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そうそうに家に帰って、あわててシャワーを浴びた。
下着は薄いブルーのブラとショーツ、もちろん新品。じゃあ服はと考えて少し悩んだ。仕事に行くわけではないのでいつものスーツ姿ではへんだと思ったので、下着に合わせて淡いブルーのニット、白をベースに花柄のプリントのあるたっぷりフレアのあるスカートにした。鏡に何度も写し確認しているうちに6時半が過ぎてしまった。
あわてて本部前に到着したのは6時50分、当然セーラー服のまま本部から出てくるものと思って建物のほうばかり気にしていると、後ろから声を掛けられた。
「申し訳ありません、お待たせしてしまって。」
本部の美少女は、すっかり変わっていた。純白のブラウスにグレーの細かいチェックでミモレ丈のタイトスカート、豊かな髪もカチューシャで纏めている。しつこくならない程度に明るく華やかな化粧にピアスやネックレスも身に着け、見違えるような姿だった。私ももう少しおしゃれをしてくればと後悔したが、後の祭り。
「行きましょう。」
彼女が先にたって歩く。
*****************ホテルの情景 削除************************
「もしよろしければ、週に1回ぐらいならお相手させていただきたいと思いますが・・・」
「もちろんです。」
「それではまた、ご連絡させていただきます。」
二人で手をつないでホテルを出ると、玄関前に古びたワンボックスカーが停まっていた。扉を開けて出迎えたのは、ジャンパースカート姿の中年の運転手だった。
週に3~4日は本部の執務室に詰めて総裁や基地から引き揚げてきた長官と情報交換をしていた。そして、そのうち週に1回、彼女(総裁)は私の耳元で「7時に本部前でお待ちしています」とささやいた。その日は、例のホテルで深夜まで抱き合った。会うたびに下着も服も交換した。一度交換した服をまた着て来て、交換し元に戻ることもあった。そのうち、二人の下着と私服は共用になっていった。専用の服となっているのは、私は黒やダークグレーのスーツ、彼女はセーラー服だけとなった。
彼女が私を誘うささやきは、人には聞こえないような小声だったが、私の耳元で頬を赤らめてそっとささやく姿は、長官にも何度も見られてしまった。
「長官に見られているのではないですか?」
「大丈夫です。こういったことは誰でもすることですから。」
「私たち二人が特別な関係というのを知られてしまっても・・・」
「そういった関係は珍しくありません。長官と運転手はできているはずです。気になさらないように。」
そういうことだったのか。私だけがそういうことに無頓着だったのだろうか。若い運転手の運転する軍用ジープには、長官とともにしばしば乗る機会があった。彼女たち二人の素振りにはそのような気配は全く見られなかった。
「二人は一緒に暮らしているのですか?」
「別々に暮らしているはずです。私たちもそうですよね。」
「家族っていうものがないっていうことなのでしょうか。そもそも男がいないので妊娠も出産もないし。」
「この世界は女だけ、という想念の世界だので男女の交わりは当然ありません。ですが時折、妊娠する女性はいます。恐らく想念の中で受胎するのだと思います。男性の存在、つまり私たちと異なる性の存在を知っているのは私たちしかいないので、何で受胎したかということは誰もわからないと思います。」
「宿舎にいたとき、同室の女性は娘がいたと言っていました。でも妊娠は自然にするものだ、とも言っていました。」
「たぶん、そのことでしょう。」
「愛しあった結果が出産ではなく、愛し合うことと出産とは別ということですね。」
「私は男性を見たこともないのでよくわかりませんが、男性を愛するとか、男性に抱かれたいとか、客観的にはよくわかります。でも私自身は特に男性を求める気にもなりません。女どおしで愛し合えば十分ではないですか?」
「そうですね。それがこの世界の存在価値ですからね。」
「カップルもいます。カップルで子供を育てている人もいます。子供を育てている母親どうしのカップルもいます。同居もいれば別居もいます。皆それぞれ自分にあった生活をしている、それで十分幸せではないでしょうか。」
究極の同性婚世界だった。なにしろ女性しかいないのだから。
