第25話
「犯行声明を出す?」
「ええ、こちらの態度を明確にしておいた方が良いかと思いましてね」
ギレネスの言葉にベゼルグは眉をひそめる。
一夜明けて地上から地下に戻ってきたベゼルグは、来るなり会議室へ向かうように言われ、その席上でこう切り出されたのだ。
「この件については知らぬ存ぜぬを貫くんじゃなかったのか?」
「確かにそのつもりでしたが、警察の捜査の進展が思ったより早そうでしてね」
ギレネスがそう言うと、ベゼルグは面白くもなさそうな表情を浮かべた。
「ここが特定される可能性が出てきたのか?」
「さすがにそこまでは行きませんが、パーツを生産している裏工場がいくつか摘発対象になっているようなのですよ」
「そいつは良くねえな。まだスペクターの生産は始まったばかりだろう?」
「そうです。そこで時間稼ぎではないですが、犯行声明を派手に行って一時的にでも政府の目を逸らしておきたいのですよ」
ギレネスの言葉にベゼルグは得心がいったようにうなずいた。
「なるほどな、つまり俺に再出撃してくれということか」
「今のところ、あなた以上に信頼のおける操縦手はいませんしね。ただ、今回はすみませんが二人ほど他の操縦手も連れて行ってもらいますよ」
「あん? 俺一人が行けば十分だろう? なんだって足手まといをつけるんだよ?」
「今後を考えてです。あなたは確かに凄腕の操縦手ですが一人しかいません。私の想定よりスケジュールは早まりそうですし、一人でも多く優秀な操縦者を確保したいと思うのは自然なことだと思いませんか?」
「ふん……」
ベゼルグは不機嫌そうに鼻を鳴らした。ギレネスの言葉の裏にある意味を感じ取ったからだ。
「育成なんぞ俺のガラじゃないんだがな」
「そう言わないでいただけますか? これはその道のスペシャリストでなければ務まらないですからね」
「……この件については今までとは別枠で金を出してもらうぞ」
「構いません。それで済むなら安いものです」
特に動揺することもなく淡々と応じたギレネスを見て、ベゼルグは疲れたように深いため息をついた。
「お前さんのそういうところだけは、どうにもついていけねえな」
「おや、『血塗られた英雄』にそう言ってもらえるとは光栄ですね」
「心にもない世辞を言うのはよせ」
「とんでもない。私はいつでも本気ですよ」
ギレネスは大真面目な顔で言ったが、ベゼルグは付き合いきれないといったように首を大きく振った。
「もういい。それで、出撃はいつになる?」
「そうですね……差し当たって明後日にでもお願いします」
「場所は?」
「前回と同じヤーバリーズでは芸がありませんしね。今度はルドリアへ行っていただけますか?」
ギレネスの言葉にベゼルグはぴくりと眉を動かした。
「ルドリア? 国境近くか」
「ええ、今後を考えると隣国にも顔を見せておきたいですからね。ルドリアはうってつけの場所でしょう」
そこまで話を聞くと、ベゼルグは踵を返した。
「もう行くのですか?」
「ルドリアはここから遠い。明後日に余裕を持たせるなら早いほうがいい」
「分かりました。同行させるメンバーについては追って連絡します」
「了解だ」
ベゼルグが会議室から退出するのを、ギレネスは静かに見送った。
その後も何事もなく謹慎期間は過ぎていき、あっという間に最終日を迎えた。この間、独立任務部隊が出撃するような事態も発生しなかったようで、拍子抜けしたとジャックが語っていた。
僕は最終日くらいは普段の鍛錬とは違うことに時間を当てようと、宿舎内に設けられた図書室に足を運んでいた。
ヤーバリーズ基地の図書室は、国内第二の軍事基地の施設だけあってとても充実していた。純文学から娯楽小説、教養書から漫画に至るまで多種多様な本が置かれていて、定期的に更新もされているらしい。ぎっしりと並んだ本をただ眺めているだけでもいい時間潰しになりそうであった。
僕は特に当てがあったわけでもなかったが、丁度ヴェレンゲル基地にいた時に読みかけで返却せざるを得なかった本と同じものを発見したので手に取って手近な椅子に腰かけ、ぺらぺらと流し読みを始めた。
と、そこに声を掛けてきた人物がいた。
「あら、奇遇ですねナオキ軍曹。こんなところでお会いするなんて」
何冊かの本を携えたホリー軍曹が小さく驚きの声を上げた。
「ああ、ホリー軍曹か。こんなところで会うとはね。今日は非番かい?」
「はい、図書室があると聞いていたので一度来てみたかったんですよ」
彼女の声は少し弾んでいる。
「ホリー軍曹は読書が趣味なんだね」
「はい。空き時間はいつも読書が定番です」
「ふーん、自分も少しは見習わないといけないな」
「ナオキ軍曹は何を読んでいるんですか? ……『空はいつもそこにある』?」
彼女が首をかしげるのを見て、僕は苦笑した。
「前の基地で読みかけのままこっちに来ちゃってね。続きが気になってたんだよ」
「文芸小説とは、なかなか渋いご趣味ですね」
そう言ってこちらをちらちらのぞき込んでくるので、僕は妙な気分になった。
「そんなに珍しいかな? 何の気もなく取った本なんだけど……」
「面白いですか、その本」
「自分としてはそこそこ面白いと思うけどね。全体に丁寧で読みやすいし」
「そうですか……もしナオキ軍曹がよろしいのでしたら、次に貸していただけると嬉しいのですけれど……」
ホリー軍曹は妙に改まった口調でそう言った。
「ん、構わないよ。そんなに厚い本でもないし、すぐに読み終わるんじゃないかな?」
「本当ですか! ……嬉しいです」
「ははは、そんなに喜んでもらえると本の方も嬉しいだろうね。明日くらいまでには読み終えておくから、それまでは待っててもらえるかな?」
「了解です。後で司書係に掛け合っておきますから、読み終わったら私に直接渡していただけます?」
彼女は目を輝かせながら嬉しそうに何度もうなずいている。
「ところで、軍曹は何の本を借りに来ていたんだい?」
「え? ……あ、はい? ……わ、わたしですか? そ、そうですねぇ、小説を何本か、あと戦史の教本を一冊ほど……」
僕から質問を切り出されてよほど慌てたのか、ホリー軍曹はしどろもどろになりながら答えた。
「小説はまぁ分かるけれど、戦史の教本はなんでまた?」
「あ、いえ、個人的に興味のある事柄がありまして……」
「ふーん、思った以上に勉強家なんだな、ホリー軍曹って」
「あ、あはは……そ、そう見えます? 何だか照れちゃいますね」
彼女は妙にぎこちない笑い方をしてそう言った。何かを隠していそうな印象を持ったが、本人が言いたくない事柄をあえて聞くこともないだろうと僕は気持ちを切り替えた。
「それじゃあ、軍曹の勉強の邪魔をするのも悪いし、そろそろ自室に引き上げるよ」
「え? いや、お邪魔だなんて……もう少しゆっくりされても……」
彼女が慌てて引き止めてくるのを、僕は静かに微笑みながら制した。
「今日で最終日とはいえまだ謹慎中には変わりないからね。謹慎が解除されたら、改めてもう少しゆっくりしにくるよ」
「そうですか……いえ、そうですよね。失礼いたしました、軍曹」
ホリー軍曹は少しだけがっかりしたように肩を落とし、すぐに思い直したかのように姿勢を正した。
「うん、それじゃあまた明日。作戦指揮所で」
「はい、お待ちしております。ナオキ軍曹」
僕は彼女に別れを告げると借りた本を携えて自室に引き上げた。




