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深い森の彼方に 改訂版  作者: とも
20/24

-20-

城郭から戻った夜、私の頭の中には、*****明日は何としても本部で仕事の斡旋をしてもらわなくてはならない。


朝から本部に行った。

入り口から入ると、ブラウスとプリーツスカートの女性が立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。

「お茶でよろしいでしょうか。お部屋にお持ちします。」

私は、既にこの本部の主のようになっていた。

本部の美少女(というより総裁というべきだ)が部屋に入ってきた。

「おはようございます。昨日は基地のほうで不審者の処理をしてきたそうで、ご苦労様でした。こちらではご報告すべきような問題は特にありません。」

「わかりました。先日は生理中でだめだったので今日か明日、仕事の手配をしていただければ。」

「そうですか。しばらくお待ちください。」

「お願いします。」

彼女は手配のため事務室に戻った。生理はもう終わったので問題はないだろうと思ったが、なかなか戻ってこない。いつも、数分で書類を抱えてもどってくる。

30分ほど待った。

「申し訳ありません。お待たせしてしまって。」

彼女は戻って来たものの、書類はなく手ぶらだった。

「実は、拒否されてしまいました。」

「・・・」

「だめだ、というのです。法令違反になるので。」

「法令って。」

「売春防止法です。」

「売春防止法?」

「そうです。今までは、性別適合手術を受けて女性と同様の体にはなってはいましたが、法的には男性の扱いだったのです。したがって、売春防止法対象外。それが、これからは正真正銘の女性ということになるので売春防止法対象になってしまったのです。」

「女性になったということが向こうでもわかるのですか?」

「わかっているようです。そのため斡旋の対象は、ニューハーフクラブではなく、ソープランドあるいはデリバリーヘルスなどになっていました。しかし、ソープランドは事実上本番可能な施設なのですが、本番行為を当局に黙認してもらうため従業員管理や衛生管理が非常に厳格です。そのうえ、ソープランドで働くにはかなりテクニックが必要です。1日単位で派遣することはほとんど不可能です。デリバリーヘルスなどは1日単位の派遣は可能ですが、本番行為は厳しく規制されていますのでせっかく行っても肝心なことをすることができません。」

「何か方策があるのですか。」

「もちろん向こうの世界に行って、男性と合意の上で行うことは構いませんが、「合意」ということは恋愛関係または疑似的な恋愛関係に入らないと困難です。1日だけでは合意に達することはほとんど不可能かと思います。」

「数日間、泊りがけで行くことはできないのですか。」

「だめです。1日限り、それも日の出から日没までです。」

「それを超えるとどうなるのですか。」

「そういった場合どうなるか実際に見たことはありませんが、恐らく当事者は存在が消滅してしまうことになるでしょう。そうすると、私たちも存在していることができずに消えてしまいます。」

「すると、もうできないということですか。」

「残念ながら、そういうことになります。」

「それでは・・・」

「困りますよね、そういうことになってしまうと。どうするか、代わりの方法を検討してみます。申し訳ありませんがもうしばらくお待ちいただいて・・・」

女になったとたんできなくなるとは思わなかった。でも彼女が言うことは当然のことだ。そうすると、この世界にいるのならば永久に処女のままということなのか。もっとも、女しかいないのだから処女しかいないのもまた当然かもしれないが。

15分ほどで彼女は戻って来た。

「申し訳ありません。もう数日代替手段の検討期間をいただきたいのですが。その代り、暫くこれをご使用になっていただきたいと思います。」

抱えていた時代がかった風呂敷包を開けると、古瀬戸の花瓶でも入っているかと思われる立派な桐の箱が出てきた。その蓋をあけると、布に包まれた筒状の物体。包を開け出てきたものは張形

*****物体の説明 削除***************

いやもなにもない。ありがたく受け取って持ち帰るしかなかった。


彼女は、特に用件がなくても遠慮なく部屋を使ってほしいと言っていたが、怪しげな道具をデスクに置いたままここにいるもの気が引けたので、とりあえずは家に引き上げた。


町の「背景」は更に薄ぼんやりしてきた。街を歩く女性たち、商店の様子、ビルや公園、あらゆる人や施設が生気を失って見えるようになった。それぞれ色がついているけれども全体としてまるでモノクロ写真のような印象だ。それぞれ人物、物体として立体的な構造はしているものの、まるで遠近感のない絵をみているようだ。それに晴天にもかかわらずぼんやりと薄暗く見える。

