第38話
僕とホリー軍曹が昼食を終えて戻ってくると、ちょうど首都リヴェルナの中央幕僚本部からの通信が入ってくるところであった。
「あら、首都から通信だなんて。今朝にも来てたと思ったけど」
「そう言えばそうだったね。珍しいことなのかい?」
「珍しいも何も、一度もこんなことはなかったですよ」
「え……?」
僕が疑問の声を発したその瞬間、向こうから通話回線が開かれた。
「第一中央特務部隊、作戦指揮所、聞こえているか?」
無機質な男の声が通信室に響く。
「は、はい、聞こえております」
ホリー軍曹は戸惑いの表情を見せながら応答を返す。
「私はリヴェルナ共和国軍中央幕僚本部監察官のニデア・クォート大佐だ。失礼だがナオキ・メトバ軍曹は在席中かね」
言い方は丁寧だったが、まるで感情というものを感じさせない喋り方に僕は直感的に嫌なものを感じ取った。しかし、上の階級の人間に名前を呼ばれたからには軍人として答えないわけにもいかない。
「自分がナオキ・メトバ軍曹でありますが……」
「ちょうどそこにいたのだな。それならば話は早い」
ニデア・クォート大佐と名乗る男は、こちらの状況などまるで歯牙にもかけていないように言った。
「君を一度首都リヴェルナに召喚する。可能な限り早くヤーバリーズを発ち、リヴェルナにある中央幕僚本部に顔を出してもらいたい」
「はっ……首都リヴェルナに、でありますか?」
「そうだ。これ以上は軍事機密につき話すことは出来ない」
「しかし、隊長……ニーゼン中尉に話を通さないと」
「構わん。中尉には後で話をしておく。君は黙って来てくれればいい」
ニデア大佐はそう言ってさっさと通信を切ろうとしたが、そこに僕の背後から良く知っている声が飛んできた。
「クォート大佐、でしたか? 私は第一中央特務部隊隊長のアレクサンダー・ニーゼン中尉であります。私に断りもなく部下を頭ごなしに呼びつけるとは、どういうことでしょうか?」
「隊長……」
「ニーゼン中尉か。これは中央幕僚本部からの特命である。君に抗命する権利があるとでも思っているのかね?」
ニデア大佐は淡々とした口調で話しているが、その裏には邪魔をするならば容赦はしないという強烈な意思を感じさせた。
「いいえ、そうは言いません。ただ、彼は南部の出身で首都リヴェルナには初めて足を踏み入れます。一人きりで何らかの不幸な事象が起きてしまっては都合が悪いでしょう」
「では、どうしたいのかね? 中尉」
「彼に部隊から一人ほど案内役を付けたいのです」
「ふむ……」
ニデア大佐はそこで間を置いた。本気で考えているのかそれともポーズだったのかは分からないが、ニデア大佐が次の言葉を発するまで僕たちは固唾を飲んでその時を待っていた。
「……よかろう、許可する」
「お聞き届けいただき、ありがとうございます」
「ただし、案内役は中尉、君にやってもらう。君とメトバ軍曹が帰還するまでの間、中央特務の指揮はヤーバリーズ統合参謀本部に預けることとするが、それで構わないな?」
「はっ、お気遣い感謝いたします」
「では、直ちに準備に入り、明朝までにはヤーバリーズを発ってリヴェルナに向かうように。私からは以上だ」
通信はそこで切れた。
「隊長、ありがとうございました」
僕はそこでようやく緊張が解けて隊長に礼を言った。
「いや、礼ならホリー軍曹に言ってくれ。咄嗟に私を呼びに来てくれたみたいだが、いいタイミングだった」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです。でも……」
ホリー軍曹の表情は曇っている。
「うむ、少々厄介なことになったものだ……」
「隊長、自分に首都リヴェルナへ向かえ、ということでしたが……」
僕は不安を隠さずに言った。
「もし、私が来なかったら君は一人で首都リヴェルナに行かなければならなかっただろうな」
「一体、大佐は何が目的なんでしょうか?」