生殖や子供の養育といった要素を極限まで排除した関係だ。私と彼女とは性的関係というか疑似生殖行為はしているが、女と女だから純粋は「愛情」だけの関係だった。婚姻という生殖行為を伴った制度に、同性カップルも同じように当てはめてしまおうとする向こうの世界や、それを促進しようとしているLGBT活動家に対して違和感を感じた。
「もう少し外に出られるとき、警戒されたほうがいいと思います。」
本部での情報交換のとき、軍服姿の長官から注意された。
私が本部に顔を出さないときは、町の中をぶらついていることが多い。実際は、リーダーや長身の娘、それにピンクハウスに会えるのではないかと思って出歩いているのだ。
「一応、周囲には気を付けながら歩いているのですが・・・」
「少し護身用の道具を身につけられたほうがいいかもしれませんね。」
「軍服を着ろというのですか。」
軍刀を腰に下げ、服の中にはピストルを隠し持っている長官の姿を改めて眺めた。
「いや、軍人ではないので私のように軍刀や短銃を携行することはやり過ぎだと思いますが、でもとっさのときに使用できる武器は必要かと思います。」
「でも、どんなものを。」
「それは、私のほうで準備しておきます。次に基地にお越しいただいたとき、ご相談しましょう。」
「でも、そんなに緊張状態が高まっているのですか? 市街地は極めて平穏なのですが。」
「しばらく、落ち着いていたのですが、またこの数週間、不審者の目撃が続いています。」
「股間を自分で切断した者のような不審者ですか。」
「いや、そのように極端な異常者ではありません。自分で見たわけではないのですが、誰の面識もない人物が、時折町をうろついているのです。」
「誰もというのは? 皆さんこの町の住民を一人残らず知っているのですか?」
「我々のように、業務に従事している人間は全員顔見知りです。本部の者もわかります。それ以外はステレオタイプな女です。どこにでもいるような典型的は女です。可もなく不可もなく、適度に美しく、背格好も標準的な、そして歳相応の女です。わかってもらえるでしょうか。」
「何となくわかります。私たちの世界の背景として、標準的な姿ということですね。」
「背景と言われても、私たちには何とも答えようがないのですが、恐らくそういうことだと思います。」
「すると、典型的でない女がいると・・・」
「そういうことです。異様に背が高い、異様に派手な服装をしている、異様な行動をしている・・・ などでしょうか。そういう報告があるのです。」
「たとえば、私たちよりずっと背が高くて、紺のワンピースを着ていて、それに顔立ちはきれいで、顔立ちだけは普通の女性とかわらないけど。たとえばそんな人がいたとか・・・」
「普通の女よりもずっと背の高い若い女がいた、ということを聞いたことがあります。ずいぶん前ですね、最近は聞きません。」
「じゃあ、いつもピンク色でフリルやレースで覆われたワンピースを着て、そうまるで絵本のお姫様みたいな恰好をした女、前に地下街の管理室で司令官と言い合いをしていた女は?」
「はい、あの女も恐らく不審者の一人です。前のリーダーもフリヒラ女と言って注意するように言われていました。私はあの時会ったのが初めてですが、その後全く見かけなくなりました。」
「そのような人を時々見かけるということですか?」
「そうです。」
「たとえばどんな格好の?」
「レオタードを着た短髪の女とか、振袖を着た厚化粧の女とか・・・」
「そう人たちはここへ来て何か支障になるようなことをするのですか。」
「この世界で、自分たちの世界に基づいた行動を繰り返すと、我々の存在基盤が揺らぎかねない状態になるはずです。すぐに立ち去ればなんの問題もないのですが。」
「そういった不審者は身柄を確保することが前提なのですか。この前の身体切断願望のある異常な不審者のように。」
「確保は困難です。しかし、長期間この世界に滞在していた場合は相手も気を許すので逮捕可能だと思います。そして、追放するか、滞在するのであればこの世界に順応するように改造します。改造もせずに滞在しているようであれば処分することになります。」
「改造するとは。」
「ここは女だけの世界で、それに私たちは公務の時は制服を身に着けています。そのような世界に滞在するとあれば、私たち同じような女にするということです。」