その中で鮮明に、具体的に、生き生きと見えるのが、私と関係のある人たち、実在の人たちだ。本部にいる人たち、基地にいる人たちは周囲の設備も含めて鮮明に具体的に生き生きと見える。そのような人たちが街の中にいると、その人がくっきりと浮き上がって、その人だけが生きているというように見えるのだ。

背景が常にぼんやりしているかというとそうでもでもない。ブティックに入ろうとするとその店が回りからくっきり浮かび上がってはっきりと見える。そこで私に声を掛ける店員は生き生きとする。商品はすべてはっきり具体的な実在のものだ。飲食店に入っても同じだ。ところが、店をでて振り返るともうそこは背景でしかない。

私がこの世界で関係するものだけが強調され、他はすべて背景としてぼんやりしてしまったようだった。


全体がぼやけた地下街も管理室だけはくっきり見える。その中にいる管理人(実は司令官)も助手の女性もはっきりと実在の人物に見える。管理人と何か口論をしているような人もくっきり見えた。くっきり見えるばあいは実在の人物の可能性が大きい。

管理人が厳しい声で問い詰めている。

「あなたは、じゃあどこに住んでるのでですか? 答えられないでしょう。」

「だから、南のほうの倉庫の隣の2階建ての宿舎だって言ってるでしょう。」

「どこの何というアパートかと尋ねてるんですよ。答えられないなら不審者としかいいようがないじゃないですか。」

「この町に来たばかりなので、わからないっていっているんです。」

「毎日いるのでしょう、名前もわからないはずないじゃないですか。」

「でも、知らないものはしょうがないじゃないですか。」

声だけ聴けば女性と男性が言い争っているようだった。管理人の相手になっているのは、やはりあのピンクハウスだ。少し化粧が上手になったようだが、相変わらずの男丸出しの顔と体形だ。

「どうしたのですか。」

「ああ、このあいだの・・・」

ピンクハウスは、ほっとしたような顔した。

「司令官、この人は私の知り合いです。不審者ではありません。」

「そうだったのですか、何やら地下街を探りまわっているような不審な行動をしていた上に、尋ねてみると言っていることが曖昧だったもので・・・」

「私が連れていって、不審な行動をとらないように言い聞かせるので任せてください。」

「じゃあ、お任せします。気を付けてください。」

ピンクハウスを連れて再び地上の繁華街へ行き、長身の娘と会話をしたコーヒーショップに入った。

「いったい何をしてたの?」

「残してきた家族が心配で。」

「それで何で地下街に?」

「元の世界に戻ってみようと思ったんです。それで連れ込まれた城門を見つけようと。でも見つけることができなかった。」

「城門を見つけようと地下街に? いくらなんでも地下街に城門はないでしょう。」

「それで宿舎で聞いたんです。地下街のどこかに、元の世界に戻る方法を斡旋してくれる場所があるらしいって・・・」

地下街で斡旋とは? 本部のことなのか? しかし、そのような事実が漏えいしたりすることは絶対に考えられない。

「それで地下街に? どこを探していたの?」

「人が入れるよう扉を開けてみたり・・・」

「そんなことをしたら怒られるでしょう。」

「そう。で、いきなりあの女が私の腕を掴んで、あの部屋に引きずりこまれて・・・」

「自分で探すのは無理よ。どうしてもというのなら、リーダーに相談したら?」

「リーダーは殴るばっかりで何もしてくれない。」

「それで、どこに家族はいるの?」

「・・・・思い出せない。」

「なんていう名前?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「思い出せないのね。何かほかの手がかりはあるの?」