「分からん。私を通さずに君を直接召喚しようとしたことから考えても、普通の命令ではないだろう。ここを発つ前に一度マクリーン中将と会ってよく話を聞く必要がありそうだ」
アレク隊長は中空を睨みながらそう言った。
「隊長、マクリーン中将にお繋ぎしますか?」
「ホリー軍曹、頼む。ナオキ軍曹、済まないが今日の仕事を急ぎ他の者に引き継いでくれ。それが終わったら、私と一緒にマクリーン中将に会いに行ってくれるか」
「了解しました!」
僕は慌てて通信室を出て食堂にいるであろう通信兵のもとへ向かった。
「何! ニデア大佐にかね?」
「はっ! 間違いありません」
「そうか、ニデアにか……」
トラヴィス・マクリーン中将の執務室。事の次第を話した僕と隊長はトラヴィス中将の極めて深い憂慮の表情と対面することになった。
「閣下は、ニデア大佐をご存じなのですか?」
「ああ、よく知っておるよ。忘れようのない男だ」
トラヴィス中将は嫌悪感をどうにか堪えて話しているように感じられた。
「あの男……ニデア大佐は、極めて頭の切れる男だ。あの男にとってはあらゆる行動が布石であり、目的のための準備になる。そして、その目的のためならば、ありとあらゆる手段を講ずることを厭わない。それが庭先の掃除であろうと人殺しであろうと、あの男自身が必要なのだと感じたならば、万難を排してでもそれを成し遂げようとするだろう」
「まるで機械のような男ですな」
アレク隊長はまるで理解できない、といった調子で話した。
「だが、あの男は機械などではない。そここそが、あの男の最も恐ろしい点だ。どこまでも機械的に目的に向かって動きながら、目的を達成するというその一点においてどこまでも人間的であろうとする。奥底が知れん男だ」
「それで……自分はどうすればよいでしょうか?」
僕は率直にトラヴィス中将に話しかけた。
「君がメトバ軍曹か……正直なところとしては、首都リヴェルナに行くべきではないと言いたいところだが、あの男に目を付けられた以上、抵抗はするだけ無駄だ。例え今回命令に従わなかったとしても、何らかの形であの男は君の身柄を確保するだろう。ことと次第によっては、家族を人質に取るかも知れん」
「そんなっ……!」
その言葉に僕は話をしているのが遥か上の階級にある中将で、更にヤーバリーズ基地司令であることも忘れて席から立ち上がってしまう。
「メトバ軍曹……控えていろ!」
「いや、大丈夫だ。ニーゼン中尉。私の配慮が足りなかったらしい。すまなかったな、メトバ軍曹」
鋭い声で僕を制止するアレク隊長をゆっくりと制して、トラヴィス中将は僕に謝罪の言葉をかけてくれた。
僕はその言葉にはっとして、慌てて中将に謝罪した。
「……も、申し訳ありません中将閣下。無礼な振舞いをしてしまって……」
「いやいや、構わんよ。私の昔の部下などはもっと無礼だったからね」
トラヴィス中将はまるで子供か孫を見るような目で僕を見つめていた。
「だが、気を付けたまえ。あの男はそういう相手の弱みを確実に付け込んでくる。そして、気が付いた時にはあの男の操り糸にがんじがらめにされて、利用されるだけ利用されて終わり、だ」
「……」
「閣下……」
僕とアレク隊長は何も言えず、ただ中将の顔をじっと見ていた。
「ニーゼン大尉。メトバ軍曹をしっかり守ってやってくれ……相手の出方は分からないが、恐らくはあまり好ましからざる事態が待っているはずだ。私も私の権限の及ぶ範囲で出来る限りのことはしよう」
「は、お心遣い感謝いたします、閣下……」
「メトバ軍曹……先ほども言ったが、あの男に目を付けられた以上はもう逃れることは出来ん。だから、後ろを向くのではなく前を向き続けたまえ。何があろうともな。逃げ腰では相手に付け込まれるだけだ」
「了解しました、閣下。そのお言葉、忘れません」
僕と隊長は揃ってトラヴィス中将に最敬礼した。
「こういう言葉はふさわしくないのだろうが、幸運を祈っておるよ」
トラヴィス中将はそう言って会話を締めくくった。




