第36話
「……無駄な抵抗はよせ、大尉。罪状は明らかだ」
「俺が何をしたって言うんだ! 真面目に敵と戦っていただけだ!」
無機質な男の声に、大声で反論する。
「知らないふりをするつもりか。捕虜数千人を虐殺する指揮を執ったのは君だろう、大尉。血まみれの英雄というわけだ」
「ふざけるんじゃねぇ! 誰がそんなことしたって言うんだ!」
「ほう、証人を所望かな、大尉」
男はそこで口の端を吊り上げておぞましい笑みを浮かべた。
「おい、連れてこい」
「はっ!」
男の合図に従い、部下たちが数名の兵士を連れてくる。
「お、お前ら……」
「答えろ。お前たちは誰の命令に従って捕虜を殺した?」
「……べ、ベゼルグ大尉であります……」
「……自分も、同じで、あります……」
その言葉にベゼルグは愕然とした。
「お、おい……お前ら、冗談はよせ……よ……」
「フフフ、ようやく自分の罪の重さを自覚したようだな、大尉」
追い打ちをかけるように男は嘲りを含んだ声で言った。
「おい、中佐は……トラヴィス中佐はどうしたんだ!?」
「マクリーン中佐かね? 今頃は僻地にでも異動になったのではないかな? ……部下の監督不行き届きでね」
男のその台詞でベゼルグは事の成り行きを悟った。
「……っ! て、てめえ、さては俺をハメやがったな!」
「さて、何のことやら……ここで大尉が大人しく捕まってくれれば、これ以上の犠牲者が生まれることも無くなり、全ては平和的に終わる。軍人としてこれ以上望むべきことはないだろう?」
「……ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
あまりにも慇懃無礼な男の言葉にベゼルグは絶叫した。
「言いたいことはそれで終わりかね、大尉? ならば、これでさようならだ。……連れていけ!」
男の合図とともに兵士たちがベゼルグを拘束する。
「……てめえ、覚えていやがれ! 俺は、俺は必ず戻ってきて貴様を殺すっ! 殺してやるっ! 殺してやるぞっ!」
「その時を楽しみにしているよ大尉。その時がくればだがね」
そう言いつつ、男はもはやベゼルグの方を見ることもなく背を向けた。
「これで『血塗られた英雄』もおしまいだな」
ベゼルグは兵士たちに取り押さえられながらもすさまじい殺意を込めて男のことを睨んでいたが、男は全く関心を寄せず他人事のようにつぶやいた。
「……な、なあ、これでいいんだろう。早く俺たちを自由にしてくれよ」
「そ、そうだよ。こんなところに居たくねえよ、俺たち……」
「……ご苦労だったな、諸君」
先程ベゼルグのことを告発した兵士たちが不安そうな声を上げるのを、男は冷たい声で受け止める。
「では、これが最後の任務だ。ここで安らかに眠るといい……撃て!」
乾いた銃声と兵士たちの絶叫が基地の敷地内に響き渡った。
「貴様ぁぁぁぁぁっ!」
ベゼルグは血涙を流しながら慟哭し、憎悪に満ち溢れた濁った眼で復讐を誓った。
「……っ!」
そこでベゼルグは目を覚ました。
時刻はちょうど深夜三時を指し示していた。
「くそっ! またあの夢か……!」
ベゼルグは首を左右に軽く振って、ベッドの傍らに置いてあったボトルから水分を補給した。
「……あの野郎が今リヴェルナ軍の中枢に食い込んでいるのは確実だとギレネスも言っていたしな。奴をこの手で殺すまで、俺は死ねねえ……死ねるはずがねえ……。そのためにこうやって生き恥をさらして生き延びて、サヴィテリアから舞い戻ってきたんだからな……!」
ベゼルグはそう言って唇をかんだ。
と、そこで電話が鳴る音が響き、ベゼルグは受話器を手に取った。
「お休み中のところ申し訳ありませんね」
ギレネスの声だった。
「ギレネスか。こんな夜更けに何の用だ?」
「ええ、あなたが以前言っていたターゲットですけどね。スポンサー殿から有力な情報を頂けたので、あなたに一言ご連絡をと思いまして」
「ほう……」
その話を聞いたベゼルグはギラリと目を光らせた。
「あなたの読み通り、お探しの相手は現在首都リヴェルナの中央幕僚本部に所属しているらしいとのことでした。ただし、一体どこの部署で何をやっているのかまでは調べられなかったみたいですね」
「それだけ分かれば十分だ。俺をハメた時の所業を見ても、奴は真っ当な軍人じゃなさそうだしな」
ベゼルグは殺意を隠そうともせずに答えた。ギレネスの方もそんなベゼルグの態度をさして気にかけることもなく話を続けた。
「しかし、私たちが首都リヴェルナに到達するまでにはまだまだ時間がかかるかも知れませんよ。それでも構いませんか?」
「どうしても復讐したけりゃ一人でも行ってやるさ。……今は俺もお前たちの協力が必要なんでな、ギレネス」
「ほう、ありがたい話ですね」
その言葉にギレネスは素直に感謝の意を述べた。
「……俺は奴と違って、義理堅い男で通しているんでな」
「以前にもお話は伺いましたが、よほど汚い相手なのですね。その男とやらは」
「お前も奴に会えばわかるさ。とんでもねぇ最低野郎だとな」
「直接相対するほどお近づきになりたくもありませんけれどね」
ギレネスのその言葉にベゼルグは爆笑した。
「ハハハハハ、そいつは一理あるな。まぁ、そいつのことは俺に任せてくれりゃいい」
「そう願いますよ。では、夜分遅く失礼しました、ベゼルグ」
ギレネスはそう言って電話を切った。
ベゼルグはしばらく受話器を握ったまま考えを巡らせた。
「首都リヴェルナか……さて、どうやって行ってやるかな……?」