「・・・」

私と同じだった。元の世界で自分に関わりのある人、モノすべて記憶から消えているのだ。唯一のつながり、それは預金通帳だった。

「あなた、この世界でお金どうしてるの? トイレ掃除とか働いて稼いでるの? それだけで足りる?」

「無理、足りない。」

「でもお金はどうやってもらってるの?」

「振り込んでもらっている。」

「通帳にその他のお金の出入りはないの?」

「元の世界にいたときと同じように・・・」

「通帳を見せてもらえない? ひょっとしたら手がかりがつかめるかもしれない。」

「そんなことで? もしわかるなら・・・」

「じゃあ、また明日ここのコーヒーショップで会いましょう。」


自分の通帳には、支店名や口座名義人の記載はなかったし、この世界の支店?には支店名もない。たぶん同じ状況だろう。それをあちらの世界に持って行ったらどうなるのか。口座名義の名前や支店名が表紙に現れてくるのだろうか。何ともいえない。いやわからなくても、どこでもいいからこの世界の支店で、預金引出でも残高確認でも何かしてみれば名義や支店コードの記入されたレシートは出てくるかもしれない。それでわからないだろうか。

先日、本部の美少女は「泊りがけで行くことはできません。」と言っていた。それなら日帰りで行って、向こうの世界の支店に行くぐらいできるのではないか。戻ってきたときには、印字が消えているかもしれないし、私の記憶が無くなっているかもしれない。でもしてみないことにはわからない。


本部に行った。

私の部屋に入ると、いつもの白ブラウスの女性がお茶を持ってきてくれる。

「総裁は、もうすぐ戻ってこられます。しばらくお待ちください。」

最敬礼をして部屋の外へ出ていった。

それでも気になった。ピンクハウスの「地下街のどこかにあの世界に戻る方法を斡旋してくれるところがあると聞いた。」いう一言だ。斡旋という行為が可能なのは、どう考えてもここの美少女しかいない。しかし、彼女に限ってそれを他人に漏らすということはないはず。それも宿舎で聞くなんて。あそこに「実在」として会話できるのは厚化粧しかいないはずだ。それとも別の誰かが迷い込んだのか。


「お疲れ様です。お待たせしました。」

美少女が部屋に入ってきた。

「ちょっと聞きたいんだけど、ワンボックスカーの運転手がいましたね。個人的な要件で運転をお願いすることができるのでしょうか。」

「あの若い運転手は、すぐに察してお迎えにあがります。でも彼女は軍人ですので、基地での業務があれば来れないこともあります。」

「中年の運転手もいましたね。」

「あの女は、本部で私が使っています。運転手というよりもっぱら雑務ですが。」

「その運転手に運転してもらうということで、車を貸してもらえませんか。」

「どちらまで?」

「向こうの世界に日帰りで。お仕事もなくなってしまったので。」

「何をするのですか?」

「ええ、ちょっと・・・」

さすがに言いづらかったが、彼女に隠し事など絶対できそうもなかった。黙っていても既に察しているかもしれない。あの運転手ですら察してすぐ来てくれるのだから。

「まさか、あのフリヒラの服を着た不審者に関係するのですか?」

やはり気付いていた。隠しておくことはできない。ピンクハウスと会った経緯、彼女が残してきた家族のことを心配していること、家族の様子を見るために向こうの世界に行ってみたがっているということ、そのためにピンクハウスの素性をまず確認したいということなどを事細かく説明した。

「やめたほうがいいです。通帳は向こうの世界と共有になっていることを確認しましたね。それを向こうに持って行けば、向こうの世界には「2冊の通帳」が存在してしまいます。そのような状態はありえないので正常な状態に戻す力が加わります。すると、通帳が消えてしまうかもしれないし、なくなるのは通帳だけでは済まないかもしれません。」

「向こうの状況を確認する手段は・・・」

「ありません。あなたも、前に放逐刑にあったとき、向こうでどうでした? 何もわからなくなっていませんでしたか? それと同じです。同じ実在が併存してしまうのです。向こうに平行して同じ人物のいる限りは無理です。向こうの実在がいなくなれば別ですが。でも、向こうの実在がいなくなるということは、こちらでどういうことになるか想像がつくのではないでしょうか。」