「外科的な処置ということですか?」
「それもありますが、色々です。」
「その人たちは、その後どうしたのですか。」
「私にはわかりません。」
「改造できない場合は処分ということですが、処分はどのようにするのですか?」
「処刑するということです。」
「・・・」
「城門の前に放置します。いずれ自然に返ります。」
私がこの世界に来たとき、私はそもそもどのような扱いだったのだろうか。私が抱いている妄想の世界に来たのではないのか。たまたま、同じ種類の既存の妄想の世界に飛び込んできて、改造された結果なのか。もし、順調に女性化ができなかったら、生理が来るような本当の女性になれなかったら、処分されていたのだろうか。それとも、リーダーに追放されて森の中を彷徨った、あれが処分なのだろうか。
私の妄想で成り立っていながら、私の関知しないところで、多くの現実が進行しているような気がする。私は今後どうなるのだろうか。
もう一つ気になる言葉を司令官は口にしていた。「前のリーダーはフリヒラ女と言っていた」ということだ。ピンクハウスのことを、リーダーは「フリヒラ女」と呼んでいた。司令官は、リーダーの言ったことをそのまま表現しているはずだ。これだけなら、紺のワンピースを着た背の高い女性のことを何と呼んでいたか、「ノッポの女」ということであればそれもリーダーの表現だ。確認するまでもないことだろう。問題は「前のリーダー」と言っていたのだ。リーダーと最後に会ってから1年近くたつ。その最後の姿も若々しいリーダーではなかった。初老の姿だった。リーダーはどうしたというのだろうか。今は別のリーダーがいるというのだろうか。
「確認したいことがあるんですが。」
「何でしょう。」
「紺のワンピースを着た背の高い女性、その人は私の友人でした。」
「お知り合いだったのですか。」
「会いたいのです。」
「・・・」
「会う方法を教えてください。」
暫く沈黙が続いた。
「まさか、処刑されてしまったのでは。」
「そんなことはありません。」
「じゃあ、どこに。」
「たぶんお会いになることはできません。いや、方法はあるかもしれませんが、私にも総裁にも、できません。申し訳ありません。」
「やはり、そうですか。」
「もう、かなり向こうに行ってしまったものと思います。」
「じゃあ、あのフリルやレースのあるお姫様のような恰好をした人とは、あなた方がフリヒラ女と呼んでいる人とは。」
「それも私にはできません。」
「・・・」
「でもその女は、最近まで出現していたようなので、また突然出会うかもしれません。でも私にはその保証はできませんし、どうしたら会えるかもわかりません。どうですか総裁。」
途中から私と司令官のやり取りの場に同席していた総裁(すなわち本部の美少女)も暫く考えたうえで答えた。
「私たちの世界はここで完結しています。この前申し上げたとおり、あの女性たちは異世界に住む人です。たまたま、何らかの事情で共鳴してスリップしてきただけなのです。」
「また、スリップしてここに来ることもあるのでは。」
「物理的に紛れ込んできた、と理解しないほうがいいと思います。双方で認識している世界、それは全く異なる世界ですが、何らかの事情で重なりあったと考えるべきだと思います。お互いに話はできるのですが、実際に認知しているその周囲の世界は全く別物です。」
「・・・」
「この世界では、あのフリヒラ女は地下街の管理室でセーラー服姿の司令官と問答していたと私たちは認識しています。しかし、フリヒラ女自体は、商業施設のインフォメーションでピンクのワンピースを着た管理人と話をしていたという認識かもしれません。あるいは、私たちと全く同じ認識という可能性もないわけではありません。一人一人の主観はその人以外、本当は誰もわからないのです。異世界のステージで演技をしている人が、私たちの世界と共鳴して、私たちの世界では私たちのステージでその人が演技しているように見えるということなのです。それにもっと不思議なことに、その人と会話ができて、その会話限りでは辻褄があうということなのです。しかし、その背景や相手の見え方は実は全く違っているのではないかと思われるのです。でもはっきりしたことはわかりません。だから、私たちはあのフリヒラ女がいつこの世界に現れるかなど全くわからないのです。」




