思った。
「そうだね。……ところで、もし自分がいつの間にか今までの自分じゃなくなっていた、ってなったらホリー軍曹ならどうするかな?」
「え、わたしが……ですか? うーん、そうですねぇ……」
僕の唐突な問いかけに、ホリー軍曹は首を傾げながらも一生懸命回答を模索していた。
「……前提が分からないので何とも言えないですけれど、わたしならばゆっくりと時間をかけて変わってしまった自分を受け入れていくと思います」
「怖くはないかな?」
僕がそう質すと、彼女は静かに首を左右に振った。
「どういう風に変わったしまったのか、ナオキ軍曹のお話からは分からなかったですから、怖いってことはとりあえずないです。でも、戸惑いは少なからずあると思うんです」
「うん」
「でも、どんなに変わってしまったとしても、それは結局自分自身であることに変わりはないんです。自分らしく笑い、自分らしく涙を流し、自分らしく生きていくことが出来るはずなんです。だから、わたしはわたしが変わってしまったとしても、わたしはそのわたしをどんなに時間がかかっても受け入れていくと、そう思います」
「……」
僕はホリー軍曹の言葉を黙って聞いていた。心の中にわだかまっていた何かの正体に、ようやく気が付けたような、そんな気がした。
「ホリー軍曹、ありがとう。心が強いんだね、軍曹は」
「あ、いえ、そんなに大したことでもないですよ」
僕が手放しでほめると、ホリー軍曹はすっかり照れてしまったようで顔を赤く染めていた。




