第24話
僕は順調に謹慎期間を消化していった。
謹慎期間中は訓練にも参加できないから、特に体力の維持が最重要課題と言えた。
だから、元々日課であった基地内でのランニングを少し増やしたり、自室での筋トレを多めにやったりしながら、日々を無駄にしないように過ごしていた。
そして、謹慎三日目の朝。
僕がいつものようにランニングをしていると、途中で声を掛けられた。
「なかなか頑張っているじゃない、ナオキ軍曹」
サフィール准尉だった。水色のジャージ姿をしている。
「いえ、自分は今訓練にも参加できませんし、これくらいはしていないと」
ひとまず立ち止ってそう言うと、サフィール准尉はくすくすと笑った。
「いつもながら勤勉ね。東洋系の人って、みんなこうなのかしら?」
「さあ、どうなんでしょうかね?」
僕は首を傾げた。僕の祖父の祖国ではすごく真面目な人が多いらしい、という話は以前に母さんから聞いていたけれど、自分もそうなのかといわれると自信がない。
「まあ、それはさておき、私もランニングしにきたのよ。しばらく一緒に走らない?」
「ええ、大丈夫です。お供させていただきます准尉」
僕とサフィール准尉は並んで走り出した。サフィール准尉は意外に健脚で、僕の方が気を抜くと置いていかれそうだった。
「前回の出撃では大変な目にあったみたいね。軍曹の02FDの整備を担当した兵士が見た目より損傷が激しいってぼやいてたわ」
「それを言われると面目ないですね」
僕はバツの悪そうな表情を浮かべた。あの男と会話していた時以外はほとんど防戦一方だったから、整備兵の言う通り見た目以上に損傷が激しかったに違いない。
「まぁ、それはそんなに気にすることはないかな。初出撃でいきなり戦果を出せるような人間なんてそうそういないわよ。まして、軍曹は一人きりだったわけだし、相手に逃げられたといってもノーカウントだと私は思うけどね」
准尉は慰めではない真面目な口調でそう言った。
「ありがとうございます准尉」
「お礼を言われるほどのことでもないわ」
「……そういえば、准尉は前線での任務にも就かれていたとお聞きしていますが」
「ええ、そうよ。反政府系組織との戦いでね。半年くらい通信手を務めていたの」
僕が訊ねると、サフィール准尉は昔を思い出したのか懐かしそうに答えた。
「それがどうかしたの?」
「そこでの戦いはどんなものだったのでしょうか?」
「そうね……あまり状況が良かったとは言えないわ」
准尉は普段はあまり見せないような暗い表情で言った。
「反政府組織は民兵扱いだから国際条約が適用されないでしょう? WPを出されると抵抗する手段がないものだから、相手側もWP撃破のためならばありとあらゆる手段を使ってきてたわ。ブービートラップの設置なんて序の口、夜遅くにこちらの野営を狙ってくるのも当たり前だった。場合によっては囮を出して部隊を寸断した隙に無防備な私たち通信手を狙ってくることもあったわ。だから私たちも出撃している間中緊張を強いられてた。正直、生きた心地もしなかったわね」
「そうだったんですね……」
サフィール准尉が語る経験談は、僕にはズシリと重たく感じられた。
「ところで軍曹、どうして突然そんなことを聞いてきたのかしら? 軍曹はあまりこういう話に興味がないって思っていたけれど……」
「いえ、前回の出撃で襲ってきた敵が、今お聞きした反政府組織の戦い方に近い、なりふり構わない戦いぶりでしたから」
「どういうこと? ちょっと説明してもらえるかしら」
僕はジャックに話したこととほぼ同じ内容の話をサフィール准尉にも伝えた。
話を聞いた准尉は険しい表情を浮かべた。
「なるほどね。確かに正規の訓練を積んでいる兵士ならばまずしない行動だわ。それに気になることもあるわね」
「何でしょうか、准尉?」
「敵が軍用系列ではないWPを使っていたって点よ。それ、本当に一機だけのカスタムメイドなのかしらね?」
「まさか……あれが量産機だとおっしゃるんですか?」
サフィール准尉の推測に僕は驚きの声を上げた。思ってもみないことだった。
「私の知る限り、反政府系組織がこれまでWPを持ち出してきたときは放棄された01のジャンク品を流用した機体がほとんどで、今回みたいに一から組み上げたような機体なんて滅多になかったのよ。まして、脚部にホバーを組み込んでいるような高尚な機体なんてまずお目にかかったこともなかったわ」
「それじゃ、今回のテロ事件の目的は……」
僕が何か言おうとしたのを准尉が手で制した。
「これ以上は言わないほうが良いわね。憶測が多分に含まれているし、あなたは謹慎中でもあるからね。でも、このことはあとで隊長に伝えておくから、心配しなくても大丈夫よ」
「了解しました」
僕は大人しく引き下がった。確かにこの件についてあまり長々と話しているのは謹慎中の僕の立場からしたら得策とは言えない。
それ以上は言葉もなく、僕と准尉は黙々と走りに集中した。
やがて敷地内を二周したところで、サフィール准尉は宿舎に戻ることになった。
「お疲れ様、ナオキ軍曹」
「お疲れ様でした、サフィール准尉」
「ナオキ君、案外足が速いのね。少し驚いちゃったわ」
「准尉こそ健脚ですね。道中は結構大変でした」
僕と准尉はお互いを称えあって笑顔を浮かべた。
「また明日も一緒に走れるといいわね。じゃ、ごきげんよう」
サフィール准尉はそう言って僕の前から軽やかな足取りで去っていく。
准尉のつけていた香水らしきものの残り香が、ほのかにその場に漂っていた。