「片方に本物がいるから、その幻影は本物が無くなれば消滅すると・・・」

「いえ、そうではありません。向こうもこちらも本物です。ここにあなたは実在しています。あちらの世界であちらの生活をしている人がいたとしても、あちらが実在なのでしょうか。実際は、あちらの世界こそが、幻想、妄想の世界かもしれません。そもそも、世の中のあらゆる事象をそれぞれの人が認識するというのは、それぞれの人の主観的なものであって、家族や友人や隣にいる赤の他人も同じ光景を同じように感じ取っているわけではないのです。誰でもみんなそうなのです。感じ取っている事象は単にその人の想念でしかないのです。だから、どちらも平等です。」

「その考え方は先日リーダーから聞きました。理解したつもりです。むこうの実在がなくなると、こちらでは・・・」

「むこうが消滅したために、こちらで強制終了させられるということではないのです。どちらも実在が併存しているということは、結果として「消滅」という同じ事象が同時に起きるということではないでしょうか。私も検証したわけではないので、具体的にどうなるのかわかりません。」

「でも、私は向こうの世界に移動し、そこでお仕事をしていた、そのときこちらは不在、向こうは重複・・・」

「向こうの世界で、あなたをあなた自身として客観的に認識していた人は誰もいません。あなたは大勢いるニューハーフの娼婦の一人としてであって、個人として認識されていたわけではないからです。したがって、行ってもかまわないのです。」

「じゃあ、町の雰囲気を感じとって、それを伝える程度なら・・・」

「雰囲気を感じる程度ならいいですが、フリヒラ女のために彼女の具体的な証跡を求めようとしたとたん、こちらの存在であるあなたが向こうに存在しているフリヒラ女を確認することになるのです。その時点で、双方の存在が向こうの世界で併存してしまって矛盾が生じてしまいます。かなり危険です。」

「・・・」

「そもそも、あのフリヒラ女は、向こうの世界という意味ではあなたと共存可能ですが、こちらの世界の存在ではありません。単に妄想世界が共鳴しあってお互いに存在が実態化しているように見えるだけです。共鳴がなくなればもう会うことはないと思います。とはいいながら、同じ共鳴がまた起きる可能性がないわけではありません。その場合はまた会うことはできます。あなたが背の高い女性と何度も遭遇したのと同じように。」

「わかりました。でもちょっと疑問が、「あの世界へ行く方法を斡旋してくれるところが地下街にある」とピンクハウスの女は言っていました。それは、ここのことのような気がしてなりません、情報が洩れているというようなことがないかと・・・」

「大丈夫です。私がしているのは斡旋ではありません。あなたの行動をサポートしているだけです。まあ、お相手になる男性は確かに斡旋しましたが。」

「でも、「あの世界へ行く」という認識を持つとは。」

「たぶん、共鳴が原因と思います。フリヒラ女の世界での事象を、共鳴している中で表現している、つまりは「地下街」と言っているけれども、その地下街はここと地下街ではなくてフリヒラ女の世界の地下街というような意味で表現しているのではないでしょうか。」

どうも、あの世界に行ってピンクハウスの素性確認をすることはあきらめるしかなさそうだった。


厳しい口調で説明していた彼女は、急ににこやかな表情になった。

「それはそうと、この前お約束していた件ですが。」

「約束?」

「お仕事ができなくなって、それでそのかわりの手段を検討させていただくと・・・」

「とりあえずあの大きなモノをいただきましたが・・・」

「あのようなモノではなく生身の人間のほうの代わりとして・・・」

「何か工夫がついたのでしょうか。」

「もしよろしければですが・・・」

彼女は頬を赤らめ言い淀んだ。

「私でよければ、お相手させていただきます。」

「・・・」

私のほうが言葉が出てこなかった。

「ご不満でしょうか。」

「そんなことはないです。あなたなら申し分ないです。」

「ありがとうございます。それでは今晩、7時に本部の前で待ち合わせということでよろしいでしょうか。よろしくお願いいたします。」

連休中はネット環境のない場所にいますので、しばらく投稿ができません。

第21話は連休明けに投稿します。

なお前回も記載しましたが、第24話をもって完結です。

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